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従者物語③ 勇者の専属料理人、ファブレ  作者: yuk1t0u256
二章 大魔王編
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131話 FLYHIGH

「儂は乗らんと言ったじゃろ! 止めろ! お前ら何てことをするんじゃ!」

目隠しされ手足を縛られたサンスイが罵詈雑言を喚くが、聞く耳を持たない仲間たちの手によって馬車に詰め込まれていく。まるで人さらいのようだ。

皆が乗り込んで扉が閉められ、ハヤミたちの馬車は空へと駆け上がって行った。それを見送ったファブレがヤマモトに振り返る。

「サンスイさん、大丈夫でしょうか・・」

「乗ったらもう降りられん。じっとしてる他ないだろうな」

スパークが馬車の御者席に飛び乗る。

「よし、俺らも行くぞ。一応手すりにつかまっていてくれ」

ファブレは自分たちの馬車に乗り込み、座席に座ると新しく添えつけられた手すりを握る。

飛行の練習をする馬車にもう乗ったことはあるが、やはり緊張で体が強張ってしまう。

その様子を見てミリアレフがファブレに声を掛ける。

「ファブレさん、鎮静の魔法をかけましょうか?」

「いえ大丈夫そうです。ありがとうございます」

「準備はいいか? 行くぞ」

スパークが馬の手綱を揺らすと馬車はゆっくりと地面を進み始め、やがて見えない階段を登るかのように空へ浮かび始めた。

不思議な感覚だ。上昇する分角度があるはずなのに、馬車の中は水平に保たれており傾きを感じない。

「うわぁ! 素敵ですね!」

ミリアレフが窓を覗き込み、眼下に小さく遠ざかっていくサイハテを見て興奮した声を上げる。練習ではここまでの高度に達することはなかった。

「うーん、原理がよくわからない。馬は地面を水平に走ってると錯覚してるのかな」

ファーリセスが這って移動して御者席を覗き込み、スパークが文句を言う。

「おい揺らすなよ。こっちは固定されてなくて怖いんだ」

「フフ、ファーリセス、余り動くな。ファブレは大丈夫か?」

ヤマモトの言葉にファーリセスがゴソゴソと自分の席に戻る。

「はい。思ったよりいつもと変わらないですね」

なるべく外を見ないようにしなければの話だが。ミリアレフも乗り出して覗いていた窓から離れる。

「空飛ぶ馬車も素敵ですが、私の高祖母が従者をしていた勇者様は召喚した竜王の背に乗って空を飛んだらしいですよ」

「ラプターが言っていたやつだな。ファブレもやってみるか?」

「怖いですよ。それに生きてる物は召喚できませんし」

興奮のためか皆口数が多い。取り留めのない話をしているとスパークが振り返って告げる。

「この高さなら瘴気の影響はないだろう。あとは魔王城まで水平に移動だな。後続と合流してから移動するぞ」

スパークが空中で停止しているハヤミたちの馬車に寄せ、声を掛ける。

「おーい、こっちは問題ない。サンスイのおっさんは大丈夫か?」

御者をしているヨーコが苦笑して答える。

「ああ。隅で小さくなってるだけだ」

やがて後続の馬車も上がってきた。どの馬車からも安堵の声や賑やかな話し声が聞こえてくる。

しかし空の彼方に目をこらしていたスパークが危険を察知する。

「ちっマズいぞ、ワイバーンだ」

遥か彼方の小さかった黒点がグングンと馬車に迫り、すぐにワイバーンの形が視認できるようになった。100匹近い大群だ。みな馬車の中で武器を握る。

「どうも縄張りに踏み込んじまったみたいだ。いつもより狂暴だぞ」

「空中ではファブレの餌も使えんな。逃げるのも間に合わんし迎撃するしかないか」

ヤマモトがイヤリングを通して各馬車に迎撃の指示を出す。

すぐに他の馬車から矢や魔法が飛び始める。しかし馬車の御者席は二人までしか乗れず、馬車の中からは外の様子が見えづらい。上空で風もあり弓矢は流されてしまう。

「ちっ、この!」

大口を開けて馬へ襲いかかろうとするワイバーンを、スパークが至近距離からクロスボウで迎撃する。頭にボルトが刺さったワイバーンは脱力し、飛行の勢いそのままに斜めに落ちて行った。

「馬が食べられちゃったらどうなるの?」

ファーリセスの問いにスパークが悲観的な未来を告げる。

「馬車がここから動けなくなる。そしたら効果が切れて落ちるのを待つだけだな」

「うーむこれはマズいな。よし、私が出よう」

腕組みをしていたヤマモトが馬車の御者席に移り、そこから宙へと飛び出した。

「えっ! ヤマモト様!?」

ファブレが息を飲む。だがヤマモトは一瞬落ちたあとすぐに馬車と同じ高さまで上がって来た。

長い髪をなびかせて飛ぶヤマモトの姿に、ファブレは安堵して馬車の床に座り込んだ。

「びっくりしました。飛行の魔法ですか・・」

「そういや全部の魔法を使えるんだったな。あせったぜ」

スパークも汗を拭う。

「お姉ちゃん、私もやるよ!」

同じようにローブをはためかせたルリがヤマモトの隣まで飛んできた。ヤマモトは一瞬驚いた表情のあとすぐに笑顔になる。

「よし、やるか。私は雷光(ライトニングスパーク)の魔法を使うから、巻き込まれないようにな」

「分かった!」

ヤマモトは飛燕のごとく滑らかに飛行し、ワイバーンの群れの中央へ向かう。ルリはその場に留まって馬車をワイバーンから守る態勢を取る。

「恐れよ、我が怒りの轟きを! 雷光(ライトニングスパーク)!」

群れの中央に飛び込んだヤマモトにワイバーンたちが襲い掛かるが、それよりも早くヤマモトを中心にして黒い雲が広がり、その中を激しい稲光が満たした。同時に強烈な破裂音が空に響き渡る。

「うわっ!」

ビリビリと馬車を揺らす激しい轟音に、ファブレは思わず耳を塞ぐ。

ヤマモトが移動しつつ魔法を繰り返すと黒い雲は範囲を広げ、やがてワイバーンの群れを覆い隠してしまった。黒雲の中を駆け巡る稲光に巻き込まれ、焦げ付いたワイバーンが煙の尾を引きながら次々と地上へと落下していく。

ルリは馬を襲うべく滑空してくるワイバーンにまず遅延(スロウ)の魔法を掛けて動きを鈍くし、その後氷槍(アイシクルランス)の魔法でトドメを刺していく。

ワイバーンは氷の槍で胴体を貫かれたあと体が凍り付き、すぐさま落下して視界から消えていった。

「こりゃ下は獲物に困らないな」

スパークが軽口を叩き、ファーリセスはルリを見て感心する。

「ルリも凄いね。飛行しながらあんなに色んな魔法を使えるなんて」


やがて全てのワイバーンが墜落し、ヤマモトとルリは空中でハイタッチしたあとそれぞれの馬車へ戻っていった。ヤマモトを笑顔で迎えるファブレたち。

「おう、助かったぜ」

「さすが勇者様です!」

「ヤマモト様お疲れ様でした!」

「飛行魔法楽しそうだね! 私も頑張って習得してみようかな」

しかしヤマモトはしかめ面で髪を撫でている。首を傾げるファブレ。

「ヤマモト様、どうかなさいましたか?」

「雷雲で髪の先がチリチリだ。ファブレ、すまんがちょっと梳いてくれないか」

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