102話 修行
王都の皆充てにしばらく留守にする旨の手紙を書き、乗って来た馬車に託す。ファブレはハヤミの家で寝泊まりして剣の修行をすることになった。
準備運動だという素振りでさえ、まだ体の小さいファブレはすぐに息があがり、腕が重くなってくる。
姿勢が崩れたり、動きを止めるとハヤミから厳しい指導が飛んでくる。
ヨーコがフォローする。
「今は木剣だが、実戦では真剣だ。基本がおろそかだと自分や仲間がケガをしてしまうからな」
ファブレは気合を入れなおす。
訓練が終わるとヨーコが回復魔法をかけてくれた。ファブレはハヤミに疑問をぶつけてみる。
「訓練中は回復魔法は使わない方がいい、という話も聞いたことがありますが」
「体の痛みに耐えながらの訓練の方が実戦向きという事は否定しない。だが君はまず万全な状態で基本を覚えたほうがいいだろう。変な癖がついても困るしな」
「分かりました。しかしヨーコさんは回復魔法を使えるんですね。ハヤミ様のパーティには神官もいたと聞いています」
ハヤミがヨーコをチラリと見る。ヨーコが頷く。
「ヨーコは人間の知力とオーガの体力を完璧に合わせ持って生まれ、魔王の元で教育を受けたのだ。魔術師の攻撃魔法と神官の回復魔法を使え戦士としても一流。パーティのどの役割も果たすことができる」
「ええ? 凄いんですね」
「だがどれも一流どまりで、本職を極めた者には届かない。今は剣士としてはハヤミ様の方が上だろう」
「何でもありで戦ったら僕はヨーコには到底かなわないさ」
ヨーコは否定しない。真実なのだろう。ハヤミがファブレに向き直る。
「君には秘めた能力があるんじゃないか? 芯に力を感じる。言いたくなければ構わないが」
「さすがハヤミ様ですね」
ファブレは自分がポーションも召喚できること、更に無限召喚の指輪を使えば料理やポーションはいくらでも召喚することが出来ることを話す。
「何? 無限召喚の指輪だって?」
「魔王様から頂いたんです。これです」
ファブレは金と銀の蛇が絡まった指輪をハヤミに渡す。
ハヤミは少年のような輝く瞳で指輪を眺めている。
「凄い、レア中のレアだ。聖剣と交換しないか?」
「ええ? ですがボクは聖剣を使えませんし、ハヤミ様は召喚術を使えないですよね?」
ヨーコがいきなりハヤミの頭をチョップする。
「すまん。ハヤミ様はレアアイテムの事になるとバカになってしまうんだ」
と頭を押さえて悶絶しているハヤミから指輪を奪い、ファブレに渡す。
突然のことにファブレが目を丸くする。
「ヨーコさんがハヤミ様に手を上げるなんて・・大丈夫ですか?」
「いいんだ。ハヤミ様も自覚していておかしくなったら思い切りやっていいと言われている」
涙目で起き上がったハヤミは何度か咳払いすると、いつもの状態に戻っていた。
「・・すまない。余りにいいものを見て久しぶりに病気が出てしまったな」
「さすがにこれはハヤミ様にもお渡しできません」
ファブレはきっぱりと断る。
「ああ、分かっているよ。しかしこれを使えば君にも強力な攻撃方法があるぞ」
「なんですか?」
「大量の料理を空中に召喚して敵を押し潰せばいい。有毒ポーションも混ぜるといいかもな」
「駄目ですよそんな使い方。料理の神様に怒られそうです」
温和な常識人に見えたハヤミも、やはりヤマモトと同じ変な国の住人だとファブレは思った。
毎日ハヤミの厳しい指導を受け、ハヤミの希望の料理を作り、ヨーコに作り方を教える。時には皆で近くのダンジョンに行く。
雑魚と言われるゴブリン相手でも、ただ見ているのと実際に相対してみるのでは大違いだ。相手はこちらを殺そうとしてくるのだ。相手に飲まれてはいけない。ファブレは何度か実戦を経験し、訓練で反省点を改良していく。
ファブレがそんな生活を始めてから3か月が経過した。
縁側に座り、黙ってファブレの素振りを見ていたハヤミが口を開く。
「君も駆け出し冒険者、といったところだな。少なくとも一般人には引けを取らないだろう」
「ほんとですか、嬉しいです」
ハヤミが茶を一口飲み、湯呑を置く。
「頃合いだな。そろそろ一度王都に戻った方がいいかも知れない。君の力が必要な知り合いもいるだろう。長く引き留めてしまって申し訳なかったね」
「とんでもないです。こちらこそ居心地がいいので図々しく長く居座ってしまいました」
ファブレがハヤミに頭を下げる。
「僕もヨーコも迷惑なことは全くないよ。久しぶりに指導ができて楽しかった」
「またいつでも来てくれ。君なら大歓迎だ」
ファブレはハヤミとヨーコと握手し、ヨーコが手配してくれた馬車に乗って一人王都へ戻る。
家の前には以前と同じ衛兵が立っていた。律儀にずっと家を守っていてくれたようだ。
ファブレの顔を見て驚きの声を上げる。
「従者様、お帰りなさいませ!」
「長らく留守にしてすみませんでした。ずっと家を守ってくれてありがとうございます」
ファブレが頭を下げ、衛兵が恐縮する。
「いえ、これが仕事ですから」
「ボクが留守の間に何かありましたか?」
「最近は諦めたのかコックのお召し抱えの話もめっきり減りまして。そうだ、三日前に料理人ギルドから連絡がありました。お知り合いの方が到着したそうですよ」
おそらくファーリセスが王都に来たのだろう。いいタイミングだった。
「分かりました。ありがとうございます。これはボクからのお礼です」
とファブレは衛兵に金貨を数枚押し付ける。
「いえ、先ほども言ったように仕事ですから・・」
「この家はヤマモト様の思い出が詰まった大事な所なんです。それを守ってくれる人がいることは、ボクにとって本当にありがたいことです。ぜひ受け取って下さい」
「・・分かりました。私も自分の仕事に誇りが持てます」
衛兵が金貨を受け取り、ファブレは久しぶりの我が家に入る。
しかし3か月放置しただけあって埃は相当だった。ファブレは溜息をついて掃除道具を持ち出した。




