180話 特別学級
「魔力の根源ですって? 不死族でもない限り足りないくらい、途方もない年月を魔法の研鑽に費やさないと辿り着けない境地なのに! 君みたいな少年が・・」
ナリーシャの言葉に、ファブレは竜王を倒せる剣を召喚した時のことを思い出す。実際には剣の召喚は一瞬だったが、ファブレにはまるで何年にも思えるほど長い時間に感じられた。その後指輪が壊れても無限に魔法が使えるようになったから、あれが原因なのだろう。
しかし気軽に話せる内容ではないため説明はやめておいた。ナリーシャがまた用紙に数字を記入できず固まっているので、仕方なくファブレが切り出す。
「あのう、検査はもう終わりでしょうか?」
ナリーシャがハッと我に返る。
「あ、ああ。そうね。あとは魔法の実物。君の得意魔法を見せて欲しいわ。できるだけ実力が分かるものをね」
ナリーシャが指さす広間の奥には的のような物もあるが、ファブレの魔法は攻撃魔法ではない。
「ではボクの得意な細工料理を。料理召喚!」
すると床の上にレンガ作りの家のミニチュアのようなものが出現する。高さはファブレの腰くらいまでだ。思ったより地味な魔法にナリーシャは少し余裕を取り戻した。
「家にしか見えないけど、これも料理なの?」
「はい。全部がお菓子でできています」
「へぇ、じゃあこのまま食べられるんだ」
ナリーシャがレンガの家をよく観察すると妙な事に気づく。
「何かレンガにも家の模様が・・え? このレンガ一つ一つも家なの?」
「はい。これは家の形をした小さなレンガを、たくさん積み上げて建てた家です」
「ええっ、レンガはいくつあるの?」
「さぁ・・ボクにも分かりません」
ナリーシャは驚愕した。ファブレが召喚したものは一つの大きな料理ではなく、何千、何万個もの小さな家の形をした料理なのだ。それを積み重ね、大きな家に見せかけている。召喚した数、細工の細やかさ、全体の完成度、それに斬新な発想。全てが非凡だ。こんなものを一瞬で召喚するなど、ナリーシャの知る限り他に出来る者はいなかった。宮廷魔術師でさえも。
「よかったら少しどうぞ」
ファブレが屋根の端に手をかけ上に捻ると簡単にポキリと折れ、取れた破片をナリーシャに差しだした。
ナリーシャは受け取ったそれを観察する。やはり屋根も小さな家がいくつも繋がってできている。
意を決して口に運び咀嚼すると、見た目の通り固い感触がある。だが小さな隙間が多いため簡単に噛み砕けた。表面の薄い飴の膜が溶け、サクサクとした焼き菓子の風味と口の中で混ざる。ナリーシャの顔が綻ぶ。
「美味しいわ!」
「気に入って頂けてよかったです。これを広間いっぱいに出せますけど、一個でいいですよね?」
ナリーシャが再び固まってしまった。再起動しないためやむなくファブレが声を掛ける。
「あのう、検査は終わりでいいでしょうか? 案内の続きをお願いしたいんですけど・・」
「はっはひ! そうですね!」
ナリーシャが敬語だったのは聞かなかった事にした。
しばらくして衝撃から立ち直ったナリーシャが校内を先導しながらファブレに話しかける。心なしかファブレへの対応が好意的になった気がする。
「君を連れてきたラプターはね、一般クラスだったの。しかも魔法の成績はほぼ最下位」
「ええっ!」
ファブレは驚いた。しかしラプター本人が生活魔法を少し使えるだけだと言っていたのを思い出す。それでは魔法の成績がいいはずはない。
「でも今は魔法研究所の主席ですよね。それに何度もヤマモト様・・勇者様が助言を聞きに行きましたし、大魔王討伐もラプターさんの知識や知恵がなければ無理だったでしょう」
ナリーシャが頷く。
「そうね。彼はなんで自分が強力な魔法が使えないんだと人一倍研究をして、誰よりも魔法やスキル、それ以外のどんなことにも詳しくなったの。結局魔法は生まれつきの要素が大きいと分かって強力な魔法は使えないままだったけど、その膨大な知識を買われて研究所に入ったわ」
「そうだったんですね」
「さ、教室についたわよ。皆に君を紹介するわ」
ナリーシャが教室の扉を開けて中に入り、ファブレもそれに続いた。すぐに自分を凝視する何人もの視線を感じてファブレもさすがに緊張する。
ナリーシャが教壇に立ち声を張り上げる。
「はい注目! 臨時の編入生を紹介するわ。彼がファブレ君。みんな知ってるでしょうけど奇跡の料理人とも言われてるわ。ファブレ君、なんで編入してきたか自分で話せる?」
