13話 フレンチトースト
「天気のいい休日の朝、こんなときはフレンチトースト」
顔を洗ったヤマモトがタオルで顔を拭きながら食堂に現れる。
「おはようございますヤマモト様。フレンチトーストですか?」
エプロン姿で、ヤマモトの朝食リクエストを待っていたファブレが問いかける。
「うむ。フレンチトーストは卵と牛乳と砂糖を混ぜた液体にパンを浸し、それを焼いたものだ」
「シンプルですね。砂糖が高いから普通は気軽に作れませんけど」
「うちには砂糖がたくさんあるだろう。とても美味しい。ぜひ作ってみてくれ」
ヤマモトがファブレの料理研究のためにと、どこからか大量の砂糖を仕入れてきている。
「実際に作るんですね、分かりました」
ファブレは準備を始める。ボウルに卵を割り、砂糖と牛乳を入れ混ぜる。
「パンは厚切りで耳は取り、縦半分にする。本当は時間をかけて液に浸したほうがよいのだが、今日は時間がないからパンにフォークで穴を開けておくといい」
ボウルの卵液を深皿に移し、パンを入れると液体がパンに吸い込まれていく。思ったより早く卵液が無くなってきた。
「なるほど、甘い卵焼きとパンを混ぜたようなものなんですね」
「そうだな。パンの触感が加わってまた違った風味になる」
ファブレはまた卵液を作り、パンを浸していく。液体を吸ってぐんにゃりしたパンが4つできる。
「バターが無いのは残念だが、普通の油でもいい。フライパンで蓋をしてじっくり両面焼いてくれ。表面に焦げ目がつくくらいでいい」
「分かりました」
ファブレはじっくりとパンを焼いていく。ひっくり返すときに蓋を開けると甘い匂いが充満する。
「いい香りですね」
「幸せの香りというやつだ」
やがて焼き上がり、皿に2枚ずつ並べる。
「できました! 見るからに美味しそうですね」
「粉砂糖やハチミツなどをかける場合もあるが、今日はこのままでいただこう」
ヤマモトがいつもの両手を合わせるルーティンのあと、手づかみでフレンチトーストにかぶりつく。
「ちょっと芯がパンのままの部分があるが、十分美味いな」
「うわあ、とっても美味しいですねこれ!」
ファブレも夢中でかぶりつき、二人ともあっという間に食べ終わる。
「いい料理を教えてもらえました。ありがとうございます」
ファブレは上機嫌で片付けを始める。
「気に入ったようで何よりだ」
ヤマモトはカップでお茶を飲む。これだけみると美女の優雅な姿だ。
「ところで休日とおっしゃってましたが、魔王討伐は進んでいるんですか?」
「いや、全く進んでいない」
ファブレがガクリとつまずく。
「大丈夫なんですか? 勇者様の能力には期限があると聞いたことがあります」
「私の能力は時間が経つほど強くなるのだ。魔王は城に引きこもって出てこないから、今あせってもしょうがない。人間界への大規模侵攻なども無いしな。正直討伐しなくてもいい気さえするが・・とりあえず一度会ってみようと思っている」
「そうだったんですか」
ファブレは驚いた。ヤマモトは今までそういった話は全くしなかったのだ。
「魔王討伐のときは君にも着いてきてもらう必要があるからな」
「うう、やっぱりそうなるんですね・・」
「心配するな。その頃には私はとんでもない強さになっている。君を守りながら戦うのだって訳ないさ。ただしちゃんと料理を作ってくれないと力が出ないから、それは頼むぞ」
「分かりました。責任重大ですね」
ファブレは拳を握り、背筋を伸ばして気合を入れる。
「そういうことだ。今は美味しい料理とかわいい従者で英気を養うときなのだ」
「僕は男ですから、かわいいと言われても嬉しくありません」
プイと横を向くファブレ。
「そんなことはない。これはきっと似合うぞ」
ヤマモトがどこからともなく取り出したのは、どう見ても女の子用のメイド服だった。
「そんなの絶対着ません! 買い物に行ってきます! ヤマモト様のヘンタイ!」
ファブレは逃げ出した。




