140話 大魔王②
「よし、作戦はレッドドラゴンの時と同じだ。ファーリセス、頼むぞ」
「うん、分かった」
ヤマモトの声にファーリセスが頷き、長い呪文の詠唱を始める。レッドドラゴンを倒した時と同じ、ファーリセスの魔法で動きを封じてヤマモトが首を、今回は逆鱗を狙う戦法だ。とするとファーリセスから注意を逸らす必要がある。ファブレがそう考えたとき、もうヤマモトは広間を走りだしていた。
龍王がヤマモトを追って向きを変える。
「神よ、かの者に正義の断罪を下す力を与えたまえ・・ジャッジメントフォース」
ミリアレフがヤマモトに強化魔法を使い、スパークは背を向けた龍王にクロスボウを放つ。しかし矢は鱗に弾かれてしまう。
ファブレがロックフォールのスクロールを使い、落石が龍王の背中に落ちるも全く効いた様子がない。龍王はフンと鼻で笑っている。
「龍王の鱗は聖剣と究極魔法以外通さないぞ」
「何!? どうやって戦えって言うんだよ!」
ラプターの言葉にスパークが渋面になる。だが、ファーリセスの呪文が完成するまで時間を稼がねばならない。
レッドドラゴンの時と同じように、ファブレは広間の天井付近にアシッドミストのスクロールを発動する。しかしやはり効果がないようだ。龍王は酸の霧の場所へも平然と頭を伸ばしている。
龍王はスパークやファブレたちの事は無視して、ヤマモトにのみ攻撃を集中してくる。その巨体からは信じられないような俊敏な動作で、爪や翼、噛みつき、尻尾を使った連続攻撃を仕掛けてくる。そのどれもが致命傷になりそうな強烈な攻撃だ。
ヤマモトはその攻撃を聖剣で受け流し、あるいは身軽に躱す。噛みつきにはカウンターで突きを合わせるが、顎の部分にかすり傷が入った程度で、逆鱗までは剣が届かない。妖精が注意を促す。
「龍王様、噛みつきは止めた方が・・」
「おお、そうだな」
「なんだ、龍王はチビの言いなりか?」
ヤマモトの軽い挑発に龍王が怒りを露わにし、鱗が少し赤みを帯びる。
「誰がいいなりだ! コヤツは参謀だ!」
「やれやれ、龍王様は一人じゃ何もできないのか?」
「何だと!」
龍王の鱗がますます赤みを帯びた。目が爛々と輝き、鼻の穴から煙突のように煙が立ち昇る。
そのときファーリセスの呪文が完成した。右手を龍王に向けて突き出す。
「行くよ! ポゼッションカース!」
龍王を囲むように床に魔法陣が浮き上がる。
だが、魔法陣が浮かんだのは一瞬だけのことで、パリンとガラスが割れるような音と共に魔法陣は砕け散ってしまった。ファーリセスはくたりと床に倒れ込む。
「下等生物が! そんな術で我を支配できると思うか!」
龍王が吠える。
「龍王様、冷静に行きましょう。また一つ相手の手段を潰しました。このままじっくり戦えば勝利は龍王様のものです」
「おお、そうだな」
龍王は妖精の言葉に落ち着きを取り戻し、鱗の色が赤から黒へと戻っていく。
ファーリセスの元にヤマモトが向かい、エリクサーを飲ませる。
「勇者様、ごめん・・」
「しょうがないさ。だが別の方法を考えねばならん。他に逆鱗を狙える方法があるか?」
腕を組んで考え込んでいたラプターが呟く。
「・・ある。ブレスを誘うんだ。あのブレスの最中は動けないようだ。危険だが絶好のチャンスだ。それに龍族はブレスを使うごとに力が弱っていく。あの妖精は龍王のブレスを控えさせるために傍にいるに違いない」
スパークが名乗り出る。
「よし、奴は俺の事は眼中にない。ヤマモトへブレスを使ってる最中に、俺が逆鱗を狙おう」
「だが聖剣しか効かないんだろう? 聖剣は私しか使えないぞ」
「俺にだって奥の手はあるさ。この短剣は一度だけ聖剣と同じ力を発揮できる。使ったら壊れちまうけどな。あーあもったいねえ」
スパークが魔王城の宝物庫から持ち出した短剣を皆に見せる。
「よし、奴は怒ればブレスを使ってくるようだ。それは私に任せてもらおう」
「作戦会議は終わりか? 下等生物に我を倒せる案が出せるとは思えんが」
龍王が嘲り笑う。だがヤマモトは冷静に返す。
「下等下等言うがな、お前よりはマシだぞ」
「何・・?」
「お前は繭から生まれたじゃないか。元は毛虫だったんだろう?」
龍王の体が赤みを帯びる。
「貴様、龍王たる我を侮辱するか!」
「侮辱じゃなく本当のことだ。龍の王じゃなくて蛾の王が正しいな」
更に龍王の体の赤みが増していく。妖精があわててフォローに入った。
「龍王様、落ち着いて下さい。奴は龍王様を怒らせようとしているんです。低レベルな煽りを聞く必要はありません」
「おお、そうだな」
「おお、そうだな・・プププ」
ヤマモトが龍王の声色を真似て同時に言い、笑ったところで龍王のこめかみに青筋が立ち、龍王の体は真っ赤に染まった。ボヒュウと広間中の空気を吸い込み、口元に青い炎が灯る。
「死ね!」
「聖域!」
龍王のブレスと同時にミリアレフが聖域を発動し、光の柱がヤマモトたちを守る。だがスパークはヤマモトが龍王を煽っている間に、こっそりと龍王の後ろに回り込んでいた。
ブレスを吐き続ける無防備な龍王の首筋に飛びつき、力を解放した短剣を逆鱗めがけて突き立てる。
「もらった!」
だが逆鱗に突き刺さるはずの短剣は、カキンと弾かれてしまった。
「何!?」
狼狽するスパーク。短剣の力を確かめるように首筋の別の場所に短剣を突き立てると、そこには深々と短剣が突き刺さった。
「ぐあっ」
龍王がブレスを止め、首を振ってスパークを追い払う。振りほどかれたスパークは受け身を取って着地する。持っていた短剣は既に砕け散っていた。
「くそっ、なぜ逆鱗に通らなかったんだ?」
スパークが逆鱗のある場所を見上げると、その場所だけ盛り上がっている。何かが張りつけられているようだ。
「クク、貴様らに勝ち目などない。これが何だかわかるか?」
ラプターが驚愕に目を見開く。
「まさか・・あれは殻か?」
「ええっ?」
ファブレも理解した。龍王は弱点である逆鱗の上に、繭の殻を張りつけているのだ。
そして絶望的な気分になる。女神が言っていた。大魔王の繭には物理も魔法も、聖剣も通じないと。




