181話 勇者話は与太話
次の授業が終わり、校内に鐘が鳴り響く。
また皆がファブレを取り囲もうとするが、ナリーシャがそれを阻んだ。
「今日の授業はこれで終わりよ。ファブレ君、寄宿舎を案内するわ」
「はい。じゃあみんなまた明日、かな」
「ファブレ君、またね!」
無邪気なミーミの挨拶を背に、ファブレはナリーシャと共に教室を出て行った。
教室に残った皆が雑談する。話題はもちろんファブレのことだ。
「さっき先生が彼の魔力は無限って言ってたけど・・嘘だよな?」
「どんな大魔術師だって魔力は限界があるはずだ。でも彼は平気で連続で召喚を使ってたなあ」
「たった2回じゃん。あれで限界だよ!」
「今日検査したんならその時に魔法も使ってるんじゃない?」
「従者なら検査の後で魔力ポーションを飲むくらいは裕福なんじゃないか?」
「いや・・みんな聞いてくれ。俺の叔父上がこの前城の晩餐会に出て、その時の料理長が彼・・奇跡の料理人だったんだ」
「おお、やっぱりスゲーんだな」
「話はそれだけじゃない。そこでメイン料理とデザートは彼の料理召喚で出されたんだが、出席者全員分を一度に召喚したらしい」
「ええ? 何人分だ?」
「多分3、40人くらいだろう。デザートはお菓子でできた城の形をしていて、それは何個でも好きなだけ持ち帰っていいと言われたそうだ。実際馬車いっぱいに詰めて持って帰った人もいるらしい。俺も叔父上から一つお土産にもらって、この話を聞いたんだ。その時もちょっとおかしいと思ったんだが・・」
「ええ? じゃあ彼は本当に無限に召喚を使えるのか?」
「召喚術のレベルが高ければ一度に3、40人分の料理くらい出せるだろうけど、そんなに連続で出せるのはやはり変だな」
黙って聞いていたギャリンが口を開く。
「よし、俺が明日奴の化けの皮を剥いでやる」
「みんなおはよう」
「おはよう、ファブレ君。よく寝れた?」
ミーミの挨拶にファブレが頷く。
「寄宿舎は快適だったよ。それにボクは旅に慣れてるから、どこでも寝れるんだ」
「そっか、従者だもんね」
そこへギャリンが近づいてくる。
「おはようギャリン」
だがギャリンはファブレの挨拶を無視し、手に持った本をファブレの机に置く。見覚えのある表紙にファブレの目が見開かれた。
「こ、これは!」
それはドーソンが書いた、大魔王討伐を元にした勇者話の本だった。しかしまだ一般には流通していないはずだ。
「どうしてこれを? まだ発売されてないはずなのに」
「親父の知り合いからな。だがそんなことはどうでもいい。ここに書かれているお前のことは本当か?」
ギャリンが開いたページには、ファブレが崖上で得意げに腕を組み、崖下ではワイバーンとドラゴンが争っている絵が描かれている。いつの間にかクラスの皆もファブレの周りに集まっている。ファブレは俯いて答える。
「いや、実際とは違うことも書かれているんだ。ヤマ・・勇者様が勇者話に脚色は付き物だろうって」
ギャリンが笑う。
「そんなことだろうと思ったぜ、全く。ドラゴンの死体を山ほど召喚して、ワイバーンとドラゴンを同士打ちさせるなんてありえないだろ!」
ファブレが謝る。
「うん、ワイバーンとドラゴンを同士打ちさせた訳じゃないんだ。本当はその場にドラゴンはいなくて、ドラゴンの肉を食べ終わったワイバーンは飛び去って行っちゃったんだよ」
ギャリンが困惑する。
「ん? 何を言ってんだ?」
「え? そこじゃないの?」
ファブレは首を傾げる。話が噛み合わない。
ギャリンがバン! とファブレの机に手を置いた。ミーミがビクリと身を引く。
「そこじゃねえよ! ドラゴンの死体を山ほど召喚なんてありえないだろって言ってるんだ!」
「いやそれは本当だけど・・?」
あの時は無限召喚の指輪の力を借りてはいたが、事実は事実だ。
