171話 晩餐会にて
ファブレはハヤミの従者、ザンデの事を思い出す。彼はLV50程度と言っていた。おそらくハヤミの他の従者や、スパークとミリアレフ、ファーリセスも同じくらいのLVに達しているだろう。カザンは従者となるには充分すぎる強さだ。しかし、
「何故カザンさんを従者にするのを断ったんですか?」
「私も戦士系だったし、君も知っての通りしばらくは魔王側の動きも無かったからな。それに彼は協調性が無いのが見て取れた。私の嫌いなタイプだからいらんとハッキリ断った」
ヤマモトの言葉にスパークも頷く。
「カザンは強さは文句がないが、それを鼻にかけていちいち他人を見下すし、人間以外の種族を嫌ってるからな。誰も奴と組みたがらない。しかし奴はヤマモトが召喚される前からずっと勇者の従者になり、魔王討伐者になると常々言っていた。アンタに断られて相当ショックだったろうな」
ヤマモトが口を尖らす。
「私は悪くないぞ。本人の資質のせいだ。いらん物はいらん。お情けでパーティに入れて全体がギクシャクしたら何の意味もない。それに実際奴なしで魔王、大魔王討伐を果たしたんだ。どこからも文句を言われる筋合いはない」
ヤマモトも少し後ろめたさがあるのか、言い訳が多い。ミリアレフもフォローする。
「そうですね。彼と一緒に旅をするのはちょっと・・苦痛になりそうな気がします」
「まあ勇者や従者を襲うなんてとち狂ったことはしないとは思うが、皆も一応単独行動の際は注意してくれ」
ファブレが頷く。
「分かりました。カザンさんはどんな外見でしょうか?」
「ああスマン、忘れてたな。人間族の中年男性、40歳くらいだったか? 戦士の例にもれず背が高くガッシリとしている。ザンデやゴローのような体格だな。特徴は燃えるような赤髪で、それが鬣のように後ろに伸びている」
「赤髪か・・」
カシルーンが呟く。昨日の篝火亭の事を思い出したのだろう。ファブレも思い返す。
カザンも自分の希望を果たせず、逆恨み的な行動を取っているのだろうか。
「仮にも従者希望だった者が魔王信奉者に肩入れするなんて許せません! 天罰を下してやります!」
ミリアレフが拳を振り回して憤る。
「まぁそんなところだ。明日の晩餐会はスパークとミリアレフも警戒に当たるから、ファブレとカシルーンも安心してくれ。そうだ、もう料理はできたのかな?」
「はい」
「じゃあ一足先にご馳走になるとしようか」
ヤマモトの言葉に、スパークとミリアレフは期待の眼差しをファブレに向ける。
「俺たちは明日は食えないからな。助かるぜ」
「王宮の晩餐会の料理なんて、とっても楽しみです!」
「感想を教えて下さいね。では料理召喚!」
翌日の夜、晩餐会が始まった。メインとデザートはファブレが召喚するが、他の料理は全て手作りだ。和やかな談笑で食事が進む広間とはまるで違い、厨房は戦場のごとき忙しさだ。
「スープは好評でした!」
「おい、伯爵の皿にはトマトは入れるな!」
「領主の奥方は全部半分だけの量でいいぞ」
「公国の方へは絶対にお酒を出さないようにしてくださいね!」
「出来たぞ! 盛りつけてくれ!」
「この料理が残ったのは誰の皿だ? 何か理由を言っていたか?」
「料理長! 味見をお願いします!」
「はい。うん、大丈夫です」
「おい、どんどん運べ! 皿が足りないぞ!」
カシルーンはその様子を目を丸くして茫然と見ている。メイン以外の料理の目途がついたファブレが
休憩がてら、カシルーンの元にやってくる。
「どう? 厨房は」
「これほど忙しいとは思ってなかったぞ! それにファブレ、俺と同じ歳なのに立派に料理長をこなすなんて大したもんだ! 見直したぞ」
素直な賞賛に照れるファブレ。
「あ、ありがとう・・」
「料理長、そろそろ広間の方へ」
「分かりました。行こうカシルーン」
ファブレが立ち上がり、汚れたコックコートを新しい物に替える。
「彼が本日の料理を担当した、王国が誇る奇跡の料理人、ファブレ氏です! メインの料理とデザートは彼の得意とする料理召喚でご提供いたします。隣は公国宰相のご子息カシルーン氏。本日の料理をお手伝い頂きました」
紹介されたファブレとカシルーンがペコリと頭を下げる。
「な! あんなに若いのか!」
「それに彼は魔王討伐者なんだろう? それで今日のこの料理を? 信じられん・・」
「ほほう、公国宰相殿のご子息か。共同作業と言う訳だな。素晴らしい」
ファブレがエヘンと咳払いしてから語り出す。
