123話 サイハテ奪回作戦①
ヤマモトたち一行は魔物の領域に最も近い村、サイハテが見える小高い丘まで辿り着いた。
「サイハテは完全に奴らの砦にされちゃってるね」
「くそっ!」
水晶玉を覗いて上空からサイハテの様子を確認したファーリセスの言葉に、ジャヒーラが馬車の床を拳で叩く。
「落ち着けジャヒーラ。取り返せば済むことだ。ラプター、何かいい案はあるか?」
ヤマモトの問いにラプターが肩をすくめる。
「集団戦術は専門外だ。僕じゃなくギエフの出番だな」
ギエフが背筋を伸ばして答える。
「道中この事態は予測してました。村の見取り図はありますか?」
「ああ、これだ」
ギエフがジャヒーラから渡された村の図面を確認する。
「念のため聞きますが、村に隠し通路や地下道などは?」
「サイハテにはそういう物はない。用意しておくべきだったか」
「いえ、悪用される可能性もありますし・・奴らは当然、私たちが東から攻めてくるのを警戒しています。ヤマモトさんの力なら正面突破も可能でしょうが、村の壁や家などは極力壊したくないので、別の方法で」
「どうするんだ?」
ギエフが村の図面を見せながら説明する。
「村の東側に馬車を置き、攻め込むフリなどをして魔物の注意を引きつけ、別部隊が村の西側から攻め込んで敵司令官を討ちとります」
ヤマモトが顎に手を当てる。
「だがどうやって回り込む? 村の西側には深い川がある。それに川向こうの魔物の領域は瘴気に覆われて様子が分からん」
ギエフが図面の川の上流を指さす。
「一度川の上流部へ行き、そこからイカダや船などで川を下って強襲するのはどうでしょう?」
ジャヒーラが同意する。
「なるほど、それはいい。今の時期は流れもそんなに急じゃないしな」
「ふむ・・他に案がある者はいるか?」
ヤマモトが周りを見渡すが誰からも返答はない。
「ではその方向で行こう。船は・・オウマの魔法を頼んでいいか?」
オウマが軽く頷く。
「ああ、イカダ程度なら出せるだろう」
「人選はどうする?」
ギエフが集まっている面々を手で区切る。
「基本的に冒険者たちが東側で囮役、ヤマモトさんたちが西から潜入で。あとは個々に調整しましょう」
「では潜入は私とハヤミのパーティ、オウマとルリ、ジャヒーラで行こう。ジャヒーラは道案内を頼む」
「ああ、分かった」
「ラプターは留守番の方がよさそうだな。レイコの箱を守っていてくれ。ギエフは冒険者たちの指揮を取ってくれるか?」
「了解しました」
ヤマモトが大きく頷く。
「では明日の朝行動開始だ。まずファーリセスが川沿いの状況を確認し、問題なければ私たちが上流から川を下って、村の西側から攻め入る。タイミングを合わせて村の東側で敵の注意を引きつけて欲しい。そういえばファーリセス、司令官らしき奴はいたか?」
ファーリセスが首を振る。
「見当たらなかった。灯りが漏れてる家があったからそこにいるかも」
「夜になったらレイコに見てもらうか。大体こんなところだが、何か質問は?」
皆で気になる点を上げ、それを潰し終わった頃には日が暮れていた。
ヤマモトが両手を叩く。
「よし、せっかく全員いるしみんなで夕食といこうか。ファブレ、魔王城でのあれを頼めるか?」
この大人数を賄えて、魔王城での料理というと・・異世界料理のフルコースだ。
「はい、大丈夫です。ただ全員分の席は出せませんが」
「ああ、テーブルや椅子は無くてもいい」
「では・・皆さんすみませんがちょっと開けて下さい」
ハヤミたちのパーティや冒険者たちは何が始まるのかと興味津々だ。
「少し手伝おう、師匠」
オウマが分解魔法で地面を平らにした広場を作り出し、大量の取り皿や食器を召喚する。
「ありがとうございます。では・・料理召喚!」
ファブレは今まで作った、あるいは召喚した料理を一つ一つ記憶から蘇らせる。無限召喚の指輪が輝き、体の奥底から湧き出す魔力が霧散して、料理を形どっていくのが感じられる。
あっけに取られてポカンと口を開ける者、期待に満ちた目で見守る者など様々な反応の前で、カートに乗った鍋や大皿、そしてその上に乗る料理の数々が次々と出現していく。
「おお!」
「ええー! こんなに!」
「こりゃ凄まじいな・・」
文字通り広場を埋め尽くすほどの料理を召喚し終わったファブレは肩で息をつき、ヤマモトがそれを労う。
「ファブレ、大丈夫か?」
「ありがとうございます。以前よりは大分楽になりました」
ファブレが落ち着いたところでヤマモトが声を張り上げる。
「今日はみな行儀など気にせず、好きな物を好きなだけ食べて英気を養ってくれ。動けなくならない程度にな。では夕食開始!」
「キャッホー!」
「どれもこれもめちゃくちゃ美味そうだぞ!」
「この料理は何ですか? えっ、生の魚?」
「見て! あっちにお菓子の家がある!」
皆取り皿や椀を持って料理の合間を歩き、好きな料理を選んでいく。
一つの皿に何種類もの料理を盛る者、気になった料理を少量ずつ味見して歩く者、自分のお勧め料理を他人に食べさせようとする者。だが皆笑顔で食事を楽しんでいるということは共通している。
ファブレはしばらく広場で皆の質問に答えて周り、それが一段落したところで自分の分の料理を取ってヤマモトたちの元へ向かう。
「ファブレ、お疲れだったな」
「ひー、辛い!」
ファーリセスが涙目になりながら麻婆豆腐を食べては舌を水に漬けている。
「なんで辛いの分かっててそれを食うんだよ・・」
スパークが呆れる。
「なんか辛いんだけど食べたくなる、不思議」
「花椒はマタタビと似た成分があるのかも知れん」
ミリアレフはラーメンを慣れない箸で啜っている。
「ファブレさん! このラーメンというのはとっても美味しいです!」
「そういえばミリアレフさんは始めてでしたか。ルリさんの好物なんです」
ラプター、ギエフ、ジャヒーラは並んで骨付き肉にかぶりついていた。
「いやあ、この肉料理は最高だな!」
「そうだろう? 僕が考えてファブレ君に作ってもらったんだ。ファブレ君は何にしたんだ?」
「エビグラタンです」
「それも美味そうだな! 取ってこよう」
「俺の分も頼む」
皆食べ過ぎないようにと頭で分かっていても、未知の美食をあと一口だけ、とつい食べ続けてしまい
やがて地面に転がって動けなくなる者も出始めた。
「うーん、もう食えない」
「もうお腹いっぱいです・・」
「なんてザマだ。作戦前に食べすぎで動けなくなるなど従者失格だぞ。オルトチャックお前もか」
「儂としたことがこんな罠にかかるとはな・・」
ヨーコが寝転んで腹をさすっているオルトチャックに冷たい目を向ける。
「食べすぎで苦しい方はあっちのドリンクを飲んで下さい。楽になりますから」
ファブレの言葉に、倒れていた者はアンデッドのようによろよろと起き上がった。




