第六十四話 伝説の再生者
時系列はマザーパンク旅立ちの前夜です!
この世には七体の再生者と呼ばれる存在が居る。
再生者はロンド暦が始まると共に生まれたとされている(確証はない)。
再生者の特徴は大きく二つ、
一つ、絶対に死なない。どんな傷もすぐさま治す自己再生能力がある。
二つ、人間という種に対し怒りを抱いている。再生者は動機や方向性は違えど、必ず人類を滅ぼすために動く。
再生者に滅ぼされた国の数は知れず、白暦の時代にあった五つの大陸の内、一つは再生者の力によって沈められた。
ロンド暦0~500年の間は再生者の時代と言っても過言ではない。まだ魔力の扱いが拙かった人類は徐々に徐々にその数を減らしていった。
だがロンド暦500年に誕生した原初の封印術師によって、再生者の時代は幕を閉じた。
封印術師だけでなく、ロンド暦500年を境に再生者を単独で撃退できる術師が次々と現れた。再生者、および魔に属する者達は彼らをこう呼んだ。
――“天に仇為す者達”、天敵と。
ここ半世紀で、“天に仇名す者達”と括られた者は7人。その内の2人、バルハ=ゼッタとサーウルス=ロッソは死亡し、現在残っているのは5人。
その残った5人の内の1人、アドルフォス=イーターはとある湿地を訪れていた。
「ようやく見つけたぞ。再生者」
満月が空を彩る夜。
湖を挟んでアドルフォスは彼女を睨みつける。
再生者と呼ばれた女性は一見、老若男女問わずに虜にするほどの美女だ。服は一切着ておらず、その美貌を惜しみなく晒している。
「こんなところで魔力を蓄えていたとはな……」
彼女はゆっくりとアドルフォスの方を振り返り、涙にぬれた瞳で訴えかける。
「そんな……そんな怖い目で見ないでくださいっ!
私は貴方が思うような存在ではありません」
アドルフォスは白々しい演技を見せつけられ、心底呆れたようにため息をついた。
「泥帝“アンリ=ロウ=エルフレア”。
万物の根源とされる “泥”を操り、大陸の一つを泥沼にして沈めた伝説を持つ」
「……。」
彼女――泥帝はアドルフォスの迷いのない眼光を浴び、「ふふ」と笑みをこぼす。
「そこまで知っていてよく私の前に来れたわね。
そうよ、私は伝説の再生者。アナタ如きが勝てる相手じゃないのよ? 竜翼の坊や」
「二十年前にバル翁に封じられ、他人の手を借りてようやく復活できただけの癖に、よく吠えるな」
「あぁ?」
「伝説はもう終わってる。そしてこれから始まることも無い」
「アナタこそよく吠えるわね……」
女性の肌が溶け、全身が茶色に染まっていく。
アドルフォスは鼻につくドブの匂いに顔をしかめる。
「アナタ封印術師……なわけないわよねぇ」
泥帝はアドルフォスの背に生えた竜の翼に視線を集中させる。
「形成の魔力で体をモンスターに化けさせる変化術師ってとこかしら?」
「どうかな」
「封印術師じゃないなら、私の脅威にはなりえないわ……!」
顎を上げて、アドルフォスを見下す泥帝。
アドルフォスは表情一つ変えず、静かに靴底を地面に擦りつける。
「……卵を割ったら黄身が二個出て来た」
「はぁ?」
「釣りをしたらいつもは見かけないレアな魚が釣れた。ずっと探していた本が小さな村のアンティークショップで見つかった」
「だからなによ?」
「そして、お前が今こうして目の前に居る。
今日の俺はすこぶる運がいい……俺の最大の弱点である不幸が、今日はない」
アドルフォスは右足を一歩前に進める。
泥帝はそこでようやく、アドルフォスの内に秘めた魔力量に気づいた。
「――ッ!!!?」
泥帝はすぐに余裕を崩し、頭の中で戦術を組み立て始める。考え無しでは勝てない相手だと察したのだ。
(こ、この魔力量……!
嘘でしょ。再生者よりも――)
「覚悟しろ。幸運な俺は絶対に負けん」
ずし……と男性一人分の重みが地面に乗った音。その音を聞いて、泥帝は全身から汗を滲みだし、大きく距離を取った。
「肩慣らしの相手には、ちょうどいいわねっ!!」
泥帝の体がはじけ飛ぶ。
泥帝の体から溢れた泥が、刃になってアドルフォスの眼前に迫った。
「“旋風”」
アドルフォスは呪文を唱えて旋風を纏い、泥を払う。
「なぁんだ、その程度? 期待はずれね!」
アドルフォスの周囲の木々が泥に溶け、渦巻くようにアドルフォスを包んだ。――が、すぐに風によって泥は払われた。アドルフォスはポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうな瞳で泥帝を見上げる。
「――なんだ。その程度か? 期待はずれだな」
「――ッ!?