ファブレは頷いて一歩前に出る。
「はい。ボクは王都に料理の学校を作ろうと思っています。ですが今まで学校に通ったことが無かったので、学校がどんなものかを知るために一週間だけ体験入学させてもらうことにしました。短い期間ですがよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。何人かがパラパラと手を叩くが全員ではない。
「ナリーシャ先生、なんで特別学級なんですか? 学校を知るだけなら一般でもいいのでは?」
明らかに不満そうな男子学生が手を上げて発言する。ナリーシャは遠い目になりフッと笑った。
「ギャリン君、彼の能力はクラスのみんなに刺激を与えると思うわ。必ずね」
ギャリンと呼ばれた男子学生は煙に巻かれたような表情で、渋々手を下げる。
「じゃあファブレ君はあの開いてる席に座ってね。このまま授業を始めます。ミーミ! ファブレ君に教科書を見せてあげて!」
ファブレが席に着くと隣の女の子が席を寄せてくる。ハーフエルフのようだ。くしゃくしゃでまとまりの悪い金髪の隙間から、尖った耳が覗いている。見た目はファブレよりもかなり年下だが、ハーフエルフでは実際の年齢は分からないし、聞くこともできないだろう。
「私ミーミ、よろしくね。本見せてあげる」
「ありがとう」
ナリーシャが教科書の内容をより詳しく、分かりやすく説明するために黒板に図形などを書いている。皆はナリーシャの説明を聞きながらノートに要点をまとめている。
ファブレはそんな様子を見ながら授業の進め方については理解した。が、教科書の内容や授業の内容は全く理解できず、頭に入ってこない。
(みんな魔法を使うのに、こんなに高度な勉強をしているのか)
ファブレは驚いた。自分の召喚術は料理の出来や食器などを想像して出現させているだけだ。なんだか自信が無くなってきた。
授業が終わると皆すぐにファブレの周りに集まってくる。
「授業はどうだった?」
と聞くミーミにファブレはかぶりを振る。
「正直、全然分からなかったよ。みんな凄いね。あんな高度なことを毎日勉強してるんだ」
ギャリンが鼻で笑う。
「あんなことも理解できないのかよ。本当に従者なのか?」
ファブレは頭を掻く。
「君の言う通りだ。ボクは勉強不足だったよ」
「でも学校がどんなものかを体験しに来たんでしょ? 授業が分からなくてもいいんじゃない?」
ミーミがフォローしてくれる。
「ありがとう。でも授業中ずっと分からないことを聞いてるだけじゃつまらないからね。理解できるよう頑張るよ」
「君、奇跡の料理人なんだろ? ぜひ噂の料理召喚を見せて欲しいなあ」
「私も見たい!」
ねだる声にファブレが頷く。
「うんいいよ。じゃあミーミに本を見せてくれたお礼を」
言うが早いかミーミの机の上に、いくつかクッキーが入った袋が出現する。
「わっ、いいの? ありがとう! とっても美味しそう!」
「1日で消えちゃうから、今日中に食べてね」
「おい、俺にもくれよ! 飲み物がいいな!」
ニヤつくギャリンのリクエストにファブレがすぐ答える。
「リンゴのジュースでいいかな。はい。飲んだらグラスは消すよ」
ギャリンの前に飲み物の入ったグラスが出現し、ギャリンは怪訝な顔をする。
「ちょっと待て。なんで連続で召喚できるんだ?」
彼は召喚術が時間を置かないと使えないと知っていた。
「なんでって、ボクの料理召喚はそういう制限がないから」
「はぁ? 召喚術は回数制限があるから消費魔力が少なく済んでるんだ。もし回数を制限しないなら、普段の何倍も魔力を消費する。召喚術師は魔力量が少ないから、すぐ魔力切れになっちまうだろ?」
ファブレはギャリンの知識に感心する。さすが特別学級の生徒だ。だが、
「ボクは魔力切れになることはないんだ」
ファブレの言葉にギャリンは呆れ顔になる。
「コイツ、何を言ってんだ?」
いつの間にか皆の後ろに近づいていたナリーシャが口を挟む。
「彼の魔力量は無限なのよ。ギャリン君」
ギャリンが驚いて振り向く。
「はぁ? 先生まで何を・・」
「私が冗談を言うと思うの? さ、みんな席に戻って。授業を始めるわよ」
ナリーシャが手を鳴らし、皆はナリーシャの言葉の意味を考えながら自分の席に戻った。




