119話 昆虫退治②
「ふう、もう大丈夫か?」
長く続いた爆音が止み、ヤマモトたちは崖下の様子を確認する。
「うへえ、とんでもないな」
「勇者の力はこれほどなのですね・・」
茫然と眼下を見下ろす冒険者たち。ファブレも恐る恐る崖下を覗き込む。
平原は未だ所々に蒸気が立ち込め、大小様々な隕石の破片が散らばっている。なだらかだった地形は隕石により生じた窪みや亀裂で原型をとどめていない。濁流が窪みや亀裂に注ぎ込み、そこから溢れた水が地面を削って川と化している。飛行型も含めほとんどの魔物は一掃されたようだが、一部難を逃れた魔物がぬかるみに足を取られてもがいているのも見える。
「ヤマモト様、やりすぎですよ・・」
「温泉街みたいだね!」
ルリが呑気な感想を言う。
「私は悪くないぞ。予想外のこともあったが魔物はほぼ駆逐できたようだな。ファーリセス、ちょっと平原の奥の様子を見てくれないか? 手の空いている冒険者パーティは残った魔物を掃討して欲しい。だが蒸気には近づくなよ。有毒なガスなどがあるかも知れん」
「おう、残った魔物は任せてくれ」
「俺たちも働かないとな!」
冒険者連中が崖を降りていく。
ファーリセスは水晶玉を取り出し、鳥の目線で平原の西側を確認する。
「・・まだ西の方に大量に魔物がいる。でもこっちに来れずにうろうろしてる」
「何、まだいるのか」
ヤマモトが嘆息する。
「ヤマモト、少しいいか?」
サイハテの村長、ジャヒーラがヤマモトに声をかける。
「ジャヒーラか、どうした?」
「前にオウマも言っていたが、昆虫型の魔物は軍隊のような行動をする知能はないはずなんだ。だからロアスタッドを襲おうとしてるんじゃなく、何かの要因で移動してるだけだと思う」
「ふむ・・? 虫が集団で移動する要因というのは?」
ヤマモトが誰か分かる者がいるか、と周りを見渡す。
ラプターが手を上げる。
「環境の変化によるものじゃないかな。住処の森が火事などで住めなくなったとか、餌がなくなったとか、天敵がいるとか」
「なるほどな。ファーリセス、もっと西の方を確認することはできるか?」
「やってみる」
ファーリセスが再度水晶玉に向き合う。
「魔物の領域の近くは暗くてよく分からない。ん、何かいる・・ワイバーン? 凄い大群! 虫を襲ってるみたい」
「ワイバーン? 飛竜だったか?」
ジャヒーラが答える。
「飛竜と呼ばれることもあるが、ワイバーンは大型の鳥の魔物でドラゴンじゃない。普段は獣や家畜などを襲っている。馬車が襲われることもあるが、人は食わないみたいだ。巨大化した虫はワイバーンの餌にちょうどいいんだろう」
「じゃあ虫たちはワイバーンから逃げているのか。ワイバーンを倒せば虫たちの行進も止まるのか?」
「その可能性は高いが、家畜や馬車を襲ってくるワイバーンを撃退するのはともかく、こちらからワイバーンを狩りに行くのは困難だぞ。人が近づけば逃げるだけだからな」
「俺もやったことがあるが、ワイバーンを狩るのは難しいぜ。餌を放置して茂みで待つんだが、一撃で致命傷を与えないと逃げられちまう。それが大量にいるんじゃな」
スパークの言葉にヤマモトが腕を組む。
「ふーむ、どうするかな」
ファブレも思いついたことを言ってみる。
「ワイバーンを倒す必要はないんじゃないでしょうか。何か虫を襲わなくなる手段があれば・・」
「何かもっと美味しい餌を召喚するとか!」
ルリが口を挟み、ヤマモトが苦笑する。
「魔物は味は分からんのだろう? まぁ昆虫よりは普段食べている肉に寄って来るかも知れんが、ずっと肉を召喚し続ける訳にもいくまい。いや待てよ・・これなら行けそうだ」
考え込んでいたヤマモトがニヤリと微笑んで顔を上げる。
「ラプター、魔物にも呪いは効くんだよな?」
「ああ、それは大丈夫だ」
