144話 女神の報酬
勇者の勝利を聞き、喜びを爆発させる一同。
「やったぞ!」
「勇者様バンザイ!」
「俺たちの勝ちだ! 大魔王を倒したんだ!」
皆で快哉を叫び、笑顔で肩を叩きあい、お互いの健闘を称える。
「しかし、凄まじい戦いだったようだね」
ハヤミが最上階の広間を見渡し、ヤマモトとファブレに話しかける。
天井と壁は崩れて空が見え、広間中に大きな瓦礫が散乱している。龍王のブレスを受けた床は熔けて穴が開いており、そこに変色したドス黒い血が流れ込んでいる。ヤマモトたちの装備も皆血まみれ、黒焦げでボロボロだ。
「ああ。こっちは正々堂々と挑んだのに、相手は弱点を繭の殻で覆った卑怯な奴でな。悪辣な妖精もいてかなり苦戦させられた」
大分歪曲されているような気がする。ファブレはヤマモトの言葉を聞いて、歴史は勝者が作るという言葉の意味を理解した。広間にオウマを見かけて無限召喚の指輪が壊れてしまったことを思い出す。
「そうだ、オウマさん。せっかく頂いた無限召喚の指輪を壊してしまいました。すみません」
ファブレがオウマに頭を下げる。
「あれは師匠に譲ったものだから謝る必要はない。だが・・言葉通り無限に使えるはずのものを壊してしまうとは驚きだ」
「かなり無茶をしてしまったようです」
ヤマモトがファブレに振り返る。
「ん? じゃあファブレはまた日に3度しか召喚を使えないのか?」
「いえ、コツをつかんだので指輪なしでも無限に召喚できると思います」
ファブレは自身が魔力の湧き出す泉になったようなあの感覚を思い出す。すると体の奥から魔力が溢れ、際限なく魔法を使うことができると確信できた。
「ほほう、魔力の根源を掴んだのか。大したものだ」
一通りお互いの報告が終わったところで、ヤマモトが声を張り上げる。
「よし、では女神を呼び出して大魔王を倒したことを伝えようと思う。皆、心の準備をしておいてくれ」
冒険者たちに緊張が走る。
「まさか女神様をこの目で見れるなんて・・」
「お、おい。俺たちがいてもいいのかな?」
「俺たちはちゃんと役割を果たしたんだ。胸を張れ」
ヤマモトが懐からペンダントを取り出し、それを両手で包んで目を閉じる。
「慈悲深き女神フレイアよ、使命を成し遂げた勇者の呼びかけに応え、願いを叶えたまえ」
すると部屋の中央に発行体が現れ、それが徐々に人の形を取る。
そして眩しい閃光が部屋を包んだあと、女神が顕現した。
「おおっ!」
「女神様だ」
部屋の中央の女神を囲むように皆が跪く。女神は興奮しているようだ。フンフンと荒い鼻息を吐き、覗き込むように首を傾げてヤマモトに問いかける。
「麗しの勇者ヤマモト、私を呼び出したということは・・倒せたんですよね?」
「ああ。大魔王は倒した」
ヤマモトが簡潔に告げると、女神は笑顔で両拳を握り締める。
「よっしゃ、やった! これでチャラ!」
周りの皆が茫然と自分を見ているのを感じて、女神は咳払いして背筋を伸ばし、優し気な表情になる。
「コホン・・よくぞ困難な使命を成し遂げましたね、麗しの勇者ヤマモトよ。約束通り好きなだけこの世界に滞在し、いつでも元の世界に戻れるように致しましょう」
女神が周りを見渡す。
「そして従者の皆もよくぞ勇者を支えました・・ってアラ? あなたキョーイチロー君じゃない! 男前になったわねえ。やだ、なんでここに?」
女神が一行に紛れているキョーイチローを見つけ、顔を紅潮させて髪を手櫛で直している。
「ああ。そこのネーチャン・・ヤマモトっつったか。に召喚されたんだよ」
「ええっ!?」
女神がヤマモトを見ると、ヤマモトはフイッと顔を背けてしまう。女神はピクピクと頬を引きつらせる。
