133話 ふたたび魔王城へ
「もうすぐ魔王城に着くぞ」
スパークの声に、ファブレも勇気を出して馬車の窓から地上の様子を覗いてみる。
「上から見ると、周りに瘴気がないのがはっきり分かりますね」
周囲の森は瘴気に包まれているものの、魔王城の周りだけは瘴気から守られ、海に浮かぶ小島のように上空からハッキリと視認できる。
「こっちには都合がいいが、なぜ城だけ瘴気がないんだ?」
ヤマモトに尋ねられたスパークは首を振る。
「さぁ、俺には分からんな。中庭に降りるぞ」
前を行くハヤミたちの馬車が無事に着地できたのを確認すると、ヤマモトたちの馬車も螺旋階段を下っていくようにゆっくりと地面へと降下していく。
馬車が地面に着くと同時にヤマモトとミリアレフは馬車から飛び降り、武器を構えて油断なく辺りを見渡す。
だが魔物の影も形も見当たらない。
「敵の守りも無しか。拍子抜けだな」
ファブレも馬車から降りる。
「空から来るとは思ってもみなかったんじゃないか? ふぅやっと地面か」
スパークが伸びをして体をほぐす。ハヤミたちの馬車の方ではドワーフのサンスイが地面に頬ずりしているのが見える。ファブレもその気持ちは理解できた。
後続の馬車も次々と降りてきて討伐隊の全員が揃うと、ヤマモトが周りを見渡して声を上げる。
「無事に到着して何よりだ。だがこれからが本番だ。皆は私たちの隊が大魔王の元へ向かうのをフォローして欲しい」
「分かりました!」
「腕が鳴るぜ!」
頼もしい返事を聞いて頷いたヤマモトの元に、スパークとオウマが偵察から戻ってきた。
スパークが困惑の表情で告げる。
「城の内部が前と違うぜ」
オウマが腕を組んで頷く。
「おそらく大魔王の魔力で改変されたのだろう。渡り廊下の扉は全て開かなくなっている。突き当りの玉座の間まで一本道のようなものだな」
「魔物はどうなんだ?」
「気配は無数にある・・隠れて様子を伺っているのか、まだ遭遇しないのがおかしいくらいだ」
「ふむ・・だが襲ってくるのをここで待ってもしょうがない。先へ進もうか。皆、準備はいいか?」
「おう!」
「いよいよですね!」
座り込んで荷物やスクロールの確認をしていたファブレも立ち上がる。
ハヤミと従者たちは既に準備万端で、ヤマモトの号令を待っていた。
「馬車と同じようにボクたちの隊が先頭を行こう。ヤマモトたちはその次、冒険者の皆は殿で背後を警戒しつつ付いてきてくれ」
「分かった」
ハヤミたちに続いて皆が中庭から城の内部へと侵入する。
「うっ、なんだこの空気は」
「気持ち悪い・・」
「これが大魔王の重圧なのか?」
冒険者たちの呟きが聞こえ、ファブレにも城内に漂う、身体にまとわりつくような空気が感じられる。
「ファブレさん、大丈夫ですか?」
ミリアレフが心配して声を掛けてくる。
「はい、このくらい何ともありません」
目の前にはヤマモトの頼もしい背中があり、仲間たちに囲まれているのだ。何も心配することは無かった。
先頭を行くハヤミ達が廊下の突き当り、扉の開け放たれた玉座の間の入り口に差し掛かかったところで、
「来るぞ!」
「来やがった!」
ファブレの後から警戒の声と、鞘から剣を抜く音が聞こえた。
ファブレからは後ろの方は人が詰まって見えない。ヤマモトが素早く指示を出す。
「前の方は広間に入ってくれ! ただし後ろから来る敵は廊下で食い止めて広間に入れるな!」
「おう!」
「了解!」
ファブレもヤマモトに続いて玉座の間に入る。以前は豪奢とまでは行かないものの、荘厳さの感じられる空間だったが、床にはいくつもの染みや繭の残骸が散らばり、天井や壁には繭の糸が垂れ下がったままで、見るも無残な状態だ。
「ちっ、何だコイツら!」
「キリがないぞ!」
廊下で戦う冒険者たちから声が上がり、剣撃や魔法の爆発音が響く。
「戦況はどうなっている?」
ヤマモトの問いにシェルハイドが答える。
「よくありません。高位骸骨戦士や魔術師の群れですが、倒してもすぐ再生してしまいます。神官の浄化も効果がありません。大魔王直属の魔物なんでしょう」
「ふむ、どうする?」
シェルハイドが笑顔を見せる。
「ここは俺たちに任せて先に行け、って奴ですね。俺たちが壁になって食い止めますから、勇者様たちは大魔王討伐に向かって下さい。パーティごとに交代して休憩を取れば持ちこたえられると思います」
「勇者様と大魔王の戦いをこの目で見られないのは残念だなあ」
ドーソンが頭を掻く。
「お前は付いていってもいいぞ」
「いや、そんな手を抜ける相手じゃないだろう。俺の持ち場はここだ」
ドーソンはファブレに向き直る。
「ファブレ、勇者様と一番一緒にいるのはお前だろう。俺の代わりに勇者様の戦いを目に焼き付けて、後でじっくり教えてくれよな。頼んだぜ」
「分かりました。良かったらこれを使って下さい」
床に広げた布の上に、ファブレがいくつも液体の入ったガラス瓶を召喚する。
それを一つ摘み上げたシェルハイドが、ギョッとした表情になる。
「まさかこれは・・エリクサーか? こんなものまで召喚できるなんて」
「一日で消えてしまいますから注意してください」
ファブレの言葉にドーソンが笑う。
「一日中戦わせるつもりか? いや、何日でも戦うつもりだが、早く戻ってきてくれよな!」
シェルハイドが冒険者たちに向けて声を張り上げる。
「俺たちはここで壁になって魔物を食い止める! その間に勇者様が大魔王を倒す! 皆、ここが正念場だぞ!」
「おお、任せておけ!」
「やってやるぜ!」
「アリ一匹通さねえぞ!」
「皆、ここは任せたぞ。必ず大魔王を倒して戻ってくるからな。よし、行こうか」
「ヤマモトさん、俺もここに残るよ」
ギエフが躊躇いがちに申し出る。
「ギエフ? どうしてだ?」
「俺は個人としての戦力はない。同じ立場の冒険者だけでは諍いがあるかも知れない。俺が防衛の指揮をとるべきだろう」
「そうか・・君が判断したことならきっとそれが正しいんだろう。頼んだぞ、ギエフ」
ヤマモトはギエフの手を両手で握り、ファブレもギエフに一礼すると、一行は玉座の間の奥へと進み始めた。




