174話 魔剣
「いたぞ! こっちだ」
通路の行く先から響く声にファブレは一瞬警戒したが、すぐにスパークの声だと気づいて安堵した。
揺れる松明の灯りに続いてスパーク、ミリアレフ、ヤマモトがファブレ達の元に駆け寄ってくる。
「ファブレ、カシルーン。無事か?」
ファブレとカシルーンは全力で走って来たため、心配そうなヤマモトの声にすぐ答えることができない。荒い息の中で途切れ途切れに返答する。
「は、はい・・ボクらは無事です。後ろから、カザンさんが追いかけて、きてます」
ファブレは床に座り込んだカシルーンに疲労回復ポーションを渡し、自身はエリクサーを飲む。
晩餐会からずっと召喚し通しで、鋼鉄を貫通するレイピアも召喚したのだ。さすがに魔力が心細い。
通路の奥からは人が駆けてくる音が聞こえてきたが、こちらが複数人でいるのに気づいたのだろう。ゆっくりと徒歩で歩いてくる音に変わり、やがて屈強な戦士の姿が通路の奥に浮かんでくる。手に持った赤黒い剣はますます不気味に鳴動し、まるで歌っているかのようだ。ヤマモトが眉を顰める。
「なんだ? あの剣は?」
スパークが目を見開く。
「あれは魔剣だ! 聖剣と対になる、勇者を傷つけるための武器だ。いくらヤマモトでもあれを受けたらヤバいぜ」
「勇者様、気を付けて下さい!」
ミリアレフがヤマモトに強化魔法を掛ける。
「ありがとう」
ヤマモトが皆の前に立ちはだかり、カザンと対峙する。
「カザン、お前が憎いのはお前を従者にしなかった私だろう。子供を追いかけて傷つけようなど情けないと思わないのか。王国最強の戦士の名が泣くぞ」
「抜かせ。俺よりも弱い奴が従者になるのは間違ってる。そいつを殺して魔王様を復活させ、俺が従者となるのだ!」
口からあぶくを飛ばしてわめくカザン。ヤマモトが困惑する。
「なんだコイツは。何を言っている?」
「操られているのかも知れません!」
ミリアレフの言葉にヤマモトがカザンを観察する。目は血走って表情が虚ろで、口は半開きだ。
剣を握るカザンの手の血管が浮き上がり、肌は赤黒く変色している。
「魔剣に乗っ取られつつあるのか? まともに打ち合うのはヤバそうだな」
ヤマモトは思案する。聖剣では人を斬れないし、カザンが身にまとっている防具はおそらく魔法のかかった装備だろう。カザン本人もいかにも頑健そうだし、予備の剣では心もとない。狭い地下通路では派手な魔法も使えない。
「ファブレ、あの剣の召喚を頼む」
「分かりました。料理召喚!」
ファブレは膨大な魔力を費やして、大魔王を倒したときのレイピアを召喚する。ヤマモトの手元には大魔王の繭を貫いたレイピアが出現し、ファブレは床に片膝をついて肩で息をする。
「すまんな。ゆっくり休んでいてくれ」
ヤマモトが剣から大魔王の繭を引きぬく。
「カザン、この卵のようなものは大魔王が包まれていた繭だ。ご覧の通り聖剣でも切れない」
ヤマモトが繭を宙に放り、聖剣で切り上げるとガキンとはじかれる音がして宙に浮く。刃こぼれした聖剣の欠片が床に落ちた。そして落ちてきたそれを今度はファブレが召喚したレイピアで貫く。
「だがこの剣は繭を貫通する。どういう事か分かるか?」
「なに・・?」
ヤマモトがレイピアを構えて腰を落とし、ゆっくりと体をねじって力を溜め始める。
「つまり・・私の攻撃を防ぐことはできないということだ、カザン。引導を渡してやろう」
カザンはその言葉に全身に脂汗が吹き出すのを感じた。ヤマモトは既に弓に矢をつがえているも同然だ。しかもこの狭い通路では充分な回避行動はとれず、的を外すことはありえないだろう。ヤマモトの溜めが終わるまでに先に仕掛けるしかない。
カザンは一瞬で判断して魔剣を振りかぶり、全力で踏み込んでヤマモトに切りかかる。だが
(俺が勇者を攻撃するのか? なぜ? どうしてこうなってしまったんだ? ・・しかしやるしかない!)
