110話 勇者vs女神
「ファブレじゃないか! じゃあここはあの異世界か」
「ヤマモト様! また会えるなんてボク・・ううっ。うわーん!」
ヤマモトは泣きじゃくるファブレを優しく撫でる。
「私もまた会えて嬉しいよ。顔を見せてくれ・・ちょっと男の子らしくなったか? だが泣き虫は変わらないな。フフッ」
ヤマモトがハンカチを取り出して涙でグシャグシャのファブレの顔を拭う。
「すびばせん、ヤマモト様・・」
改めてヤマモトが周囲を見渡す。
「女神・・私はまた召喚されたのか? なぜだ?」
女神がヤマモトに近づき、凛とした声で告げる。
「勇者ヤマモト。突然召喚して申し訳ありません。再び危機が迫っています。この世界を救えるのは貴方だけなのです」
ヤマモトはファブレが落ち着くのを待って立ち上がる。
「女神、ちょっと別室で話そうか。ファブレ、また後でな」
「い、痛いです! 耳を引っ張らないでください!」
女神はヤマモトに引きずられるようにドアの向こうへ消えた。
ヤマモトと女神が部屋から去るとファブレは急激に恥ずかしさが込み上げてくる。
皆の前、しかも国王もいるのに感情を爆発させてしまった。
「すみません、お見苦しいところを・・」
顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声で呟くと、ミハエルが微笑む。
「いや構わない。正直、羨ましいくらいだ。ボクにも君にとってのヤマモトさんみたいな存在がいればと思うよ」
国王も目を閉じて頷いている。少し涙ぐんでいるようにも見える。
「ミハエル様、私が・・」
ミリアレフが呟くが、そのアピールはミハエルには聞こえていないようだった。
「しかしヤマモトはまた戦ってくれるのか? 普通ならすぐ元の世界に帰せと言うとこだろう」
スパークの問いに、ヤマモトをよく知るファブレが答える。
「ヤマモト様なら大丈夫です」
そしてヤマモトは女神に色々な要求を突きつけ、女神をそれを飲まざるを得ない事も予想がついた。
やがてヤマモトと女神が部屋に戻ってくる。ヤマモトは笑顔で、女神はさめざめと泣いていた。
女神の首には少し赤い部分が見える。ファブレはヤマモトが女神の首を絞めたとは思いたくなかった・・。
女神は袖で涙を拭い、何度か深呼吸するといつもの凛とした態度に戻る。
ヤマモトがその足元に渋々といった感じで跪く。いつの間にか以前の軽戦士の装備になっている。
「勇者ヤマモト、急な呼びかけに応えてもらい感謝します。魔王を倒しひとときの平穏が訪れましたが、大魔王による脅威がこの世界を覆わんとしています。今回の貴方の使命は大魔王を倒すことです。使命を果たせばしばらくの猶予の後、元の世界へ戻すことを約束します」
「ああ、了解した」
女神が言葉を続ける。
「以前の勇者の権能・・あなた方の言うところのユニークは消えてしまいました。また大魔王は強大な敵なので、5つの権能を授けます。カリスマクイーン、ピッキーイーター、ニューゲームプラス、ミステリーマジック、インバリッドバッドステータスです。大魔王の配下の魔物も強力ですので従者は少なくとも20人。30人いても多すぎるということはありません。大魔王が繭に入っている間は聖剣も効果がありません。入念に準備をして挑むのがよいでしょう」
「ああ、分かった」
女神は満足そうに頷く。
「では勇者たちに幸あらんことを・・」
女神の姿が徐々に消え、あとには女神像だけが残された。
「そういう訳だ。皆、また頼むぞ」
ヤマモトが立ち上がる。
「もちろんです!」
「勇者様! 私もお供いたします」
ファブレとミリアレフがヤマモトに駆け寄って手を取る。
