121話 魔王の嫁
虫たちを退け、地形の変わってしまった平原を迂回して西へ進み、サイハテを目指す一行。
「勇者様、あれを!」
だがミリアレフが指し示す方角、以前悪魔バーログのいた廃村に一筋の煙が上がっているのが見え、隊の動きが止まる。
「あれはバーログのいた村だな。まさかまたアイツか? ファーリセス、どうだ?」
ファーリセスが水晶玉を覗き込む。
「うん、前と同じ燃えてる悪魔がいる。他の魔物はいないみたい」
ヤマモトが腕を組む。
「放置する訳にもいくまい。どうするかな・・」
そこにオウマとルリがヤマモト達の馬車を訪ねてくる。
「バーログが復活したようだな。大魔王の影響であろう」
「私とマーくんでちゃちゃっと片付けてくるよ!」
「ええ?」
ファブレはルリの言葉に仰天する。
「昔は魔・・オウマよりも弱かっただろうが、女神が大魔王は配下の魔物の力を何倍にも引き上げる、と言っていたし、オウマの力は昔よりも落ちているんだろう? 二人だけでは厳しいんじゃないか?」
ヤマモトは消極的だが、ルリは自信満々だ。
「大丈夫! 復活中ボスは雑魚って相場が決まってるんだよ!」
「あ奴は我らに任せてもらおう。この先も何があるか分からんからオヌシらはそれに備えておけ。そうだな、一日後には合流できるだろう」
ヤマモトは顎に手を当て考え込み、やがて口を開く。
「分かった。バーログは二人に任せようか。何かあれば連絡してくれ」
「ククク、大船に乗ったつもりでいるがいい」
「行ってくるね!」
オウマとルリはバーログのいる廃村へ、二頭の馬で駆けて行った。
「ヤマモト様、二人だけでよろしいんですか?」
二人の背中を見送ったファブレが、ヤマモトに不安げに尋ねる。
「今のオウマがルリを危険な目に合わせるはずもない。よほど勝算があるのだろう」
「何か俺らに知られたくない事があるみたいだな」
武器の手入れをしたままスパークが呟く。
確かに元魔王とその部下、となれば何か秘密があるのかも知れない。
ファブレもヤマモトもそれに思い至り、二人ともついミリアレフを見つめる。
「な、なんですか?」
半日後、オウマとルリはバーログの潜む廃村に辿り着く。
「あの教会跡にいるようだな」
天井が抜けて壁が崩れ、中身がむき出しとなった教会跡から赤い陽炎が立ち上っている。
二人は離れた場所に馬を繋いで徒歩で教会へと入った。
教会に入り込んだ二人にバーログが気づき、その目が驚愕に見開かれる。
「なんだァ? 人間がノコノコと・・お前はあの人間のメス! それ魔王様・・いや魔王! 一体何しに来やがったァ!」
オウマがかぶっていたローブを下ろして顔を晒す。
額の第三の目は跡形もなくなり、ねじくれた角は髪の間に隠れて見えなくなっている。
「我はもう魔王ではない。勇者隊の一員オウマとして貴様を葬りに来たのだ、バーログ」
「私もやるよ!」
怒りのためバーログのまとう炎が激しく燃え上がり、天を焦がす。
「魔王が勇者の手先だとォ! それに思い上がった人間のメスに媚びへつらうとはな! 反吐が出るぜ!」
オウマがニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「ククク、お前こそ人間のような事を言うではないか。理屈なぞいらん。今も昔も魔物は強さこそが全て、そうだろう?」
「ああそうだ! 俺は前より何倍も強くなった! それに知ってるぜェ? そのメスに骨抜きにされてもうあの姿にはなれないんだろう? そんなお前が俺に勝てると思ってるのか? クハハハッ!」
バーログが哄笑し、右手には燃える曲刀、左手には燃える鞭が出現する。
「確かに我は魔王としての力を失った。だが代わりに半身たるルリがいる」
オウマがルリを見る。
「ハッ! その小娘がどうだって言うんだよ! 二人纏めて切り刻んでやるぜェ!」
バーログが力を誇示するかのように、地響きを立てて二人に迫る。
だがバーログを見上げるオウマは冷静そのものだ。
「魔王たる我が人間に近づいたのなら、半身たるルリにはその逆の事が起きるということだ」
ルリがローブを脱ぎ捨てる。その下に来ていた薄い肌着や、下着までをも躊躇いなく脱ぎ始めた。
「なんだァ? 女、何してやがる?」
あっけに取られるバーログ。その眼前でルリの肌が黒い毛皮に覆われ、膨れ上がる。瞬く間にルリの体は筋骨隆々とした四つ足の巨大な黒い獣に変わった。その両肩からは太い鞭のような触角が生え、ウネウネと蠢いている。
「なっ、何だと!」
バーログが驚愕する。
「パーフェクトリ・レジストファイア」
驚愕するバーログをよそに、オウマはルリの脱ぎ散らかした衣服を拾い集めながら、黒い獣と化したルリに完全耐火の呪文をかける。ルリは巨体に似合わぬしなやかな動きでバーログへと飛び掛かかった。
「しまっ・・!」
慌てて剣と鞭でルリを迎え撃とうとするバーログ。しかし剣と鞭に阻まれたはずのルリの黒い体は、バーログの剣と鞭、そしてバーログの体をも突き抜ける。
「なんだァ!?」
予想外のことに褪せるバーログ。背後に突き抜けた黒い獣に向けて剣を薙ぎ払うが、それも黒い獣には当たらず通り過ぎてたたらを踏む。
そして両膝を黒い触角で貫かれ、ガクリと膝を落とすバーログ。
「ぐわああア!」
「ディスプレイサービーストの本体は見える場所とは別にある。ルリに攻撃を当てられる者はおらず、またその攻撃を防げる者もいない」
膝立ちになったバーログは黒い獣に向けて鞭を振るうが、やはり攻撃は通り過ぎて床を打つ。そして目の前に黒い獣の姿があるにも関わらず、バーログの背中に獣が圧し掛かってうつ伏せに倒される。間髪入れず両手を触角で床に縫い留められ、起き上がることもできない。バーログの首筋に見えない肉食獣の生暖かい吐息が感じられる。
「ではな、バーログ」
「クソがあああ!」
黒い獣と化したルリが強靭な顎を閉じるとバーログの首が噛み千切られ、吹き上がる溶岩の血しぶきとともに床に転がった。
「ルリ、お疲れだったな」
人の姿に戻ったルリに、オウマがタオルと衣服を渡す。
「ありがとう! マーくんも部下に恵まれなくて大変だったんだね!」
オウマは苦笑する。ルリは返り血で汚れた顔をゴシゴシとタオルで拭き、服を着始める。
教会の崩れた壁から夕陽が差し込み、自身の炎で燃え尽きていくバーログを照らしている。
「おっと報告せねばな。・・ああ。バーログは片付いた。今日は村で一泊して明日合流しに行く」
報告が終わったオウマがルリに向き直る。
「ルリ、腹が減ったろう? 夕食は何がいい?」
ルリが笑顔で即座に答えた。
「とんこつラーメン!」