その躊躇はカザンの攻撃をわずかに鈍らせる。魔剣がヤマモトに届く前に、光の矢と化したヤマモトがカザンにレイピアを突きこんだ。
「がっ!」
レイピアはカザンの胴体の中央を貫いている。遅れてカザンの額と喉からも血が噴き出した。
カザンは驚愕した。胴体を貫く前に頭と喉も攻撃されていたのだ。衝撃も感じず、全く見えなかった。
「バ、バカな・・」
いかに頑健なカザンの体でも、三箇所の急所を同時に攻撃されれば耐えられない。カザンは魔剣を手から落として膝をつく。ヤマモトがレイピアをカザンの体から引き抜いた。
カザンは自身の体に開いた穴を手で押さえるが、血はとめどなく溢れて床に血だまりを作る。
「お、俺は死ぬのか・・」
「ああ。さよならだカザン。何か言いたいことはあるか?」
倒れ伏したカザンは自分を見下ろすヤマモトを見る。こんなときでもヤマモトは美しい、とカザンは思った。
「俺は・・あんたと一緒に戦いかった。それだけだった。どこで間違ったんだろう」
ヤマモトは無言だ。
「生まれ変わったら今度こそ・・」
カザンの目から光が消え、ヤマモトへと伸ばしていた手が力なく床に落ちた。ヤマモトは無念そうに見開かれたカザンの目をそっと閉じてやる。
「ミリアレフ・・」
ヤマモトが皆まで言うよりも早く、ミリアレフは強く頷いた。
「分かりました」
カザンは静かに目を覚ました。血が溜まった床から身を起こすと、背中から血糊がベリベリと剥がれる。
顔や喉元にこびりついた血を、腕で乱暴に拭う。そして周りを見る。すぐに自分を見下ろすヤマモトの姿を見つけた。
「なぜ俺は生きている? 死んだはずでは?」
「そうだカザン、君は一度死んだ。だが蘇生の魔法で生き返らせたのだ」
カザンは困惑する。
「なぜ俺を生き返らせた? 貴重な魔法を使ってまで・・」
カザンでも蘇生の魔法は神官長が生涯に一度しか使えないと知っている。
実際には女神から3回分授かったのでまだ使えるのだが、その事はカザンは知る由もない。
ヤマモトはカザンの間近に座り、語り出す。
「カザン。君は死に際に生まれ変わったら、と言っていたな。君の望みは何だ?」
「・・勇者と共に戦いたかったということだ。だが俺にそんなことを言える資格がないのは分かっている」
カザンは床を見て呟く。ヤマモトは俯くカザンの肩に手を触れた。カザンの体がビクリと震える。
「カザン、君は一度死んだ。だから今までの君の罪は全て水に流そう。そして文字通り生まれ変わった君には、私のために働いてもらいたい」
カザンがヤマモトを信じられないという表情で見返す。
「だが俺は、従者を、アンタを。勇者を殺そうとしたんだぞ。もう王国に居場所はない。冒険者の資格も剥奪された。俺に何をしろというんだ」
カシルーンが声を張り上げる。
「お前の居場所はあるぞ。公国に来い! カザン!」
「公国だと・・?」
ヤマモトが頷く。
「そうだカザン。君には私の代わりに公国に出向いて、私の敵でもあり、君を利用しようとした魔王信奉者たちを片付けて欲しい。私は召喚の契約に縛られて王国から出ることはできないからな」
「しかし俺は・・」
「過去の事は水に流すと言ったろう、カザン。今までの君の罪を全て許そう。それに君は女神の奇跡で蘇った。生まれ変わった君は女神の祝福を受け、勇者のために戦う戦士として生きるんだ。まだ不服かな?」
カザンは首を振る。
「いや、それこそ俺の願った通りのことだ。不満などあるはずがない。分かった。俺は公国でアンタの変わりに魔王信奉者と戦おう」
ヤマモトが差し伸べた手を、少しの間躊躇したカザンが握り返す。
「ありがとう。頼んだぞカザン。共に戦うことができないから君は従者とは呼べないが、私の使途という扱いにさせてもらう」
「おお、俺が勇者の使途に・・」
ヤマモトは刃こぼれして床に落ちた聖剣の欠片を拾い、カザンに渡す。
「これは聖剣の欠片だ。君が私の使途である証だ」
カザンはそれを大事そうに受け取る。
「魔王信奉者を片付けたら学校で剣術師範になってくれ! 元S級、王国最強の戦士なんて最高だ!」
カシルーンの言葉にヤマモトが苦笑する。
「後の世話まで見てくれるらしいぞ」
「フッ、ガキが俺の指導についてこられるかよ」
カザンが初めて笑顔を見せた。
カザンは公国へは自力で行くと告げ、ファブレに深々と頭を下げると、振り返ってヤマモトたちの前から去って行った。
床にはまだ不気味な鳴動を続ける魔剣が残されている。ヤマモトがポンと手を叩いた。
「そうだミリアレフ、今度君に私から感謝の証を与える約束だったな。あの魔剣をやろう。聖剣と対になるなんてとんでもない価値だぞ」
ミリアレフが飛び上がる。
「ええーっ! 価値があるのはわかりますけど! 私は剣を使えませんし、勇者様を傷つける武器をもらっても・・」
「じゃあ俺がもらおうかな!」
魔剣に近寄ろうとしたスパークをミリアレフが阻む。
「や、やっぱり私がもらいます!」
「フフ、きっとハヤミなら魔剣を欲しがるだろう。何かと交換してもらうのがよさそうだな。聖剣が欠けたから繕ってもらわないとならないし、今度一緒にハヤミのところに行くか」
「いいですね! そうしましょう!」
ミリアレフは破顔し、魔剣を布でクルクルと巻いてしまい込む。スパークは不満顔だ。
ファブレはそんな引換券みたいな扱いをされる魔剣が不憫でならなかった。




