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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
四章 王都グルメ編
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176話 決意と別れ

夜更けまで続いたカシルーンの送別会も終わり、ヤマモト、ファブレ、カシルーンの三人は帰宅してすぐ床に就いた。

だが明日カシルーンが帰ってしまう事を意識するとファブレは寝つけず、寝返りを繰り返す。カシルーンも眠れないようで、ファブレに声を掛けてくる。

「ファブレ、起きてるか? ちょっと夜風に当たりに出ないか?」

「うん、わかった」


二人はそっと家を出て、ひんやりとした芝生に寝転がった。

「カシルーンは本当にハンバーガーショップをやるの?」

ファブレの質問にカシルーンが勢いよく答える。

「ああ、もちろんだ! 帰ったらやらなきゃならないこと、勉強しなきゃならないことが山ほどあるぞ! 今までは嫌々行っていた学校にも、早く行きたくてウズウズしてるくらいだ」

ファブレはカシルーンに質問攻めされる先生を想像して苦笑する。

「ファブレ、お前は料理学校を作るんだろう?」

カシルーンの問いにファブレの顔が少し歪んだ。

「料理学校があった方がいいと思いついただけで、ボクが学校を作りたい訳じゃないよ」

「他にやりたいことがあるのか?」

ファブレの言葉が詰まる。

「うっ・・特にないけど」

カシルーンが寝転がったままファブレに向き直る。

「何故やらないんだ? みんなお前に期待してるぞ。ヤマモトやあの覆面・・王子だろう? それに学者や料理人、市場の人達もいい考えだと言っていた」

ファブレは寝転がって星を見上げながら答える。

「ボクは学校の作り方なんて何も知らないし・・学校に行ったこともない。それに若いボクが教えても、みんな言うことを聞かないんじゃないかって不安なんだ」

「そうだな、不安は多いな」

否定してくると思っていたカシルーンが素直に同意したので、ファブレは少し驚いた。

「カシルーンにも不安があるんだ」

ファブレの言葉にカシルーンが笑って起き上がる。

「当たり前だろ! 俺は店を出したこともないし、公国で本当にハンバーガーが売れるか全く分からない。それに俺が公国に誘ったんだから、カザンの事も責任を取らなきゃならないしな」

「大変なことばっかりだね。でもカシルーンはなんでそんなにすぐ自分でやろうとするの? もうちょっと考えてからにしたり、他の人に任せてもいいんじゃ・・」

だがカシルーンはそれは否定する。

「いや、それは駄目だ」

「どうして?」

「例えばファブレがどうしようか悩んでる間に他の誰かが料理学校を作ったとする。ファブレはホッとするかも知れない」

「うん」

「でもその料理学校が、考えているより遥かにレベルが低くて役に立たず、それなのに金儲けには汚かったりしたらどうだ?」

ファブレは渋面になる。

「それは嫌だね」

「そうだろう。それから慌てて理想の料理学校を作っても、前にできた料理学校と生徒の取り合いになったり、資格の内容の違いで混乱したり、互いに悪評を言い合ったりで、本来の仕事に集中できなくなるのは目に見えている」

ファブレは驚きに目を見張った。

「そうだ、君の言う通りだ。ボクはそこまで考えたことは無かったよ」

「俺も昔、やろうと考えていたことを他人に先を越されて悔しい思いをしたことがある。その時誓ったんだ。やろうと思ったらすぐ実行! 速さは強さ! 失敗を恐れない! あと何だっけな・・忘れちまった」

ファブレが笑う。

「ボクにはそれを全部守るのは無理だけど・・ボクもやってみるよ。王都に料理学校を作る。先に変な物を作られるよりは、ボクがやったほうがずっとマシだ」

カシルーンがガバッと起き上がる。

「そうかやる気になったか! 今度王都に来るときが楽しみだな! クション!」

カシルーンが派手なクシャミをし、体を震わせる。

「段々冷えてきたね。そろそろ戻ろうか、カシュー」

言ってからしまったという顔をするファブレ。不思議そうな顔をするカシルーン。

「カシューって俺のことか?」

「・・うん、君の名前を王国風にした呼び方だ。前から考えててつい口に出ちゃったけど、気を悪くしたらゴメン」

首を振るカシルーン。

「いや、とても気に入ったぞ。そうだ、店の名前はカシューバーガーにしよう! カシルーンというのは王国では言いづらいようだが、これなら呼びやすいだろう」

「ええ? それはすぐに決めなくても・・もっとじっくり考えなよ」

体が冷えた二人は布団に潜り込み、すぐ眠りについた。


翌日、冒険者ギルドの前には公国へ帰る使節団とその荷物を載せる馬車、その護衛の馬車が整然と並び、見送りに来た皆がカシルーンに最後の言葉を掛ける。

「じゃあな! カザンの事見捨てないでやってくれよな! 根は悪い奴じゃないんだ、多分」

「皆さんの旅路に女神様のご加護があらんことを」

「また王都に来たときは、ぜひ料理人ギルドにも顔を出してくれ」

「カシルーンくん、元気でね!」

「て、手紙書きますわ!」

「小僧、俺の教えたことを忘れるなよ!」

ヤマモトが進み出る。

「カシルーン、勇者でも一人で魔王を倒すことはできない。君がやろうとしている途方もないことも、たくさんの仲間が必要だ。皆を導く事は必要だが、一人だけで先走ってはいけない。君がやろうとしていることを理解してもらうことが大事なんだ」

カシルーンは真面目な顔でヤマモトに頷く。

「ああ、分かった! 俺もたくさん仲間を作る!」

カシルーンがファブレに向き直り、手を差し出す。

「ファブレ、世話になったな。いつか公国にも来てくれよ! 歓迎するぞ!」

「うん・・いつになるか分からないけど、必ず行くよ。カシュー」

ファブレはカシルーンの手を固く握り返した。

やがてその手がほどかれ、カシルーンは皆に背を向けて馬車に乗り込んだ。宰相が見送りの皆に大きく頭を下げる。

「では出発いたします!」

ラッパが吹き鳴らされ、馬車の列は遥か彼方の公国へとゆっくりと進み始めた。

遠ざかる馬車の中から、カシルーンはいつまでも皆に向かって手を振り続けていた。

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