ファブレも呪いという言葉でヤマモトの狙いに気づき、ギョッとする。
「ヤマモト様、まさか・・」
「君も分かったようだな。ワイバーンにドラゴン肉を食わせて、同士討ちさせてやろう」
「上手く行くでしょうか?」
「まぁ試してみるだけならタダだ。しかし懸念がある。オウマ、ドラゴン肉を召喚したファブレがドラゴンに狙われるという事はないか?」
腕組みしたオウマが答える。
「召喚する現場を見なければ、ドラゴンとて犯人は分かるまい。あまり乱発すると危険だがな」
「よし、じゃあ冒険者連中にも周知しよう」
ヤマモトがイヤリングを通して、残った魔物を掃討している冒険者たちに連絡する。
「これから平原の真ん中にドラゴンの死体を大量に召喚する。それ目当てにワイバーンの群れが来るかも知れんが放置して仕事を続けて欲しい。ではな」
「えっ?」
怪訝な声を上げた「黄金の羊」のリーダー、シェルハイドに、スカウトのロアが声を掛ける。
「どうした? 勇者様から連絡か?」
シェルハイドがパーティの皆に連絡事項を伝える。
「あ、ああ・・勇者様たちがこれから平原の真ん中にドラゴンの死体を大量に召喚するが、そこにワイバーンが来ても気にするなと」
「はぁ?」
「どういうことなんでしょう?」
「言ってることは分かるが、理解がおいつかん・・」
「・・まぁ俺らは仕事を続けよう。勇者様があれほど別次元の存在だとはな」
皆頷いて魔物の掃討に戻ることにした。
「よし、じゃあファブレ頼む。オウマも出来るか?」
オウマがかぶりを振る。
「いや、我はドラゴンの肉は食したことがない。その特性を再現することは不可能であろう」
「分かりました。では・・料理召喚!」
いつものように無限召喚の指輪が輝き、ファブレの体の奥底から無限の魔力が湧き出てくる。
そして比較的損害の少ない平原の真ん中に生のドラゴンの死体と、ドラゴンの丸焼きが文字通り山のように積みあがる。合わせて100体ほどはいるだろうか。
「ふぅ、一応焼いたものも用意してみました」
「お疲れだったな。ちょっと風で煽ってみるか」
ヤマモトが西側へ向けてそよ風を起こす魔法を発動し、しばらく様子を見る。
するとやがて西側の空に黒い点のようなものが発生し、それがどんどんと数を増して大きくなってくる。
「ワイバーンが来たようです!」
雲霞のごとく飛来してくるワイバーンたちの狙いは一目瞭然だ。やがて平原に積まれたドラゴンの山に取りつき、我先にとついばみ始める。一匹が山の中に埋もれたドラゴンを引きずり出すとそこに数匹が群がる。そんなことを繰り返し、平原の大部分は水や泥にもお構いなしにドラゴンをついばみ続けるワイバーンで埋め尽くされてしまった。
「うわあ、凄いですね」
「地獄絵図だな・・」
水晶玉を覗き込んでいたファーリセスが声を上げる。
「あっ、虫が西側に逃げていく!」
「どうやら上手くいったようだな」
「やりましたね!」
ファブレの耳がピコピコと揺れる。
「今日一晩はここで様子を見ようか。すまんがファブレはドラゴン肉が無くなったら補充したり、邪魔な骨などを片付けてほしい」
「分かりました!」
そして翌日、ひたすらドラゴン肉を食べ続けて体型が変わったワイバーンの群れは、虫たちが去った方角とは別の場所に向かってヨタヨタと飛び去って行った。
「おそらくドラゴンを狙いに行ったのだろう。これで虫の脅威は去ったな」
「ファブレさん、大活躍でしたね!」
「小僧の魔法がこんなに役に立つとはなあ」
「ククク、さすが我が師匠だ」
「ファブレくん、君は偉業を成し遂げたんだ。胸を張っていい」
「恰好よかったよ!」
皆の褒め称える声にファブレは顔を真っ赤にして俯く。
「あ、ありがとうございます・・ボクの能力がお役に立って嬉しいです」
ヤマモトが笑顔でファブレの頭を撫でる。
「フフ、君は本当に自慢の従者だな」




