177話 美味と罰
「ヤマモト様。ボク、料理学校を作ろうと思うんです」
見送りから家に帰って開口一番、ファブレは自分の決意をヤマモトに告げた。
ヤマモトは大輪のバラのような笑顔を浮かべ、後ろからガバリとファブレを抱えて頭を撫でる。
「よく言ったファブレ。偉いぞ!」
「や、やめて下さい!」
恥ずかしさにファブレがヤマモトの手から暴れて逃れ、呼吸を整える。
「で、でも何から手を付けていいのかさっぱり分からなくて。すみません」
「謝ることじゃないさ。私も詳しくはないから・・そうだな。ラプターに聞きに行こうか。魔剣の事も聞こうと思っていたんだ。昼もそこで一緒に取ろう」
二人で魔法研究所へ向かった。
ラプターの研究室は完璧に整えられていた。とうとう定期的に清掃する人を雇ったのだという。
ラプターが余裕の表情で3人分のカップを並べる。
「ほう、料理の学校を作る気になったのか。昨夜は乗り気じゃなかったようだけど、一晩でどういう心境の変化があったんだい?」
「はい、他の人に変な物を作られるよりは、と思いまして」
ラプターも思い当たる節があるのか大きく頷き、片手でテーブルを叩く。カップが躍る。
「それだ! 間違った理論でも先に出されると妄信する輩が多くて、後から正しいことを指摘しただけで反逆者扱いだからな。後手ってだけで不利さ。君は食品の成分・・栄養か。にも詳しいし、見本を一瞬で出すこともできる。限りなく適任だろう。おっと失礼」
ラプターがカップからこぼれたお茶を拭く。
「ですがボクは学校に行ったことも無くて・・どうすればいいでしょう?」
ラプターが量の減ったカップを持ち上げる。
「そうか、君は孤児院育ちだったな。学校がどんなものかは体験してみるのが一番いいだろうね。試しに一週間くらい行ってみるといい。ボクが卒業した魔法学園に話を通しておこう」
ファブレが頭を下げる。
「ありがとうございます。実際に学校を建てるには何から手を付ければいいでしょうか?」
ラプターが思案する。
「そうだね。まずは何のための学校なのか、どんな事を教えるのか、といった指針を決めるのが第一だ。それはもう決まってるかい?」
「はい。大きく分けて3つ。素人から一般レベルの料理人になるための一般クラス。既に店を開いている人などが短期間で資格を取るための資格クラス。あとは料理召喚や、より高みを目指す人のための特別クラスを考えています」
ラプターが感心する。
「ほほう、よく考えられているね。魔法学園も大体そんな感じでクラス分けされているんだ。次に必要なのは土地や建物だね。特殊な学校だから今までの建物を流用するのは難しいかも知れない」
ファブレが頷く。
「そうですね。厨房設備や倉庫がたくさん必要ですし・・新しく建てることになるんでしょうか」
「あとは働いてもらう講師や職員の募集。それから当然生徒の募集もだな。それに育てあげるまでの期間、授業を行う日時、職員の賃金や授業料、卒業後の仕事の斡旋・・決めなきゃならない細かいことはいくらでもある」
ファブレが溜息をついた。
「はぁ、やっぱりやることはたくさんありますね」
「君一人で全部やるのは無理だ。専門家に任せたほうがいい部分もある。大事なのは君がどういう物を作りたいか、というビジョンだ。他人はそれがないと動けないし、自分の思っていることと違うところはハッキリ否定するのも大事だ。相手に流されちゃいけないよ」
「分かりました」
ファブレが納得したのを見て、ヤマモトが口を挟む。
「ではまずファブレが学校に行くところからだな。体験入学が終わったら学校を建てる場所と建物の間取りを決める。最初のステップはそんなところか」
「はい。ラプターさん、ありがとうございました!」
何も分からなかったところに道標ができてきた。ファブレはラプターに感謝する。
「ところで学校を建てる費用はどうするんだ? 国からの援助か?」
「いえ、魔王討伐と大魔王討伐の報酬がありますから」
ファブレの答えにラプターが目を剥く。
「ええ? 私財で建てるのかい?」
「建築費は私とファブレで負担する予定だ。公費を出されるとどうしても国側の都合を押し付けられるからな。まぁ場所の選定くらいはミハエルの面子を立ててやろう」
「恐れ入ったね。しかしそんなお金があるのにあんな小さな家に住んでるのかい?」
ヤマモトが口を尖らす。
「ウサギ小屋とはなんだ。大きければいいという物じゃない。快適さが重要だ。なぁファブレ」
「あれより大きいと掃除が大変です」
ラプターが肩をすくめる。
「誰もウサギ小屋なんて言ってないが・・だが学校経営は別だぞ。必ず授業料や報酬などの収入だけで、君たちの私財なしで学校が続けられるようにしなきゃならない。それが出来ないといくら素晴らしい授業をしても学校として失格だ。いいね?」
「はい、分かりました」
ファブレの返事にラプターが満足気に頷く。
そろそろお昼か、とラプターが期待の目でファブレを見たところで、ヤマモトが口を開く。
「おっとそうだ。もう一つ聞きたい。ラプターは魔剣について何か知ってるか?」
肩透かしをくらったラプターは不満げだ。
「ああ、最近ちょっと噂になっていたね。何かあったのかい?」
「魔王信奉者の刺客が魔剣を持って襲ってきてな。返り討ちにして手元に残っている」
「ほほう。実物は・・持ってきていないんだな」
「ミリアレフが保管している」
少し時間がかかりそうだと考えたラプターが、ソファに深く座りなおす。
「それは賢明だね。魔剣は振るう人の恨みや怒り・・そういった負の感情を喰らって力が増すと言われている。やがて魔剣は使う人の魂を喰らうなんて言われているが、それがどういう事なのかは分からない」
「カザンさん、様子がおかしかったですね」
ファブレの言葉にヤマモトも頷く。
「ああ。魔剣に操られているような・・それにファブレを殺して魔王を復活させるだとか意味不明な事を言っていたな。知っての通り魔王、オウマはピンピンしてるというのに」
ラプターが首を傾げる。
「いや、復活させるのは今代魔王、オウマの事とは限らないんじゃないか?」
「なに?」
ヤマモトが聞き返す。
「つまり先代の魔王だとか先々代だとか・・もっと昔の魔王のことかも知れない」
ヤマモトがポンと手を打つ。
「ああそうかなるほどな。しかしそんな事がありえるのか?」
ラプターが首を振る。
「ボクにはそこまで分からない。だが勇者ならともかく、たくさんいる従者の一人を魔剣で殺したって、魔王が復活する要素は皆無だと思うが・・」
「そうだよな。カザンはよく知らなそうだし、魔王信奉者をとっ捕まえて聞いてみるか。つまらんことで焦らせてすまなかったなラプター。昼食にしようか。今日は私はタマゴサンドがいいな」
「はい。ラプターさんはどうします?」
「じゃあピザとラーメンを半分ずつに、小さな骨つき肉もつけてくれ」
ヤマモトが苦笑する。
「さすがにそれじゃ体に悪かろう。ファブレ、少し減らしてトマトとキャベツのミニサラダを合わせてやってくれ」
「分かりました」
「ほほう、メニューだけで体にいいか悪いか分かるのかい? ファブレ君も?」
ファブレは頷く。
「はい。基本的に美味しい物ほど体に悪いです」
「真理だな」
ヤマモトが同意した。




