178話 神殿改革作戦
「うっ・・」
朝、目が覚めたミリアレフが固いベッドから起き上がると、思わず口からうめき声が漏れた。
寝る時の姿勢が悪く、少し腰を痛めてしまったようだ。一瞬回復魔法を使おうかとも思ったが昨日使ったはずだ。あまり短期に連続で使うといざという時の回復魔法の効きが悪くなってしまう。
溜息をついて腰をさすり、少し痛みが引いたところで神官長の服に着替え、食堂へと向かう。
「神官長様、おはようございます」
「おはようございます。今朝のメニューは何でしょう?」
ミリアレフの問いに、給仕係が不思議そうな顔をして答える。
「いつも通りのパンとスープですが・・?」
「そうですよね。おかしな質問をしてすみませんでした」
ミリアレフが食前の祈りを捧げ、固いパンと具の少ないスープに手を付ける。
しかし途中でその手が止まってしまう。ミリアレフの体がプルプルと震える。
「神官長様?」
「なんでこんな生活をしなきゃならないんですか! もう耐えられません! 私は神殿を変えてみせます! ちょっと勇者様のところに行ってきます!」
ミリアレフは驚きに目を丸くする給仕を置いて、慌ただしく食堂を出て行った。
「で、今日はどうしたんだ? ミリアレフ」
家に来るなりファブレに涙目でフレンチトーストとクラムチャウダーを頼んだミリアレフに、ヤマモトが問う。理想の朝食を平らげて満足気なミリアレフ。
「あー美味しかった。はい・・私もファブレさんを見習って動こうと、神殿の改革に取りかかろうと思うんです!」
「神殿の改革って、何をするんですか?」
ファブレがミリアレフに食後のお茶を出す。
「まず酷すぎる食事とベッドです! カシルーンさんに聞いた話だと、公国の神殿や神官たちはこんな苦行僧みたいな暮らしはしてないそうじゃないですか」
「ああ、そんな事を言ってたな」
「それに公国の神官長は貴族みたいな屋敷に住んでるって・・私とあまりに違いすぎます!」
「聖職者が富豪なのはどうかと思う面もあるが、王国の神殿の生活はちょっと健康的とは言い難いな」
ミリアレフが頷く。
「ですからまず食事とベッドを改善します! それから精神的鍛練という名目の苦行と男子禁制の廃止! それからそれから・・」
「落ち着けミリアレフ。あんまり大声で話す内容じゃないぞ」
ヤマモトの声にミリアレフが口を押えて周りを見渡し、声を顰める。
「すみません興奮してしまって。そんな訳で神殿の悪しき風潮を改革しようと思うんです」
ヤマモトがお茶を啜る。
「ふむ。それは多いに結構だが・・食事をこれからずっと改善という事になると、神殿にもっと収入が必要になるんじゃないか?」
「そうです。王国内の全神殿を変えようとすると、とてもお金がかかります。ですが私は閃きました。癒しの魔法をスクロールにして売ればいいんです!」
ファブレが首を傾げる。
「聖女の魔法をスクロールにして売ったら、なんだか酷い拷問を受けるとか言ってませんでしたっけ」
「拷問じゃなく聖水の儀式です! ・・まぁ実際は拷問ですけど。そういった物も無くそうと思ってます」
ヤマモトが腕を組みソファにもたれる。
「しかしずいぶん大胆な改革だな。かなり反発がありそうだが大丈夫なのか?」
「もちろんそうでしょう。ですけどもう私があんな生活に耐えられないからやるしかないんです! やると決めました!」
ミリアレフの瞳が決意に燃えている。
「何か頼みたいことがあって来たんだろう? 他ならぬ君の頼みだ。私にできることがあれば協力しよう」
「さすが勇者様は何でもお見通しですね。実は女神の頂きの魔物の討伐をお願いしたく」
ミリアレフが頭を下げる。
「女神の頂き?」
ファブレが記憶を探る。どこかで聞いた言葉だ。ミリアレフの神官長就任式の時に女神が言っていたような・・。
「確か女神様を呼び出せる場所でしたっけ? 100年前に崩れたとか」
ミリアレフが頷く。
「そうです。そこに大量の魔物が巣くっていて復旧作業ができないので、勇者様に討伐をお願いしたいのです」
「なぜ神殿の改革の前に女神の頂きとやらを直す必要があるんだ?」
「改革はしたいですけど女神様の怒りに触れてカエルにはなりたくありませんから。やってもいいですかと先に女神様にお伺いをしようかと・・」
ヤマモトが苦笑する。
「用意周到なことだ。私は構わないぞ。ただ私は女神とはもう会わないからな。向こうもストレスだろうし」
「ありがとうございます! それと復旧作業にオウマさんの分解魔法の力も借りたいのですが・・」
「ああ。ルリを通して連絡しておく。現地の魔物討伐が終わったら来てもらおう。いつ出発する?」
「では明日で!」
「明日からファブレが体験入学で寄宿舎に泊るからちょうどよかったな。私は何も予定がなかったんだ」
ファブレがヤマモトに振り返る。
「ええ? ヤマモト様が魔物退治に向かわれるなら、ボクも一緒に行きます!」
だがヤマモトはファブレの言葉に首を振る。
「いや、相手は魔王でも海の女王でもない。そんな雑魚相手に君の予定を遅らせることもない」
「ですがボクはヤマモト様の従者ですから」
ファブレの言葉にヤマモトが微笑む。
「立派だな君は。だが君が学校に行っている時は私は暇なんだ。その間別行動を取るだけのことさ」
「ファブレさん心配しないで下さい! 今回は私がファブレさんの代わりに勇者様をお守りしますから!」
「今の君の役目は一日も早く料理学校を作って、カンディルたちの負担を減らすことだ。そうだろう?」
ファブレは俯いていた顔を上げる。
「分かりました。ミリアレフさん、ヤマモト様をお願いします」
「お任せ下さい!」
元気よく答えたミリアレフだが、
「だが今回の旅はファブレなしだから、料理は味気ないぞ」
というヤマモトの言葉にガックリと肩を落とした。




