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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
二章 大魔王編
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132話 守護者リチャード

ヤマモトが大魔王討伐のために王都を出立した数日後。

「サラヴァン、ロアスタッドの防衛の指揮は君に任せるよ。ボクは万一に備えて王を補佐するから今回は現場には行けないんだ」

呼び出しを受けて執務室に入るなりミハエルから一方的に告げられ、第一親衛隊隊長かつミハエルの副官でもあるサラヴァンは息を飲んだ。

つまり自分がロアスタッドの防衛隊長ということだ。

一瞬その理解が追い付かずに呆けてしまったが、サラヴァンはすぐに片膝を付いて拝命の姿勢を取る。

「はっ、一命に変えましても!」

ミハエルは苦笑して手をヒラヒラと振る。

「ボクだけの時はそういうのはいいって言ってるだろう。軍の編成・・人事は君の好きにして構わない、というか一新して欲しい。物資の手配や日程、補給等細かい点は軍務大臣と相談してくれないか。ボクには緊急時以外は定期報告を入れてくれればそれでいい。じゃあ頼んだよ」

「はっ!」

執務室から退室したサラヴァンは、廊下を歩きながら自分の副官に簡単に告げる。

「ロアスタッドの防衛隊長を任された。忙しくなるぞ」

「おめでとうございます!」

「ああ。人事は一新を希望された。味方が必要だ。リチャード・・リチャードは今どこにいる?」


王都の片隅にある、勇者ヤマモトと従者ファブレ、時に聖女ミリアレフも住まう家。

その玄関横にはいつも銀に輝く鎧を着て槍を持って立つ一人の衛兵がいる。その名はリチャード。

勇者の家といえど外見は普通の民家と同じだ。そこに立つ鎧姿は滑稽にも見える。

彼の仕事は勇者の家を悪意ある者から守り、興味本位の野次馬などは追い返し、訪問者や勇者の友人知人は要件を聞いて丁寧に対応することだ。たとえ家が何か月も留守であろうとも。

彼の事を口さがなく言う者も、また転職を勧めるものも多くいる。

曰く、勇者の家とはいえ無人の家を守る必要があるのか。つまらない仕事だ。もっと能力を生かせる仕事をすべきだ。立っているだけで給金がもらえて羨ましい、等々。

だがリチャードはどこ吹く風で全て聞き流し、今日も家の前に一人立っている。


今日の訪問者はいつもと毛色が違った。高級士官の軍服を来た男とその副官であろう二人組が馬でやってきたのだ。

軍服の男は馬と副官を待たせて一人でリチャードの前に歩み寄って来た。リチャードがにこやかに男に問いかける。

「こちらは勇者様のご自宅です。何か御用でしょうか?」

「用があるのはお前にだ、リチャード。こんなところで何をしている」

男が帽子を取り、刈り上げた短髪と日に焼けた顔が露わになる。リチャードは驚いた表情の後すぐ笑顔になった。

「サラヴァンか! いやあ久しぶりだ。士官学校の卒業以来だな。確かミハエル様の副官をしていると聞いていたが、どうしたんだ急に?」

サラヴァンは表情を崩さずに告げる。

「今回ロアスタッドの防衛隊長を任されてな。お前の力が必要だ。俺の部下になれ」

「いやそれは無理だよ。俺はこの家を守らなくちゃならない」

拒否などできるはずもない要件を、リチャードに即座に断られてサラヴァンは絶句した。

「・・は?」

「仕事の邪魔だから話なら後でな。日が暮れたら引継ぎするから、いつも行っていたあの店で会おう。じゃあ行った行った」

リチャードはシッシッと虫を追い払うように手を振る。

サラヴァンは口を開きかけるが思いとどまり、言葉を飲み込むと振り返ってその場を去った。


士官学生ご用達の大衆酒場。どのメニューも安くボリュームがあるが、味は二の次だ。

久しぶりに飲んだ安酒に顔をしかめ、グラスを置いたサラヴァンがリチャードに尋ねる。

「・・なんで士官学校を主席で卒業したお前が、門番なんかやってるんだ?」

「第二騎士団に入団が決まっていたんだが、学長から君なら適任だとこの仕事を推薦されてな。いやあありがたい」

リチャードが飲み干したジョッキを掲げ、店員にお代わりを催促する。すぐに新しいジョッキがテーブルに置かれる。

「バカを言うな。お前の能力をあんなことで腐らせるなんて国の損失だ。昼間も言ったが俺はロアスタッド防衛隊長に任命されている。それにミハエル様が部隊の一新を希望されているんだ。お前は俺の片腕になって隊を支えてほしい」

リチャードは頬を掻く。

「いやさっきも言ったが俺は勇者様の家を守らなきゃならないんだ」

サラヴァンが手の平をテーブルを叩きつける。グラスやジョッキが音を立てて躍った。

周りから視線を集めるが、よくあることだとすぐに周囲の興味は霧散していった。

「ふざけるな! 家の警護など他の奴に任せればいいだろう! 俺が士官学校で唯一敵わなかった、お前の能力はもっと大きな場所で発揮されるべきだ。それにロアスタッドはお前の故郷、故郷を守るために士官学校に入ったと言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか!」

リチャードは俯いて少しこぼれたジョッキにチビリと口を付ける。

「嘘じゃないさ。お前と共にロアスタッドを守りたい気持ちはもちろんある。でも俺は勇者様、従者様から家の警護を任されているんだ。それを投げ捨てて行く訳にはいかない」

気持ちを落ち着けたサラヴァンが、騒いだ詫びとして店員に一番高い酒をビンで頼む。

「勇者様に命令されたのか? 家を守れと」

「いや、勇者様に手を握られて感謝の言葉を言われたし、従者様から長期間の留守の詫びとして金貨数枚をもらったことがある」

「何・・?」

「それに聖剣を直接触らせてもらったこともある。当然抜くことはできなかったが」

「はぁ?」

「あと家の中に招かれて、従者様、奇跡の料理人の手料理を何度か勇者様と一緒に食べた。聖女様が一緒の時もあったな。いやあどれもとんでもなく美味かった」

「・・・」

「分かるだろ? 勇者様や従者様の感謝は本物だ。俺が家を守っているから安心して大魔王討伐に行けると言われたんだ。俺はその信頼を裏切る訳にはいかないよ」

リチャードの言葉にサラヴァンは頭をガリガリと掻きむしる。

「ああもう分かったよ! 本来なら拒否権もない話だが、お前のことは諦めよう」

「悪いなサラヴァン。お前が俺を頼ってくれるのは嬉しかったよ」

サラヴァンが一番高い酒の栓を開けてグラスに注ぎ、一気に呷る。

「しかし勇者様から手を握られただと? 聖女とも一緒に食事を? くそっ! 俺だって少し話しただけなのに!」

以前のロアスタッド防衛戦で多くの兵士たちを救ったヤマモトとミリアレフは、軍で非常に人気があるのだ。リチャードがサラヴァンに哀れみの目を向ける。

「すまんな。また俺の勝ちのようだ」

「負けてねーし!」

「まぁまぁ。今日のところは旧交を温めようじゃないか」

リチャードはサラヴァンが頼んだ高い酒を自分のグラスに注ぐ。

「それは俺のだ! 自分で頼め!」

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