116話 ラプターの遠征日記
〇月×日
何ということだ。勇者の従者に選ばれてしまった。僕がだ。
それ自体は光栄なことではあるが、ヤマモトと共に魔王城まで行かなくてはならない。
狂暴化した魔物たちとの戦闘も当然あるだろうし、魔王数体分の強さを誇る大魔王とも相対する可能性がある。危険なんてレベルではない。
僕が使えるのは生活魔法程度だ。戦闘能力は無いに等しく、体力も自信がない。嫌でも死という単語が脳裏に浮かんでくる。
それに全く知らない他の従者とも長期間一緒に行動しなくてはならない。皆が紳士的というのはありえないだろう。
この先不安しかない。いっそ逃げ出そうか・・。
〇月〇日
研究を盾に従者を断ろうとしたが、大魔王討伐は全てに優先されるため無駄だった。
王城で従者の紹介式典に参加させられる。
僕と同じように王国からの推薦でロアスタッド遠征軍の隊長ギエフ、サイハテの村長ジャヒーラが選ばれていた。
他に先々代の勇者ハヤミと、かつての彼の従者たち。それにオウマとルリ・・彼らのことはファブレ君から聞いて知っているが、まさか実際に会うことになるとは思いもしなかった。なんと先代勇者の従者だというゴーストもいる。
元魔王とゴーストの魔法というのはどんなものだろう? 非常に興味がある。
だが二人とも、とても気軽に話しかけられない雰囲気だ。一緒に旅をすれば会話するチャンスがあるだろうか。
ヤマモトとファーリセスからも体力の心配をされてしまった。おそらく従者の中で僕が一番か弱いだろう。ファブレ君よりも。
式典でのヤマモトの態度は勇者と呼ぶにふさわしく堂々としていて、僕にも何とかなるんじゃないかという根拠のない自信と、気恥ずかしいが自分が彼女の従者だという誇りすら湧いてくる。きっと彼女のユニークの影響だろう。
〇月△日
とうとう大魔王討伐に出発してしまった。僕を乗せた馬車はどんどん王都から遠ざかっていく。馬車はギエフとジャヒーラが一緒だ。ギエフは綿密に遠征計画を立て、討伐に支障がないよう気を配っている。ジャヒーラはいつも陽気で気軽に話せる相手だ。魔物の生態にも詳しく為になる。食事時にはファブレ君が来て希望を聞いたり、彼のオススメ料理を出してくれる。僕の思いついた骨付きあぶり肉は皆に非常に好評だと言ってくれた。
ファーリセスと研究の談義をする。人と会話できるゴブリン、ジムと実際に会う機会があるかも知れない。そう思えば遠征も悪くない。上級魔族も会話ができるようだが、実験に協力はしてくれないだろう。しかし荷物になるため研究資料を持ち込むことはできず、ずっと話を続けるわけにもいかない。馬車の旅は退屈だ。研究室が恋しい。
〇月▽日
ハヤミの従者だった虎獣人のザンデとヤマモトの模擬戦を見る。といっても実際はザンデがファブレ君にちょっかいを出したため、ヤマモトの怒りに触れた仕置きだったようだ。ヤマモトは不思議な武術で絶拳とも呼ばれるザンデを子供扱いし、叩きのめしてしまった。
したたかな彼女のことだ。リーダーとしての実力を見せておく計算もあるのかも知れない。
倒れたザンデのことを本気で心配してるのはファブレ君だけで、ハヤミでさえザンデが半死半生でもどこ吹く風だ。冒険者の間ではこれが当たり前なのだろうか。研究所とは全く異なる世界だ。恐ろしい。
〇月Σ日
ファブレ君の早朝稽古を見ていたら、ハヤミに強引に稽古に参加させられた。剣の素振りなど子供の頃以来だ。体中が痛いが、気分は悪くない。魔法が使えるようになったヤマモトから、魔法の事について色々聞かれる。つい講義のように調子に乗って話をしてしまい、気づいたら周りに何人も集まっていた。ヤマモトが同席しているので勇気を振り絞ってオウマに使える魔法のことを聞いてみる。やはり雰囲気が人間離れしているが、意外と気さくだ。彼が得意な空間魔法や時間魔法は魔物特有の魔法で人間には扱えないと判明した。大きな収穫だ。ゴーストのレイコはアンデッドの召喚魔法を使うというが、それよりもゴーストの生活の方が興味がある。食事は、睡眠は必要なのか。姿を消すとか壁を抜けるのはどういう感触なのか。ちょっと探りを入れたら舌を出して消えてしまった。嫌われてしまっただろうか・・。
〇月§日
ようやくロアスタッドへ到着した。この街に来るのは初めてだ。穀倉地域の要所だけあって、市場や通りは活気に満ちている。だが衛兵たちは緊張の面持ちで、街の西側には再び防衛陣が築かれつつある。
この街で従者を追加するため何日か逗留するという。ベッドで寝るのがこんなにありがたい事だとは思わなかった。
スパークが親睦会と称して夜の歓楽街を案内してくれた。ジャヒーラ、ギエフ、ハヤミ、ザンデも一緒だ。
サンスイも酒場までは一緒だったが、そこで腰を据えて延々と飲み続けるので置いていってしまった。ドワーフは酒を水のように飲むというのはどうやら本当らしい。
正直言って女性陣と一緒に馬車の旅というのは色々とツラいこともある・・。
それに本音の付き合いというのも重要だ。連帯感が高まり絆が深まる。
と言いたいところだがスパークとハヤミとザンデは帰ったら女性陣から色々問い詰められていた。
僕もファーリセスの目線が冷たいような気がするが、やましいことは何もない。これは必要なことなのだ。
〇月¶日
領主の館で従者選考会というものを行った。ようは登用試験だ。
僕の提案でまずレベルを見るだけの一次試験、次いで各部門で能力を見る二次試験を行うことにした。
さすがに勇者の従者の募集だけあって、要求される技量は非常に高レベルだ。スパークのコイントスなど見破れる者はいないだろうと思ったら、あっさりと言い当てている者もいて驚いた。
結局ヤマモトの提案で個々の技量が合格に達していなくても、パーティ単位である程度の実力があれば従者として受け入れることになった。
確かに一人ずつバラバラに加入されるよりも、何人かまとめてのパーティ単位での行動の方が運営はやりやすい。
かくして大魔王討伐はいくつかのパーティを組み合わせた同盟という形になった。
ヤマモトと元の従者たちがメインパーティ、
僕、ギエフ、ジャヒーラ、オウマ、ルリ、レイコがヤマモトのパーティの補助。
それにハヤミとその従者たちと、今回追加された冒険者パーティが3組。
これで今は6パーティだ。しかもまだ増えるかも知れないという。大所帯だ。
一体これからどうなるのだろう。




