128話 ジムの改名、抜けない聖剣、策士ファブレ
戦闘の終わったサイハテでラプターが合流して、ヤマモトたちにジムを紹介する。
「ああ、ジムの事は覚えているが・・なんだか記憶よりも随分大きくなったな?」
ヤマモトがジムを見上げる。
「私は従者に加えても構わないが、ジムはハヤミと戦ったんだろう? どうだハヤミ」
「僕も構わないよ。彼の剣技は我流のようだが大したものだ。磨けばもっと光るだろう」
「しかし、ハヤミ様を殺す気で剣を向けたのに!」
「僕だって殺す気だったからお互い様さ。今大事なのは大魔王討伐の力になってくれるということだ。そうじゃないかい?」
ヨーコが難色を示す場面もあったが、当事者のハヤミが受け入れたため、ジムは正式にヤマモトの従者となった。
「これを付けるといい。他人が外見をあまり気にしなくなる指輪だ。ヨーコもつけている」
ハヤミがジムに指輪を渡す。
「いいのか?」
「ああ。まだいくつもあるからね」
「ありがとう」
「じゃあジム、オウマとルリを紹介しよう。あっちの家にいる。おっと、ジムという名は嫌いだったか? だが新しい名が付くまでは辛抱してくれ」
ジムはオウマとルリを見るなり片膝をつき、顔を伏せる。
「オウマ、ルリ。彼は以前話した人語をしゃべれるゴブリンのジムだ。今はゴブリンロードになっているようだがな。従者希望なので認めたところだ」
「我はもう魔王ではない。臣下として扱うつもりはないから楽にしてくれ」
「よろしくね、ジム!」
しかしジムは頭を上げられない。ジムが動けない理由は魔王ではなくルリだった。人間と聞いていたがそんなはずはない。自分が肉食獣と同じ檻に入れられたウサギのように感じられる。恐怖で全身から汗が吹き出し、肺が締め付けられ、か細い呼吸をするのがやっとだ。
「なんだか様子がおかしいな・・ああ、ジムという名が嫌いで改名希望だそうだぞ」
ヤマモトの言葉に、即座にルリが反応する。
「じゃあ私が新しい名前を付けてあげる! ゴローなんてどう?」
「うむ、力強い響きの中に親しみを感じる、良い名だ。さすがルリだな」
オウマはルリの案を褒めるが、ヤマモトは呆れていた。
「ゴブリンロードの頭文字を取っただけじゃないか。いいのかジム?」
「こ、光栄です!」
否が応でもその名を受け入れるしかなかった。ジムはゴローとなった。
「ううむ、これはマズいぞ。まさかこんなことが・・」
珍しく早起きしたヤマモトが、着替えもせず独り言を言いながら部屋を歩き回っている。
「どうされました? ヤマモト様」
ファブレは声を掛けたが、返答は思いもよらぬ内容だった。
「実は、聖剣が抜けなくなってしまったのだ」
「ええっ?」
ファブレは仰天する。冗談で言っている訳ではなさそうだ。
聖剣が使えなければ大魔王は倒せないだろう。由々しき事態だ。
「なんでそんなことに? 心当たりはありますか?」
「やはり女神の首を絞めたのはマズかったか? 今頃思い出して仕返ししたのかも知れん」
「それは無いでしょう・・というか女神様の首を絞めないで下さい。他の勇者の力は大丈夫ですか?」
「ああ。それは問題ない」
「ではハヤミ様に聞いてみましょう」
今は皆サイハテで思い思いに空き家を借りて、長旅の疲れを癒しているところだ。
二人でハヤミのいる家を訪ねるとヨーコが対応に出て、すぐに通される。
「何、聖剣が? ちょっと僕にも貸してくれないか?」
ハヤミがヤマモトから聖剣を受け取り、鞘から抜こうとするがやはり抜くことはできない。
両刃から日本刀に変えたような形状変化もできない。