「もうすぐパン屋をオープンする予定だったんだがなぁ・・」
スパークがうなじを揉みながらボヤく。
「フフッ。大魔王を倒した後になりそうだな。それにスパークにパン屋は似合わんだろう」
「だよね!」
ヤマモトの呟きにファーリセスが同意する。
国王が立ち上がりヤマモトたちに一礼する。
「勇者とその従者たちよ、この世界のために再び戦ってくれることを民の代表として感謝する。ミハエル、儂は先に王宮に戻るから、話がまとまったら詳細を報告してくれるか」
「分かりました」
国王が部屋を退出したのを見届け、ハウザーがヤマモトに声を掛ける。
「ずいぶんユニークをもらったな。ありゃ何だ?」
「ああ。カリスマクイーンとピッキーイーターは以前と同じ。あとは最初から全戦闘スキル99、全魔法使用可能、全状態異常無効だ」
「凄いです!」
「ええ? とんでもねえな」
ハウザーが呆れる。
「それくらいしてもらわんと困る。こっちはだいぶ戦いから離れてるんだ」
「使命を果たした後の、しばらくの猶予というのは?」
ミハエルの問いにヤマモトが答える。
「ああ。向こうの世界に戻ったときは時間が進んでいないんだ。だったらこっちの世界に目いっぱいいようと思ってな。大魔王を倒しても出来る限り、おそらく何年かはこっちの世界に残れるようにしてもらった」
「では、今度は大魔王を倒してもしばらくこちらにいられるんですね!」
「ああ。前は突然の別れで君に悲しい思いをさせてしまったからな」
「またヤマモト様と一緒にいられるんなんて、夢のようです」
ヤマモトが笑顔でファブレの頭をポンポンと叩く。
「フフ、またよろしくなファブレ。家はそのままかな?」
「はい。前のままです」
「それは助かる。今日はひとまず家でゆっくりさせてくれ。まだ気持ちの切り替えができていない。明日冒険者ギルドで打ち合わせしよう。しかしここは? 神殿か?」
「そうです。今日はミリアレフさんの神官長の就任式だったんです」
「ほう、そうだったか。ミリアレフ、就任おめでとう」
「ありがとうございます。今日の私があるのも勇者様のおかげです」
ミリアレフが頭を下げる。
「ミリアレフも家に来るか?」
「行きたいのはやまやまですが、まだ手続きが色々ありますので・・」
「そうか。じゃあ懐かしの我が家へ帰るとしようか」
「はい!」
ファブレは弾むような足取りでヤマモトを追う。
家までの道中、話すことはいくらでもあった。ハヤミのこと、魔王とルリのこと、剣術を練習していること、山のように勧誘があったこと、ずっと家を守ってくれている衛兵がいること。ふいにファブレがヤマモトをじっと見上げる。
「ヤマモト様・・」
「ん、なんだ?」
「ヤマモト様の夢は、叶ったんでしょうか?」
ヤマモトが宙を見上げる。
「まだ半ばというところだな。召喚された時にちょうど大事なショーの最中だったんだ。その結果で運命が分かれるかも知れない」
「ええっ、そんな大事なところで・・何だか申し訳ありません」
「ファブレが謝ることないさ。全部あのポンコツ女神が悪いんだ」
家の前に着くといつもの衛兵が挨拶してくる。
「従者様お帰りなさいませ。っと、その方は・・? まさか、勇者様!?」
「勇者ヤマモト様です!」
ファブレが誇らしげに紹介する。
「ヤマモトだ。君のことはファブレから聞いている。ずっと家を守ってくれてありがとう。これからもよろしくな」
衛兵はゴシゴシとズボンで手をぬぐって、震える手でヤマモトと握手する。
「リリリ、リチャードと申します。勇者様に会えるなんて夢のようです!」
リチャードは楽し気にヤマモトと共に家に入って行くファブレを見送る。
「あんな美人と一緒なんて・・羨ましいなぁ」