「公国の皆さま、ようこそ王国へいらっしゃいました。王国は皆さまを歓迎いたします。本日は両国の友好のための特別料理をご用意いたしました。ぜひご堪能下さい」
皆の前に白い大皿だけが置かれる。ファブレの料理召喚には本来は皿は必要ないが、演出のためだ。
「では、料理召喚!」
ファブレの言葉が終わると、皆の大皿の前に鳥の丸焼きが出現する。
「おお! 一瞬で料理が!」
「これが料理召喚・・し、しかし一度に全員分を出すとは!」
「これは鳥の丸焼きですよね? あら、中に何か入ってる。これは米? なんだか細長いけど・・」
「こ、これはカプサーじゃないか!」
ファブレがまたエヘンと咳払いして、料理の説明をする。
「この料理は公国でお祝いの席に出される、カプサーという料理を元にしたものです。本来はこの細長い米を炊き込みご飯にして上に鶏肉を乗せたものですが、王国風に鳥の中に米や具を入れて蒸したものにしてみました」
「なるほど! 両国の料理を融合させた料理なのか。友好の場にはピッタリだ」
「ふむ、変わった米だが鳥の旨みが沁みている。それに鳥もそのまま食べられるのは楽しい」
「まさかカプサーが食べられるとは・・美味い、美味いぞ!」
公国側は皆絶賛し、涙ぐんで食べている人もいる。公国を離れてずっと異国の料理ばかりだったのだろう。しかし王国側の貴族の中には、あまり手を付けない者もいた。
「公国の方には評判がいいようですが、我らには目新しい料理ではありませんな」
「奇跡の料理人もこの程度ですかな。あがっ!」
言葉が聞こえたのだろう、その貴族にヤマモトから目線が飛んで体が硬直する。
しかしファブレは慌てなかった。皆がメインの料理を食べ終わるのをゆっくりと待つ。
やがて皆がメインを食べ終わったところで、またエヘンと咳払いする。
「ではデザートに移らせて頂きます」
給仕の者が素早く皿を片付け、台を清掃し新しくナプキンを広げる。
「料理召喚!」
ファブレの声と共に、皆の前に王城のミニチュアが出現する。
「おお!」
「これはこの城ですな! いやあ素晴らしい細工だ!」
「しかしこれがデザート? 食べられるのか?」
「あなた、よく見てこれ! 全部お菓子よ!」
城のミニチュアはプレッツェルやクッキー、飴細工など全てが菓子で出来ていた。
「バ、バカな! こんなものを何十人分も作れるはずがない! いや、召喚なら出来るのか・・」
「中に何か入ってるぞ?」
城のミニチュアは中が空洞で、グラス風の飴細工にプディングが盛られたものが入っている。
それを見た宰相がハッとした顔になる。
「ま、まさか・・このプディングは」
宰相はスプーンを入れて一口食べて目を見開き、ファブレの隣に立っている自分の息子、カシルーンを見る。宰相の目線に気づいたカシルーンが誇らしげに腕を組んだ。
ミハエルが立ち上がり、デザートの説明をする。
「見ての通り、このデザートはお菓子でできた城です。今日だけはお堅い大臣も、歴史ある伯爵家のご当主も、深層のご令嬢も、皆ドラゴンになったつもりで存分に城を攻め落としてみてください」
周囲から笑い声が上がる。ミハエルが話を続ける。
「中に入ってるのは公国風のプディングです。これは宰相殿の奥様の秘伝のレシピを再現させていただきました。ただ奥様の愛情は入っていないので、宰相殿には物足りないかもしれません」
またドッと大きな笑い声が上がる。
「公国の最高機密を知られてしまいましたな!」
「とても優しい味ですわ!」
宰相は恐縮しきりだ。喧騒が収まってきたところでミハエルが続ける。
「このデザートは新しいものをいくらでもお持ち帰りできます。お子様へのお土産や奥様への感謝の気持ちとして、大事な方へのプレゼントにぜひどうぞ。ただし一日経つと消えてしまいますからご注意下さい」
「それは残念ですなぁ」
「これを持ち帰れたら家族がどんなにか喜んだでしょうが、仕方ありませんな」
公国側では軽く流されたが、王国側は雑談がピタリと止み、一瞬後に大騒ぎになる。
「な、なに! これをいくらでも持ち帰れると!」
「おい! 2つ、いや3つだ!」
「私は4つ!」
「馬車のスペースを空けておけ! 積めるだけ積むんだ!」
「あれだけ料理を出したのに、これほどの細工の料理をまだいくらでも召喚できるというのか? 信じられん・・」
「奇跡の料理人は、召喚士としても超一流なのですな」
「やはり勇者様の従者、魔王討伐者というのは桁違いですわね」
聞こえてくるファブレへの賞賛に、ヤマモトは鼻高々だった。




