152話 大津波vs大海嘯
「私とオウマが大海嘯を使う。向こうの津波が来たらぶつけるように打つぞ。ファブレは干上がった場所に全力で水を召喚してくれ。手加減はなしだ。ミリアレフは飛んでくる物からの防御。リチャードは近づいてくる魔物を警戒」
「はい!」
「了解しました」
「うむ、分かった」
「分かりました!」
各自が行動を始める。ファブレはエリクサーを何本か召喚して皆に渡したあと、目を閉じて水の召喚に集中する。オウマは魔法のタイミングを取るためヤマモトの傍に寄り、呼吸を合わせる。ミリアレフは杖を、リチャードは盾と槍を構えて油断なく辺りを警戒する。
「料理召喚」
ファブレの言葉に続いて、干上がった海の底に水が湧き出した。見る間にそれは水たまりから池、浅瀬へと水位を増していき、遂には干上がった入江全体が元通り水で満たされていく。
「おお・・!」
リチャードは驚愕に目を見開く。この水はファブレが一人で召喚しているはずだ。入江を、海の一部を満たすほどの水を一人で召喚するなど、宮廷魔術師や大魔術師と言われる者でも無理であろう。
その小さな体のどこにこれほどの力があるのだろうか。水の召喚を続けるファブレはまるで自然の一部になったかのように静かで存在感がない。向こう側が透けて見えるようにすら感じられた。
(従者様の力はこれほどだったのか・・)
リチャードは自分がファブレの力を見誤っていたことを思い知らされる。
(私は何と無力なんだ。だが彼を警戒しているのは私だけだ。勇者様や従者様、聖女をお守りしなければ・・)
リチャードはオウマの事を警戒していた。先の大魔王討伐で力を貸してくれた大魔法使いという事は知っている。
だが、その強大な力の割に過去に名前を全く聞いたことがない。記録を調べても何も出てこない。偽名なのだろう。どの国や組織に所属しているのかもまるで分からず、常にフードを目深にかぶり、体を覆い隠すローブを着て外見さえも分からない。
今までは正体の見当がつかなかったが、オウマは地元の漁師たちすらも知らないマーマンの女王の存在を知っていた。とすると考えられる可能性は一つに絞られる。高位の魔物が人間に擬態したものがオウマだということだ。おそらく魔王を討伐をした勇者への復讐を企んでいるのだろう。
勇者の妹、ルリと夫婦というのも勇者の弱点を探るために違いない。
大魔王討伐や今回の件も勇者に協力しているが、かりそめの信頼を得るためだろう。いつ裏切るか知れたものではない。
だがリチャードの思考は凄まじい轟音と地響き、そしてヤマモトの声に遮られた。
「津波が来る! 行くぞオウマ!」
「ああ」
「恐れよ、全てを押し流す海の怒りを! 大海嘯!」
ヤマモトが呪文を唱え、オウマが海に向かって両手をかざすと、入江にたまっていた水が壁のごとく盛り上がった。それが重力に負けて崩れ落ち、そのまま怒涛となって沖へと押し寄せていく。
両者の波は沖合でぶつかりあって、火山の噴火のごとく水が天へと吹き上がった。
天が割れたかと思われるほどの轟音がとどろき、空が暗くなる。やがて吹き上がった水が滝のように海へ、周囲の海岸へと降り注ぐ。猛烈な突風が海岸にも吹き付けてくる。
その時、フードが外れオウマの素顔が露わになったのをリチャードは見逃さなかった。
石や木から削りだしたかのような彫の深い顔。クシャクシャの青い髪。それに小さかったが髪の隙間に角があったのも見えた。すぐにフードをかぶるオウマ。リチャードは記憶を探る。
(あの特徴はどこかで聞いたことが・・そうだ。酔った聖女が話していた。魔王は彫刻のような彫の深い顔をして、青い髪は荒れ狂い、角が生えていたと。すぐに口を塞がれていたが・・オウマは魔王!? 勇者様に討伐されたのではないのか? なぜ勇者様と一緒に戦っている?)
