158話 踊る人形
それから幾日か経ち、料理人ギルドのメンバーが王都に戻らねばならない期限がやってきた。
皆出発の用意を整えて食堂に集まり、街の人たちが見送りに来ている。
「女将、亭主、世話になったな」
「何を言ってるんだい。街を救ってもらって、こっちの方がよっぽど世話になったよ。色々料理も教えてもらったし。ところで・・」
「ん?」
女将が珍しくモジモジと躊躇した後で切り出す。
「入口に勇者様ご用達の看板をつけてもいいかい?」
ヤマモトが苦笑する。
「ああ、構わない。本当のことだしな。またこの街に来ることがあれば必ずこの宿を利用しよう」
「それは嬉しいね! あとできれば飾っておけるサインか何かをもらえるとありがたいんだけど・・」
「ふむ・・そうだな」
ヤマモトが周りを見渡し、食堂の片隅に飾りとして置いてある、ヤマモトの身長ほどの巨大な錨に目を付けた。
十字に組まれた鋼鉄の棒の上部にはロープを結ぶための輪っか、十字の下はいかにも頑丈そうなU字型のアームが付いている。
「あれは?」
亭主が答える。
「ああ、廃船になった大型船の錨だ。海に投げ捨てるのは縁起が悪いとかで、タダでもらったんだ」
「少しあれの形を変えてもいいか?」
亭主が眉を寄せる。
「形? どういうことだ? 好きにして構わないが、男10人がかりでやっと持ち上がる・・えええ!?」
ヤマモトが左手でヒョイと錨を持ち上げ、右手でグイグイと飴細工のように錨を曲げていくのを見て亭主が絶句する。
U字型だった下部のアームは逆U字に曲げられてしまった。
「バ、バカな。錨を手で曲げるなど・・」
ザウェイも目を丸くする。
錨が海底に引っかかっても、曲がったり歪んだりしないように作られている部分なのだ。
「こんなものか? ファブレ、これの名づけを頼む」
「ええっ? そんな突然! ・・人形、いや・・踊る人形とかどうでしょう?」
「ほう、私も人形っぽいとは思ったが、踊る人形というのはいいな。躍動感がある」
「さすがはファブレさんです!」
人形と言われると輪っかが頭、十字が胴体、逆U字型になったアームが足にしか見えなくなってくる。
「これなら一目で勇者様が来たことが分かるよ! ありがとう!」
女将がヤマモトの両手を握ってブンブンと激しく上下し、感謝を伝える。
「踊る人形亭・・いい響きだな」
亭主の呟きは、ファブレの耳には届かなかった。
一行が乗った二台の馬車は街の皆に見送られ、海の街を後にした。
「思いがけないこともあったが、楽しい旅行だったな」
「はい! きっと女神様のお導きですね!」
笑顔のミリアレフ。だがファブレはヤマモトの夢の話を思い出して複雑な心境だった。
そこにずっと黙っていたリチャードが、緊張気味に話を切り出す。
「・・勇者様、お話があります」
「ん? なんだ?」
ヤマモトに深く頭を下げてから、リチャードが話し出した。
「これほどお世話になって、また勇者様の信頼を裏切るようで大変申し訳ないのですが・・お暇を、勇者様の家の門番を辞させて頂きたいのです」
思いがけない話にファブレは驚きを隠せない。
「ええっ? どうしてですか、リチャードさん」
「はい。勇者様も従者様も・・・聖女様も。皆今回の事件でご自分の役割を立派に果たされておりました。私は一時的に従者扱いにしてもらったのに守ってもらってばかりで、何をする事もできませんでした」
「そんなことは無いぞリチャード。君がマーマンの女王の好意を引き出したおかげで、人全体に対する偏見がだいぶ無くなったと私は思う」
「ありがとうございます。ただ・・皆さんを見て私も自分に合った役割を果たすべきだと思ったのです。私の故郷、ロアスタッドの防衛隊の副隊長になるよう何度も声を掛けてくる友がおります。私はそちらで自分の能力を生かすべきではないかと考えるようになりました。決して勇者様の家の警護を軽んじるつもりはないのですが・・」
