117話 憧れのエルフ耳
ハヤミの従者の一人、エルフのシズリンデはファブレと同じくらいの年齢の少女に見える。
だがエルフは非常に長寿で外見の成長が遅い。
もう何十年も前の、ハヤミと共に魔王を倒した時から見た目は全く変わっていないというのだ。
そしてエルフに年齢を聞くのは絶対的なタブーで、二度と口を聞いてもらえないと言われているため、誰にもシズリンデの本当の年齢は分からない。
シズリンデは今日も馬車でハヤミにくっついて座っている。
ヨーコはプリプリと怒っているが、ハヤミが困り顔ながらも嬉しそうなので強く言えない。
皆の食事を提供し終わって馬車に戻って来たファブレがその様子を思い出して口を開く。
「シズリンデさんとハヤミ様は仲がいいですねぇ」
「異世界人はみんなエルフにメロメロなんだよ」
馬車に遊びに来ていたルリがうんうんと頷く。
「そうなんですか?」
「いや、私はそんなことないぞ」
ヤマモトが答える。
「私やハヤミさんみたいにゲームに詳しいとそうなっちゃうね」
やはりファブレにはルリの言うことがよく分からない。
「エルフには気をつけろ。奴らはそんな甘ちゃんじゃない」
ドワーフのサンスイが口を挟む。
エルフとは反りが合わない、と言ってよく他の馬車に移動しているのだ。
「どういうことですか? サンスイさん」
ファブレの問いにサンスイは無言で空のジョッキを掲げる。ファブレがそこにエールを召喚すると、サンスイがジョッキを一口煽って話を続ける。
普段飲んでばかりで余りしゃべらないサンスイの発言に、皆興味深く聞き入る。
「エルフと人間が結婚したとする。先にくたばるのはどっちだ?」
「当然、人間ですよね」
サンスイはウムと頷く。
「そうすると財産を相続するのは?」
「エルフの方になりますよね」
「そうだ。外見を生かして裕福な人間に近づいて結婚し、死別するまで待つという方法で遺産を相続しまくる悪辣なエルフもおる。しかもエルフの里ではそれで財産を持ち帰るのを推奨してる節もある。奴らは働いて金を稼ぐのが嫌いな割に、高い生活水準を求めているからな」
「それは怖いですね・・」
サンスイの説明に皆震える。
「で、でもハヤミ様は財産もないし、大丈夫ですよね」
「いや、ハヤミには趣味で集めたレア装備やアイテムがたんまりとある。売ればかなりの金になるはずだ」
「さっきから黙って聞いてれば勝手なこと言って! 私はまだ一度も結婚してないんだからね!」
こっちの馬車にシズリンデが入って来た。
「聞こえてたか。さすがエルフの地獄耳・・退散だ」
入れ替わりにサンスイが馬車を出て行った。
「もう、ドワーフの言葉を真に受けちゃダメよ! 奴らはエルフ族のデマを流すのが趣味みたいなもんなんだから」
「ええ?」
もはやファブレは何を信じていいか分からない。話題を変えることにする。
「ところでシズリンデさんは肉や魚は食べないとか・・それで体は持つんですか?」
シズリンデはいつも食事の積極的なリクエストはせず、小動物のように野菜や果物をかじっているのだ。
「肉体と霊体が融合してるから、肉や魚は体が受け付けないの。そんなに食べる必要もないし」
「やっぱりエルフはそうでないとね! 肉食のエルフなんて邪道だよ!」
ルリが何かに感動している。
「でも豆を使ったいい料理があるんなら教えて欲しいかな。私自身は食にはあんまり興味ないけど、里のみんなのために」
「豆料理ですか?」
「うん。エルフは豆が好物なの」
ファブレは思い返す。確かヤマモトの国は豆が好きだという話をした記憶がある。
「ヤマモト様の国は豆を使った料理が多いですよね」
「料理というか加工品だな。醤油も味噌も豆が原料だし、豆乳、きな粉、湯葉、おから・・だが一品料理となるとやはり豆腐を使った物がいいかな。麻婆豆腐なんてどうだろう」
「マーボードウフですか。どんな料理なんです?」
ヤマモトも豆腐が好きなはずだが、今まで聞いたことがない料理だ。ファブレはヤマモトの説明に耳を傾ける。
「ニンニクの芽やショウガ、ネギを油で炒めて香りを出し、そこにひき肉と一口大に賽の目切りにした豆腐を入れ、とろみのある鶏ガラスープが赤くなるほどの辛味・・豆板醤や唐辛子などを入れる。更に仕上げに花椒と言われる痺れる粉を振りかけるため、一口食べただけで口の中が燃え、天井まで飛び上がり、頭が爆発するくらいの辛さになる」
「ええ? そんなもの食べられないでしょう」
「本当は舌が痺れる程度だよ!」
ルリが訂正する。辛味の苦手なヤマモトの感想は誇張のようだ。
「ひき肉の代わりにキノコなどを入れた麻婆豆腐ならエルフでも食べられるだろう。鶏ガラスープも無理なら別の出汁でもいい。辛味は個人のお好みだが、本来のこの料理はとても辛いのだ」
シズリンデが目を輝かす。
「それすっごく良さそう! 鶏ガラスープ程度なら大丈夫!」
「じゃあ試しに召喚してみましょうか」
ファブレは麻婆豆腐を想像する。ひき肉の代わりにシイタケ、ニンニクの芽、ショウガ、ネギを油で炒めたものはカレーとはまた違った香りが立ちそうだ。賽の目切りした豆腐が辛味の強い赤くとろみのあるスープに浸っている。スープに辛味があるのに更に痺れる粉を振りかけてもいいのだろうか・・。
「料理召喚!」
麻婆豆腐が盛られた人数分の皿とスプーン、水差しとコップも出現する。
「ふむ、ほぼ完璧だが・・これは私には無理だな」
ヤマモトは皿を見て匂いを嗅いだだけでギブアップした。他の皆は皿とスプーンを手に取る。
「うん、美味しい! でもちょっと辛すぎかな・・」
「か、辛いです!」
「うへえ、こりゃ強烈だな」
「ぎゃー! 水、水!」
ルリもミリアレフもコップの水をガブ飲みしては水差しからコップに水を注いでいる。
スパークは舌を出して手で扇ぐ。
ファーリセスは直接水差しに舌を浸して舐めている。まるで猫のようだ。
ファブレも一口食べてみたが、たちまち全身から汗が噴き出るほどの猛烈な辛さだ。自然とコップの水に手が伸びる。
シズリンデが皿をしげしげと眺めてスプーンを取ったので、ファブレが注意する。
「シズリンデさん気を付けて下さい、相当辛いですよ!」
シズリンデはスプーンを取り麻婆豆腐を一口食べ、頬を抑えて笑顔になる。
「うわあ、とっても美味しい! これならきっと里でも大人気だわ!」
そして水も飲まずにそのまま二口三口と食べ続け、その度に笑顔が浮かぶ。汗一つかいていない。
「シズリンデさん、辛くないんですか?」
ファブレが恐る恐る聞くが、
「これくらいなら全然平気! もっと辛くてもいいよ! これもらっていいよね!」
シズリンデは平然と自分の皿を全部平らげ、ヤマモトの分の皿に手を伸ばした。
「ああ、エルフのイメージが・・」
何故かルリは悲しそうだ。ファブレには理由は分からない。