「聖域!」
ミリアレフが一瞬で判断し聖域を展開する。天から地面に叩きつけられる水の量は凄まじく、生身で受けたら体が潰されてしまうだろう。
「どうだ?」
ヤマモトが海の様子を探る。大津波の威力はだいぶ相殺されたが、それでも高さ数メートルはあろう大波が沖から迫ってくるのが見える。
「やはり威力が足りないか。ファブレ、召喚した水を消すことはできるか?」
「分かりました。送還!」
ファブレが自分の召喚した水を消すと入江全体の水位がガクンと下がり、押し寄せていた高波は勢いを無くして徐々に低くなっていく。海岸に到達する頃には通常の荒波程度まで収まっていた。
「ふう、何とかなったな」
「やりましたね!」
ファブレが耳をピコピコと揺らして無邪気に喜ぶ。
「ヤマモト、海王龍を」
オウマが沖合を指し示す。
「おっとそうだ。よくもやってくれたな」
ファブレの頭を撫でようとしていたヤマモトがそれを中断してエリクサーを飲み干し、飛行魔法を唱えて宙に浮かんだ。沖の海王龍に向かって一直線に飛んでいく。
海王龍は海蛇のような細長い体に、船の残骸を纏って擬態していた。
ヤマモトの姿を見かけた海王龍が慌てて海へ潜ろうとするが、ヤマモトは自身が一本の矢になったかのように、聖剣を構えて勢いそのままに海王龍の胴体へ突っ込んだ。
胴体を中央から分断された海王龍が凄まじい悲鳴を上げ、水面を真っ赤に染めてのたくる。
ヤマモトは宙返りして今度は海王龍の首を断ち切った。
分断された下半身だけがしばらくバシャバシャと暴れていたがやがて動きを止め、海王龍の体は全て海の底へと沈んで行った。
返り血や塩水で全身ビショ濡れのヤマモトが海岸へと戻ってくる。
「ヤマモト様、お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう。帰ったらすぐに風呂に入りたいな」
ファブレが差し出したタオルで全身を拭くヤマモト。
リチャードはどうしてもこらえきれず、小声でヤマモトに質問を投げかけた。
「勇者様、あのオウマという男は・・魔王ではないのですか?」
「リチャード」
リチャードは背を向けたまま体を拭くヤマモトから不穏な気配を感じる。
「は、はい!」
「魔王と勇者が仲良く協力するはずがない。そうだな?」
「そ、そうですね」
「私は君を信頼している。君は荒唐無稽な話を言いふらしたりしないし、従者として知りえた秘密は誰にも明かさず墓場まで持っていく男だ。そうだろう?」
ヤマモトがタオルを置き、予備の剣に軽く手を添えたのを見てリチャードは身震いした。聖剣が汚れてしまうから、人を切るときは聖剣ではなく別の剣を使うだろう。そんなはずはないと思いつつも、ヤマモトが振り向きざまに自分を両断するイメージが頭に浮かんでしまう。
リチャードは滝のような汗を流し、助けを求めて周囲を見ると、ファブレが自分に向けて目線を送っているのに気づいた。
ファブレは女神からもらったというペンダントを胸元から出し、拳を胸の中央に置いている。騎士の誓いの動作だ。リチャードは一瞬でどうすべきか理解した。
「もちろんです。女神の名にかけて誓います」
誓いを破ったら女神の罰を受け、一生カエルで過ごすことも厭わない、という最上級の誓いだ。
剣から手を放して振り向いたヤマモトは、いつも通りの笑顔だった。
「頼むぞリチャード。うちにはあることないことペラペラ言いふらす聖女がもういて困っているんだ」
「勇者様! 誰のことですか!」
憤慨するミリアレフ。だが彼女を庇う者は誰もいなかった。




