17話 バースデイケーキ
「ファブレ、無事だったか? 何もされてないか?」
息を切らしたヤマモトが心配げにファブレをのぞき込む。
ファブレは驚いた。ヤマモトがこんなに自分のことを心配してくれるとは思わなかったのだ。
「はい、大丈夫です。ヤマモト様・・心配をおかけしてすみませんでした。イタッ」
立ち上がろうとしたファブレが思わず声を上げる。
「どうした? どこか痛むのか?」
「馬車に押し込まれたときに足首をひねったようです。大したことはありません」
「なんだと・・よくも私のかわいい従者に手を出してくれたな」
座った目のヤマモトに睨まれたテオドラがヒッと悲鳴を上げ後ずさる。
「あのヤマモト様? 本当に大したことはありませんから」
「君は黙っていろ。悪いのは・・アイツだな」
「誰か、誰かいないの!」
「無駄だ。全員気絶している。お仕置きの時間だな」
ヤマモトはヒョイと少女を左の小脇に抱え上げ、
ジタバタと暴れるテオドラの尻に右手で平手打ちを放つ。
孤児院ではよくあることだったので、ファブレは少女の名誉のため既に後ろを向いている。
バシン!
「きゃあああ! 私を誰だと思って・・」
バシン!
「やめて、やめなさい!」
バシン!
「うわーん! ごめんなさい!」
その修羅場の2日前、ヤマモトの家に突然来客があった。
扉を開けるとファブレが見たことがない少女だ。貴族か商家などの裕福な家の娘のようで、
華美なドレスに手袋、扇子で口元を隠している。傍には護衛の女騎士が控えている。
「ごきげんよう、あなたがファブレという料理人かしら?」
「はい、そうですが・・」
「私はテオドラ・ド・ウィルキンスといいます。あなたが変わった料理を作ると聞きました。
もうすぐわたくしの12歳の誕生パーティがありますの。
そこであなたもケーキを作って下さらないかしら。
もちろんメインケーキではないですが、変わったものも用意したいと思ってますの」
てっきりヤマモトへの客と思っていたが、
なんとファブレを訪ねてきたようだ。しかも料理を作ってほしいと。
テオドラの護衛の女騎士が眉をひそめる。
「獣人の子供ではないですか・・お嬢様、お考え直された方が」
「あらいいじゃない。私もお友達も獣人が作った料理なんて食べたことがないわ。
それに獣人を見たことがないお友達もいるの。
お披露目すれば皆珍しいと喜んでくれるのではなくて?」
ファブレは困惑し、後ろで憮然とした表情で腕を組んでいるヤマモトを見上げる。
「ボクはヤマモト様の従者です。ヤマモト様の許可がないことには・・」
「駄目だな。私の従者を見世物のように扱うのは心外だ。帰ってもらおう」
ヤマモトがそういうからには従うしかない。
「そういう訳ですので・・すみません」
テオドラは断られるとは思ってもいなかったようだ。
「な、ウィルキンス家の、わたくしの誕生パーティでケーキを作るなんて、
多くの料理人が望んでやまない光栄ですのよ。
しかも獣人なんて普通なら絶対にありえない幸運だわ。それを断るなんて・・」
ヤマモトは無言で扉を閉め、鍵をかけ、家に備え付けの防音魔法を発動する。
「全く、何様のつもりだ」
テオドラはしばらく外で何か言っていたようだが家の中に声は届かない。
そのうち待っていた馬車に乗って帰って行った。
そして2日後、家にいるヤマモトのところに、市場で買い物をしていたファブレが
何者かに連れ去られたようだ、と冒険者ギルドから報告があった。
ヤマモトはすぐに前日の少女の件を思い出し、ギルドの追跡もウィルキンス家の仕業だろうと
合致したため、ヤマモトは直接、ファブレの囚われているウィルキンス家の別荘へ
乗り込んだのだった。
もちろん何人かの警護や護衛はあったが、勇者としてのヤマモトの前では全く意味をなさず、
全員手刀で気絶させられたのだった。
ファブレは大したことないと何度言っても聞かないヤマモトに背負われ、ともに帰路につく。
「すみません、ボクのせいでこんなことに」
「さっきも言ったが君は何も悪くない。全くこの世界の貴族とやらは・・
断られたから誘拐するなんて言語道断だ。ギルドから国王にも報告が行ってるはずだ。
あとで当主にたっぷり慰謝料を請求してやろう。あのじゃじゃ馬の教育費もな」
貴族相手でもヤマモトは全くブレなかった。
「ところで来週リンちゃんの誕生日だそうだ。
ぜひ君にケーキを作って欲しいとお願いされてるが、大丈夫かな?」
「はい、もちろんです!」
ファブレは笑顔で答えた。




