14話 チョコレート
「ヤマモトさん、この間はありがとうございました!」
今日はリンがオムライスの件のお礼を兼ねてヤマモトの家に遊びに来ている。
ヤマモトとリンはテーブルをはさんで椅子に座り、ファブレは食器磨きをしつつ二人の話を聞いている。
「なに、大したことじゃないさ。オムライスの評判はどうだったかな?」
「はい。フロスも、他に食べた人もみんな美味しいって褒めてくれました!
それにフロスにこっちの世界の料理も好きだよって言ったら機嫌がよくなったみたいです。これお礼です」
リンが包みをヤマモトに渡す。
「それは何よりだ。お、クッキーか。ありがたくいただこう」
「クッキーだけは小さな頃から何度か作ったことがあるんです」
「ではお茶をお持ちしますね」
ファブレは二人のカップとお茶を用意する。
ヤマモトとリンはお茶とクッキーで談笑モードだ。女子会とかなんとか言ってたような・・
「チョコチップクッキーも作りたかったんですけど、こっちにはチョコはないんですね」
「そのようだな。もしこっちに原料があったとしても、さすがにカカオ豆からチョコを作る方法は私もよくわからない」
ヤマモトは優雅にカップを傾ける。
ファブレも食べ物の事となると口を挟まずにいられない。
「そのチョコというのは何でしょう。ヤマモト様にも作り方が分からないものがあるとは思いませんでした」
リンとヤマモトが交互に答える。
「チョコは黒くて硬くて、でも口に入れると溶けて・・とっても甘くて美味しいお菓子なの!」
「正確にはチョコレートという。カカオという豆を煎ったり砕いたり練ったりして、砂糖やミルクと合わせて冷やして固めたもの・・だと思うが、カカオ豆は私たちの国では取れず、お菓子になったものが流通している」
「豆を練って砂糖と合わせる・・となると、前の餡子のようなものでしょうか?」
「いや、餡子とは全く違うものだ。カカオ豆はそのままだと非常に苦みが強く、それが砂糖や牛乳と合わさって濃厚な風味になるのだ」
ファブレは眉を寄せる。
「うーん・・ちょっと想像がつきませんね」
「そうだな・・試しに君が考えるチョコを召喚してみてくれないか」
「えっ、ボクはチョコがどんなものか全然分かりませんよ。失敗するに決まってます」
ファブレは驚くが、ヤマモトは意に介さない。
「一食分くらい構わないさ。それに先入観なしだと前の豆腐みたいに変わったものができるかもしれない」
「それって前に聞いたすごく固い豆腐のことですよね! どんなのができるか楽しみ!」
リンも目を輝かせて期待している。断れる雰囲気ではなさそうだ。
「分かりました。でも期待しないでくださいね」
ファブレはテーブルに皿を置きチョコというものを想像する。黒くて硬いが口に入れると溶ける。苦みのある豆に砂糖やミルク・・やはり全く分からない。
「料理召喚!」
そして皿の上にカランと漆黒の棒状のものが出現し、ヤマモトとリンが興味深げに観察する。
「やはり・・見た目から違うな」
「なんでしょう・・習字で使う墨を大きくしたみたいな」
「ああ、そんな感じだな。ちょっと切ってくれないか?」
「はい」
ファブレは包丁で切ろうとするがその物体には刃が通らない。布をかぶせてハンマーで叩いてやっと砕けた。
リンは明らかに引いている。
「ではいただこう・・」
ヤマモトも恐る恐るといった感じで破片を口に運び、首を傾げる。
「これは飴、というより冷たくない氷・・氷砂糖か。味はコーヒー牛乳のような感じだな」
「固いけど口で溶けるというイメージでそうなったみたいです」
リンも一番小さな破片を指先に張り付けて舐めてみる。
「あっ、ほんとだ。コーヒー牛乳味の氷砂糖だ、面白いですね」
「チョコではなくコーヒーですか? コーヒーは前にヤマモト様が話されてましたよね」
ヤマモトは中くらいの破片を口に入れ転がす。
「そうだな。元の世界では一般的な飲み物だ。やはり苦い豆が原料だが、チョコはまた違う風味だ」
リンは気に入ったようで大きめの破片を頬張り、コロコロと口の中で転がしている。
「ファブレくん、美味しいよこれ」
チョコではないようだが不評でなく、ファブレはほっと胸をなでおろす。
「そうですか、よかったです」
「君も食べてみろ。ほれ、アーン」
ヤマモトは指で破片をつまみ、ファブレの口の前に突きつける。そのまま直接取ったら、ヤマモトの指に唇が当たってしまうだろう。
ファブレは真っ赤になって横を向く。
「子供扱いしないでください! 自分で食べられます」
ヤマモトは笑いながらそれを自分の口に運んだ。




