170話 魔王信奉者
「おはよう、今日はどうする?」
カシルーンが挨拶もそこそこにファブレに予定を尋ねる。ファブレは朝食の準備中だ。
「おはようカシルーン。今日は明日予定してる晩餐会のメニューを考えて、仕込みや準備をする予定だよ」
カシルーンが手をポンと叩く。
「ああそうだったな。俺も手伝うぞ!」
「ありがとう。ところでゲスト・・君のお父さんの好物は分かる?」
ファブレの問いに首を傾げるカシルーン。
「うーん、お袋のプディングが好物だけど、他は特にはないと思うぞ」
ファブレが笑う。
「それはメインには出せないね。デザートで出そうかな。後で作り方を教えてよ」
「ああいいぞ! メインはどうするんだ?」
「まだ決まってないんだ。両国の料理を合わせたようなものにしようと思ってるだけど・・」
そこへヤマモトが現れる。
「おはよう、作戦会議か?」
「おはようございますヤマモト様。そうだ、ヤマモト様は晩餐会には出席するんですか?」
ファブレの問いにヤマモトが顔を歪める。
「実は晩餐会はミハエルが王代で出るから、私はその護衛兼パートナー役で出席することになった。全く面倒なことだ」
ファブレは驚いた。格式ばった場が嫌いなヤマモトがパーティに出るとは。
「何か心配事があるんですか?」
ヤマモトが苦笑する。
「君は鋭いな。だが不安があるという程度だ。今のところはな。さ、朝食にしようか。今日は朝からカレーの気分だな」
「じゃあ俺もそれにする!」
プディングやメイン料理の試作で使う素材を市場で買い求めた帰り、郊外に差し掛かったところでファブレは自分たちを観察する目線に気づく。
「なんだか嫌な気配がするな」
カシルーンも気づいたようだ。ファブレの方を見ずに小声で話す。
「見られてるね。どこからかは分からないけど」
「どうする? 誘い出すか?」
ファブレは首を振る。
「走って帰ろう。行くぞ!」
「分かった!」
ファブレとカシルーンは卵を割らないように走り出した。家までの距離はそう長くはない。襲撃されることもなく家の前に着く。門番が走って来た二人を見て驚きの表情になる。
「従者様、どうされましたか?」
「少し目線を感じたので。何もないかも知れませんが警戒をお願いします」
「わ、分かりました!」
槍を構えて周囲を睨みつける門番に後を任せて家に入る。ヤマモトが二人を迎えてくれる。
「お帰り。どうした二人とも息を切らして」
「気のせいかも知れませんが、こちらを観察するような目線を感じました」
ファブレの言葉にヤマモトが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「面倒なことになるかも知れないな。今日はもう家にいてくれ。夜にスパークとミリアレフが来るからその時に事情を説明しよう」
「分かりました」
それからはプディングの試作と、ファブレの考えたメイン料理をカシルーンに味見してもらい改良する作業が続いた。満足がいく出来になったところでスパークとミリアレフが家に到着する。
「ん、何か作ってるのか?」
「とってもいい匂いがしますね」
「ファブレが明日の晩餐会のメニューを試作していたところだ。よかったら食べていくといい。だが、話の方が先だな」
「わあ、楽しみです!」
ヤマモトがカシルーンと二人を紹介する。
「この子が公国宰相の子のカシルーンだ。カシルーン、こっちのやさぐれが斥候のスパーク、こっちの神官が神官長のミリアレフだ」
カシルーンが興奮する。
「知ってるぞ! 二人とも魔王討伐者だな!」
「俺はやさぐれか・・この小僧にも話していいんだな?」
「ああ、皆座ってくれ」
皆がテーブルについたところでスパークが話し出す。
「実は最近、王都で魔王信奉者がよからぬ動きをしててな」
「魔王信奉者、ですか?」
「なんだと! あいつらこんなところにまで!」
カシルーンが憤慨する。ファブレには初耳の単語だがカシルーンは知っているようだ。
「すみません、魔王信奉者というのは?」
ファブレの問いにミリアレフが説明する。
「その名の通り、女神様でなく魔王を信奉する愚かな者たちのことです。魔王を討伐した私たちや、王国の事を目の敵にしている集団です」
「ええ? 魔王を信奉しても何もいい事があるとは思えませんが・・」
ヤマモトが頷く。
「ファブレの言う通りだ。だが今の社会から迫害されていると感じる者は社会を憎み、枠外の物・・社会の敵に救いを求めてしまう事もある」
「そういうものですか? でも実際に魔王がその集団を後押ししてる訳ではないですよね」
ファブレがチラリとヤマモトを見る。カシルーンの手前直接聞く訳には行かないが、元魔王、オウマと関わりがあるのかという質問だ。
「それは無い。彼らが勝手に魔王信奉を自称してるだけだ。魔王も迷惑だろうよ」
ヤマモトは、オウマは関わりがないと回答をする。ファブレにはもう一つ疑問が浮かぶ。
「なんでカシルーンは魔王信奉者のことを知ってるの?」
「俺の国にもいるんだ! しかも結構規模が大きく、親父と対立している。あんな邪教ぶっ潰しちまえばいいのにな!」
「その通りです!」
ミリアレフが賛同する。ヤマモトがファブレに向けて話す。
「魔王信奉者といえど人間だ。魔物ではない。君を巻き込む前に解決したかったが、向こうがちょっかいを掛けてくるならもう話したほうがよかろうと思ってな」
「最近一人で行動されてたのはそういう訳だったんですね」
ファブレが納得する。それを見てスパークが話を続ける。
「でだ。奴らは公国も王国も嫌いだ。だから両国を対立させるという計画を建ててるらしい。今ちょうど公国から使節団が来てるだろ。絶好の機会という訳だ」
「対立って、具体的に何をするんですか?」
「まぁ考えられるのは使節団を害して王国のせいにする、もしくはその逆だな」
「なんだと! 親父が狙われてるのか!」
カシルーンが立ち上がるのをヤマモトが諫める。
「気持ちは分かるが落ち着け。大体狙われてるのは宰相だけじゃないぞ。君もターゲットだ」
「あっ・・そうか」
カシルーンが椅子に座る。ミリアレフが言葉を続ける。
「ですが王都は女神様の威光が行き届いてますから魔王信奉者はごくわずかで、今まで要人を害するといったような大それた行動をしたことは無いんです。王都は警備も厳重ですし」
ヤマモトが頷く。
「まぁ魔王信奉者自体は小物と言っていい。問題は・・カザンだな」
「カザン?」
「カザンは元S級、LV50を超える冒険者だ。王国最強の戦士なんて声もある。私の従者を希望していたが断った。そいつが魔王信奉者と手を組んだらしい」