リチャードはヤマモトに頭を下げ続けている。
ヤマモトは腕組みした後で呟く。
「よし、分かった」
「よろしいのですか?」
リチャードが顔を上げる。ヤマモトが言葉を続ける。
「本音を言うと君のような優秀な人材を手放すのは惜しい。だが君に門番をさせるのは100の能力がある者に10の仕事しかやらせていない、という事も分かっている。私のワガママよりも国や故郷、その友の損失の方が大きいだろうしな。君の好きにするといい」
「ありがとうございます!」
リチャードが再度深々と頭を下げる。
「リチャード、君にこれをやろう」
ヤマモトが懐から薄い板状のものを取り出す。透明だが角度を変えると、表面の光沢が虹色に反射する。
「これは海王龍の鱗だ。短い間とはいえ君が私の従者だったことの証だ。疑う者に見せてやるといい」
「そんな貴重なものを・・よろしいのですか?」
「ああ。従者には皆、こういった物を渡しているのだ」
「ありがとうございます。一生大事にします」
リチャードが騎士の叙勲式のように恭しく跪き、両手でヤマモトから海王龍の鱗を受け取る。
ミリアレフが手を見たあと、キョロキョロと皆を見渡した。
「あのう、勇者様・・私はまだ頂いていないような気がするんですが・・」
ファブレももらっていないがそれは全く気にならなかった。
「ん? ああ。大魔王は消えてしまったしな。オウマの皮膚でもはいでくるか」
「やめてください!」
ファブレは慌てて止める。
「それでしたら聖女様。このマーマンの女王から渡された指輪をもらってくれませんか? 私は何もしていないのに勇者様と女王の両方から貴重なものを頂くのは心苦しいので・・」
リチャードが取り出した七色サンゴの指輪に、ミリアレフが目を輝かせる。
「わぁいいんですか! その指輪とっても素敵だと思ってたんです!」
だがヤマモトに一瞬で否定される。
「いや、それは駄目だ」
「ええっ、なんでですか?」
ミリアレフが頬を膨らませる。
「ミリアレフ。それをもらったとして、ミハエルにその指輪は? と聞かれたらどう答えるつもりだ?」
「それはもちろん、リチャードさんから貰ったと答えます」
「ほう、男性から指輪をプレゼントされて受け取ったのか。ではミハエルは婚約おめでとうと言って、二度と二人きりで会おうとはしないだろうな」
「あっ!」
ミリアレフは顔面蒼白になり、リチャードも顔を真っ赤にして慌てて手を振る。
「す、すみません! 決してそういう意味では!」
「もちろん私は分かっている。だが、世間はそうは見ないだろう」
「だだだ誰にも見せなければ大丈夫ですよね?」
とミリアレフは粘るが、
「君は自分にそれができると思うのか?」
「無理ですよミリアレフさん。諦めましょう」
ヤマモトが嘆息混じりに、ファブレにも即座に否定され、ミリアレフはガックリと項垂れてしまった。
「リチャード。君はその指輪が疎ましいかも知れないが、マーマン族と人間の仲直りの証でもある。
いつか意中の人が出来てプロポーズする時まで大事に取っておくんだ。それにその指輪を見れば大津波の事や、マーマンの女王に酌をした時の事を思い出すだろう。それに比べれば今後の多少な理不尽も、きっと耐えられるさ」
リチャードは指輪をまじまじと見つめた。
「・・分かりました。そのように致します」
リチャードが指輪を懐にしまうのを、未練がましく見るミリアレフ。
「ミリアレフ、そう落ち込むな。次に何かあったら、必ず今までの君の働きに見合った報酬をやろうじゃないか」
ミリアレフが歓喜する。
「本当ですか! 約束ですよ勇者様!」
「ああ、女神の名にかけて誓おう。フフ」
皆を乗せた騒々しい馬車は、ゆっくりと王都に向かって進み続ける。