「ううむ? どういうことだ?」
「女神様に何かあったんでしょうか?」
「聖剣が力を失ってしまったのか? しかしなぜ急に?」
「まさか大魔王の陰謀か? いや待て、仲間に裏切者がいる可能性もある!」
皆で可能性を探る。ヨーコは物騒な事を言い出す。
そこへノックもなしにドアを開けて、ドワーフのサンスイがズカズカと家に入って来て手を差し出す。
「ここにおったか。それを貸せ」
「サンスイ? どうしたんだい?」
ハヤミも困惑顔だ。ヤマモトが鞘に入ったままの聖剣をサンスイに渡す。
サンスイは聖剣を手に取り、片目を閉じて色々な角度から観察する。
「思った通り、あんなムチャな使い方をするから鞘が壊れとる。儂が直しておくからそれまで待て」
一方的に伝えると、サンスイは聖剣を持って家を出て行ってしまった。
残されたヤマモトたちは茫然とする。ハヤミが気まずそうに沈黙を破る。
「あー、サンスイは鍛冶技術もあるんだ。卵の打撃で鞘が歪んで抜けなくなっていただけのようだね・・」
「そ、そうか。いやあ大したことじゃなくてよかった。うん・・」
ヤマモトが力なく同意する。ファブレも脱力した。
「もう少し、大事に使ったほうがよさそうですね」
ヨーコは恥ずかしさに耐えきれず、ずっと顔を手で覆っていた。
「黄金の羊」の地図書き、ドーソンが机に向かって夢中でペンを走らせているのを見て、シェルハイドが声を掛ける。
「ドーソン、精が出るな。今回の冒険譚か?」
「ああ。あの神話のような流星魔法を見ただろ? それにたくさんの種族が一堂に介して協力して戦っている。まさに英雄の物語だ。ルリさんの絵も異世界風で受けそうだし、本になれば凄まじく売れるぞ。劇なんかも満員御礼だろうよ」
ドーソンは話している最中もペンを止めることはない。
「それは楽しみだな」
「お前が女湯を覗こうとしたことは書かないでおいてやるから安心しろ」
シェルハイドが笑う。
「お前だって乗り気だったじゃないか」
そこへ家のドアがノックされる。シェルハイドが扉を開けるとファブレが立っている。昼食の用意に来てくれたようだ。
「こんにちは、シェルハイドさん。お昼はどうしますか?」
「ああ、ありがとう。今日のお任せは何かな?」
「サイハテ産の野菜と牛乳を使った野兎のシチューと、白パンになります」
「では僕はそれで。ドーソンもそれでいいか?」
「ああ!」
ファブレがテーブルに二人分の食事を召喚し、ペコリと頭を下げると家を出て行った。まだ他のメンバーのところを回るのだろう。
シェルハイドが昼食を食べ始めると、ドーソンもペンを止めて伸びをし、テーブルに付く。
「しかし毎食違う食事、しかも頼めば何でも好きな物を食べれるなんてな・・彼の料理も物語に入れるのか?」
「もちろん入れようとは思うが、派手な戦闘と比べると表現がしづらくてちょっと困ってる。うん、美味いな」
「虫の時にドラゴンの死体を大量に召喚したのは彼だろう? あれを書けばいいんじゃないか?」
「ワイバーンがドラゴンの死体を食ってどっかに行ってしまっただけだから、物語としてはオチに欠ける・・いや待てよ、仲間を食われたことにドラゴンが怒って、敵同士が争い始めたという話ならどうだ? 地表を埋め尽くす敵を料理で相打ちさせた奇跡の料理人。こりゃウケるぞ」
「それじゃ現実と全然違うじゃないか」
シェルハイドは呆れる。
「物語は多少の脚色は付き物だ。忘れないうちに書かないとな!」
ドーソンは食事を掻きこみ始め、食べ終わるとすぐにまた机に向かった。




