19話 ファブレはレベルが上がった
「おはようございますヤマモト様。ボク、レベルが上がったみたいです!」
ねぼけ眼をこすりながらキッチンに来たヤマモトへ、興奮気味なファブレが挨拶もそこそこに報告する。
「おはよう。何のレベルが上がったんだ?」
ヤマモトが椅子に座り、ファブレがお茶とカップを用意する。もはやルーチンワークだ。
「もちろん料理召喚ですよ! 一度に4人分くらい召喚できるようになりました!」
「ほほう、4人前となると結構な量だな。量が増えた以外にも何かあるか?」
「回数は1日3回のままみたいですね。でも、今まで1時間で料理が消えちゃったのが、
3倍くらいもつようになりました」
「ふむ・・」
ヤマモトがカップに口を付ける。
「今まで君の召喚について詳しく調べてなかったな。レベルが上がることも考えていなかった。
今日は召喚魔法に詳しい人に聞きにいってみよう」
「え、ボクなんかのためにヤマモト様の貴重な・・時間を使っていただかなくても」
途中で別に貴重でもないなと思って言い淀んでしまうファブレ。
「今別に貴重でもないなと思わなかったか?」
「そ、そんなことはありません」
ファブレは動揺を抑えて忙しそうに二人分の朝食をテーブルに並べる。
「まぁいい。朝食を取ったら出かけよう」
ファブレはヤマモトに連れられ、郊外の大きな建物に到着する。
「ここは魔法やスキルなどの研究所だ。といっても詳しい人に話を聞いて、君の魔法を少し見せるくらいだろう。
解剖したりしないから安心しろ」
「怖いことを言わないでください」
ヤマモトが受付と話すと、受付が手元の水晶を操作し、
やがて一人のボサボサ頭の男性が階段から降りてくる。
「やあ勇者ヤマモト、珍しいな君から来てくれるなんて」
「その呼び方はよせ。ただのヤマモトでいい。今日はこの子の魔法について確認したくてな」
男性がジロリとファブレを見下ろす。
「そういえば君の従者はなんだか変わった召喚を使うと聞いたな。この子が?」
「はじめまして、ヤマモト様の従者のファブレといいます。料理を召喚できます」
ファブレはヤマモトに恥をかかさぬよう、自分から挨拶する。
男性は驚いた顔で頭を軽く下げる。
「研究員のラプターという。だが堅苦しいのは苦手でな。
失礼なことがあるかも知れんが許してくれ。とりあえず僕の部屋で話そうか。茶も出せんがな」
ラプターは早口でまくしたて、すぐに振り向いて階段を上りだす。
3人でラプターの研究室に入る。本が乱雑に積まれ、テーブルの上には謎のフラスコや試験管、
壁際には得体の知れない植物や標本などが並びいかにも研究室といった感じだ。
来客用のソファに置かれている本をラプターが移動する。
ヤマモトとファブレが座ると少し埃が舞い上がる。
流しに洗ってない皿やカップが置いたままなのが見える。確かにこれではお茶は出せないだろう。
ラプターは自分の椅子を持ってきてヤマモトたちの対面に座る。
「さて、何を聞きたいのかな?」
「さっきも言ったがこの子の召喚魔法についてだ。1日3回料理や食べ物を1人分召喚できる。
しばらくすると消えてしまう。しかし最近レベルアップして
召喚できる量や消えるまでの時間が増えたというんだ。
今後のこともあるし詳しく把握しておこうと思ってな」
「なるほど。少し質問してもいいか?」
ラプターに聞かれるが、こういうことはヤマモトの許可が先に必要だ。
ファブレはヤマモトを見上げる。
「ファブレ、ちょっとこの男につきあってやってくれ。言いたくないことは言わなくてもいいぞ」
「分かりました」
ラプターは肩をすくめる。
「やれやれ・・えーと例えば生きたままの兎を食材として召喚できるかい?」
「無理です。あ、レベルが上がった後は試してませんが、なんだか無理そうな感じがします」
「じゃあ調理済みのものや、ウサギの肉だと出てくるのかな?」
「そうです」
「なるほど。じゃあ・・家に何か印をつけたリンゴがあるとして、それをここに召喚できるかい?」
「いえ、リンゴは召喚できますが、家にあるものとは違うものになります」
「む? そうなのか。そりゃ変わってるな・・」
考え込むラプターにヤマモトが声をかける。こういう時は会話をしたほうが進展するものだ。
「どう変わってるんだ?」
「基本的な召喚魔法は離れた場所にあるものをそのまま呼び出すものだ。まぁ精霊などは厳密にはちょっと違うが。でもこの子の召喚魔法はどこかにあるものではなくて、彼が想像した素材や料理したものが出てくるようだ」
「そういえばそうだな。種類限定の召喚魔法だとばかり思っていたが」
ファブレには会話がどういう方向に進むのか全く分からないので黙っていた。
「一応召喚魔法には分類されるだろうが、特殊スキルだな。だからレベルが上がりにくい」
「そういうことか」
ヤマモトは納得するがファブレには何がなんだかわからない。ヤマモトが説明する。
「ああすまん。スキルはレベルが99まであるのは君も知ってるだろう」
「はい」
実際に数値で確認することはあまりないが、誰もが知っている話だ。
レベル10で脱初心者、レベル20で一人前といわれている。
上限は99だが半分の50ですら達成できる人はほとんどいない。
例えば今のファブレの家事スキルは10、料理スキルは20より少し下程度だろうか。
「だが特殊スキルはレベルが5までしかないのだ。なかなかレベルが上がらず、
その代わりレベルが1つ上がるだけで能力が大きく上がる」
「そうなんですね」
ファブレも納得した。ラプターが補足する。
「召喚魔法はもちろん何度も使うことによってレベルが上がる。だがこういった小物召喚・・
分類上はだが。小物召喚ですぐ消えてしまうものは役にたたないことが多く、
魔法を使うのをやめてレベルが上がらずに終わることも多い」
もし召喚できるのが虫などだったら、使い続けることはなかっただろう。ファブレは頷く。
「小物召喚はレベルが上がると召喚できる数が増えるのが一番の特徴だ。
特殊スキルなら1レベル上がるごとに急激に数が増えることになる。
例えば猫しか召喚できない特殊スキルは、レベル5のバースト召喚・・
全力の召喚で噴水広場を埋め尽くすほどの猫を召喚したという例がある」
「ええ?」
噴水広場はファブレが毎日のように通っている市場の中央にある。
あれを埋め尽くすとなると・・何百、何千匹になるのか想像もつかない。
ヤマモトが質問する。
「量が増えるのは分かったが、1日に召喚できる回数は増えないのか?
あと消えるまでの時間はどうなんだ?」
「召喚の特殊スキルは召喚回数が決まっているようだ。
召喚継続時間は物によって違う。猫の例は1日だったかな」
「なるほど。大体分かったな・・ファブレは何か質問したいことはないか?」
ファブレは少し思案するが、
「いえ、今は特に思い浮かびません」
と答える。ラプターも頷く。
「また何か疑問があれば聞きに来てくれ。じゃあ実際の召喚を見せてもらおうかな。
朝食がまだだからちょうどいい」
「分かりました。でも・・」
ファブレは立ち上がって腕をまくり、流しの食器やカップを洗い始める。呆気に取られるラプター。
「おい、なにを・・?」
「お皿は召喚できませんし、こんな散らかったままのは我慢できません。
食事のあとで掃除もしますからね!」
ラプターは助けを求めてヤマモトを見るが、ヤマモトはファブレを止めようとはしない。
「諦めろ、こうなったら私でも止められん」