「女神以外が勇者召喚を行うなど本来ならば到底認められませんが・・今回だけ特別に許しましょう。二度目はありませんよ」
ファブレはその言葉に安堵の溜息を漏らす。大魔王を倒したのにカエルに変えられたりしてはたまったものではない。
女神は猫なで声でキョーイチローに話しかける。
「キョーイチロー君はどうするの? 名残惜しいけどすぐに帰ってもいいし、もしよければ好きなだけこっちの世界にいてもいいわよ。そうなさいな」
キョーイチローが腕を組む。
「前はソロ縛りのRTAで寄り道を楽しめなかったしな。レイコもいるししばらくこっちの世界にいることにするわ。いつでも好きな時に帰っていいんだろ?」
「ええ、ええ! 私もたまにキョーイチロー君に会いに行くから!」
揉み手をしながら答える女神を、レイコが軽蔑の目で見ている。
「孫を帰らせたくない実家のお婆ちゃんみたい」
「なんですって! 成仏させてあげましょうか!」
レイコはベーと舌を出して消えてしまった。ヤマモトがファブレに聞く。
「なんであのチンピラがあんなにモテるんだ?」
「さぁ・・僕も知りたいです」
女神がハヤミたちのパーティに向き直る。
王の前では立っていたザンデも、さすがに女神には跪いている。
「久しぶりですね、魔眼の勇者ハヤミ。薬は無事届いたようで何よりです」
「おかげで視力が戻りました。女神様の慈悲に感謝いたします」
「あなたを元の世界に戻すこともできますが・・どうしますか?」
ヨーコが弾かれたように顔を上げてハヤミを見る。ハヤミは笑って答えた。
「いえ。私はこちらの方が性にあっているようです。こちらの世界に骨を埋める覚悟です」
「ハヤミ様! こんなチャンスは二度とは・・!」
「いいんだヨーコ。ずっと前から決めていたことだ。ファブレ君がいれば故郷の味も堪能できるしね」
「ハヤミ様・・ありがとうございます」
ハヤミが泣き顔のヨーコの頭を撫でる。女神がそれを見下ろして微笑む。
「ではハヤミには転移の術を授けましょう。それを使えば仲間ごと、どの地域にも冒険に行くことができます。くれぐれも悪用はしないように」
「おお! それは願ってもない報酬です。ありがとうございます!」
ハヤミは少年のように目を輝かせたが、ヨーコ以外のハヤミの従者は少し嫌そうな顔をした。
女神が周囲を見回しながらにこやかに話す。
「勇者と共に戦った従者の皆さん。心からお礼を言わせて下さい。あなたたちは自分の手でこの世界を守ったのです。まさに英雄と呼ぶにふさわしい働きです」
その言葉を聞いた幾人かは涙をこらえきれない。嗚咽の声が聞こえる。
「異世界から呼び寄せた勇者のように望みを叶えるという訳にはいきませんが、従者の皆さんにはその偉業を称えた贈り物を授けましょう」
女神がそう言うと従者たちの胸元にペンダントが出現する。ファブレがそれを握ってみるとほのかに温かみがあり、力が溢れてくるような感じがした。
「身に着けていれば体力や魔力の自然回復力増加、毒・麻痺・即死・レベルドレインの防止。一度だけパーティ全員の体力を全快、もしくは脱出の転移をすることもできます。ただしそれを使うと壊れてしまうので注意してください」
「おお!」
「す、すげぇ!」
「とんでもない価値があるぞ!」
皆が喜びに沸き立つ。
「女神の魔除けじゃないか! まさか実物を僕が持つことになるとは・・」
「どういう仕組みなんだろう」
ラプターとファーリセスはペンダントを指でなぞったり、ひっくり返してつぶさに観察している。
女神が咳払いする。
「オホン。ただし私のことを他人に伝える場合は、それ相応の敬意を持って・・女神の権威を貶めることのないように・・表現に気をつけて下さいね」
「・・口止め料だな」
ヤマモトが呆れている。