「はぁ!? じゃあやって見せろよ! 学校のグラウンドにドラゴンの死体の山を召喚して見せろ!」
ギャリンの態度にさすがにファブレも不愉快になる。
「なんでそんな事しなきゃならないの? ボクがそれを出来ようが出来まいが、君にとってはどうでもいい事じゃないか。それにボクは学校がどういう物かを見に来ただけだから、目立つような事はしたくない」
周囲の生徒は内心、既に目立っているだろうとツッコミを入れる。
ギャリンは侮蔑の表情で嘲る。
「やっぱり出来ねえんだな! 嘘っぱちじゃねえか! ショボい料理召喚程度の魔法しか使えないのに従者だ、魔王討伐者だなんて! どうせ勇者もインチキなんだろう!」
ギャリンはファブレの逆鱗に触れてしまった。
「なんだと? ボクの事は構わないけど、ヤマモト様を侮辱すると容赦しないぞ」
ファブレが立ち上がり、周囲がザワつく。ミーミがアワアワと周りを見る。
「先生、何とかして!」
ちょうどナリーシャが教室に入って来たところだった。
「どうしたの? 二人とも喧嘩は駄目よ。即退学だから」
ナリーシャが仲裁に入って経緯を聞き、溜息をつく。
「分かったわ。私の説明不足も原因のようだし・・ファブレ君。ギャリン君にドラゴンの山を見せてあげて頂戴。学園長の許可は取っておくわ」
「分かりました」
皆はグラウンドに移動する。ファブレがギャリンにだけ場所を指示する。
「よく見えるように、グラウンドの中心に立ってくれ。そう、そこでいいよ。料理召喚!」
ファブレはギャリンの真下にドラゴンの死体の山を召喚した。ギャリンの視点がいきなり校舎の屋上よりも高くなる。
「ひいっ」
ギャリンがグラつく足元を見ると、不安定なドラゴンの首の上に立っていた。慌てて座り込む。鱗のひんやりした感触がズボン越しに伝わってくる。目の前には白目を剥いたドラゴンの顔、半開きの口元からは鋭い牙が覗き、そこからだらしなく舌が伸びている。まぎれもなくドラゴンの死体だ。そして下を見ると積みあがったドラゴンの死体、死体、死体・・。地面は遥か遠く、こちらを見上げているクラスメイトの顔も分からない。
「た、助けてくれ! 俺は高いところは駄目なんだ! 降ろしてくれー!」
ギャリンが必死に下に向かって叫ぶ。するとすぐにドラゴンの死体の山が消え、ギャリンの体は地面に向かって落ちて行く。
「キャアア!」
「落ちるぞ!」
周りから悲鳴が上がる。だが、
「料理召喚!」
ファブレがギャリンの落下地点に、自分の身長ほどもあるケーキのスポンジを召喚する。
ギャリンの体はスポンジに優しく受け止められ、傷一つない。スポンジに埋もれたまま茫然とするギャリンに、ファブレが声を掛ける。
「どう? あの本の事は本当だと分かったかい? それとヤマモト様を侮辱した事は謝ってくれないかな」
少し涙目のギャリンがファブレを睨みつける。
「よ、よくもこんな事を! 誰が謝るか!」
「料理召喚!」
ファブレが自分とギャリンの下に、再度ドラゴンの死体の山を召喚する。
「ギャアア!」
ギャリンが悲鳴を上げ、足元のドラゴンの死体にしがみつく。ファブレは平然と立ったままギャリンを見下ろす。
「一回だけじゃ分からないよね。ボクが無限に召喚できるって事を納得できるまで、何度でも付き合うよ。送還、料理召喚!」
再度ファブレがドラゴンの死体の山を送還で消して、足元にスポンジを召喚する。
落下してスポンジに埋もれる二人。茫然自失のギャリンの前でファブレが
「じゃあ三回目・・」
と言ったところで、ギャリンがファブレの足にガバリとしがみついて懇願する。
「もう止めてくれ! 分かったよ! お前は無限に召喚できるし、勇者様を侮辱したのは謝るから!」
ファブレが笑顔を浮かべた。
「分かってくれて嬉しいよ、ギャリン」