このガキ……!」
泥帝はすぐ側の湖に飛び込む。
すると湖の水は茶色に変色し、その水場一帯が泥へと変わった。泥は高波となってアドルフォスに向かって降りかかる。
アドルフォスは竜の翼を羽ばたかせ、空に飛んでこれを回避。
続く泥の弾丸を飛行しながら躱していく。
(触れた物を泥にする力。加えて泥を自在に操ることができる。
触ったら一発でアウト、接近戦は禁物……)
風景が次々と泥色に変わっている。
大地も、湖も、大気でさえ、泥に変える泥帝の制圧力。
このまま行けばこの湿地全体が泥になるだろうとアドルフォスは予測する。
「眉唾な伝説じゃなさそうだ。
コイツは放っておくとまずい……!」
「ドロドロにしてあげるわ!
竜翼の坊や!!」
泥帝は泥で無数の巨大な手を作り、アドルフォスに向かって伸ばす。
アドルフォスは一度地面に降り、まだ泥になっていない地に右手を着けた。
アドルフォスは形成の魔力で地面から剛鉄の塔を百に及ぶ数出現させていく。
塔が泥の手の行方を阻んでいく。
泥の飛沫で視界を狭められたアドルフォスは目ではなく鼻に頼った。
「後ろかっ!」
アドルフォスは背中の方から泥の匂いを嗅ぎ取り、回避の姿勢を作るが――
「やっぱりねぇ!!」
アドルフォスは振り向き、声の先から離れるも伸びた泥の剣に左腕を斬り落とされた。
「ちっ!」
「中距離から遠距離が得意なタイプ。
そして、近距離戦は苦手なタイプでしょ! アナタ!」
泥の剣を持って、泥帝は確信を持った声で言う。
「そうだな。近接は確かに……結構負ける。
苦手な分野かもしれないな」
アドルフォスはあっさりと認め、左肩から剛鉄の腕を生やした。
「血が流れていない……元から義手ね」
泥帝は地面を泥に変えていく。
「だからなに、って話だけど!」
アドルフォスは危険を察知し、空に飛び上がる。泥帝は泥で天を覆い、アドルフォスが空高く飛び上がるのを封じた。
アドルフォスは仕方なく低空飛行で湿地を駆けまわる。
「きゃっははぁ!!
ちなみに私は接近戦だーいすき!」
泥の翼を生やし、泥帝も空を駆ける。低空飛行するアドルフォスに近づいていく。
地面から生えた泥の棘が下からアドルフォスを狙い、天を覆った泥からも同じように泥の棘が発生し、頭上からアドルフォスに迫った。
泥帝は泥の剣でアドルフォスを正面から狙う。
「そらそらっ! どうしたのかしらぁ!
距離は取らせないわよ!!」
「――ッ!」
上、下、正面。三方向からの同時攻撃。
アドルフォスは変幻自在に間合いを変える泥の刃を避けながら上下に瞳を動かす。
「この量の泥は旋風でも捌けないでしょう!?」
先方の地面が泥に変わり、せり上がって行方を閉じていく。
アドルフォスは逃げ場を失い、追い詰められた。
「――やはり人間、取るに足らずっ!!」
――絶体絶命。
上下前後、全てを埋められた状況で、
アドルフォスはただ、調子に乗っている泥帝の姿を苛つきを帯びた瞳で見下ろしていた。
「侮るなよ再生者……!
お前の得意が、俺の苦手より上とは限らないぞ」
アドルフォスは全身から青き魔力を放出する。
泥帝、泥の天井、大地、アドルフォス周辺一帯を全て青魔が包み込んだ。
青魔は回転し、激流を生み出す――
「なに!?」
「――流纏ッ!!」
嵐のように渦巻いた青き魔力が、アドルフォス周辺一帯の泥を全て弾き飛ばす。
迫っていた泥の棘、上空を塞いでいた泥の天井、泥の剣、その全てが青魔によって流され瓦解した。
「そんなっ!?」
泥帝は文字通り丸裸になり、泥の翼も失い無防備な状態で空を漂う。
泥の天井が無くなり、月明かりを浴びたアドルフォスは錆びた剣を持って泥帝に向かって飛行する。
「まっ――!!」
「“泥滅”」
アドルフォスは錆びた剣を赤き細剣に変化させ、泥帝の腹に突き刺し、そのまま地面へ叩きつける。
泥帝の腹から流れる赤い血。
泥帝は己の腹から流れるそれを見て、顔に動揺の色を出した。
「どう、して……? 攻撃を、受け流せないっ!?」
「その剣の名は“万物を殺す剣”。
魔物の実体を捉え、魔力行使を封殺する剣だ。それでも、再生だけは防げないがな……」
アドルフォスは右足を上げ、地面に叩きつける。
地面から生える剛鉄の窯。アドルフォスは剣を突き刺したまま泥帝の腕を掴み、窯の中に泥帝を投げ込んだ。
「ぐっ!?」
剛鉄の窯の底に頭を打ち付ける泥帝。
「無駄よ! こんなところに閉じ込めたところで、私は……」
泥帝が空を見上げると同時に、炎の塊が窯に投げ込まれた。
「いや――ふざけんなゴラァ!!」
炎を浴び、燃え盛る泥帝の体。
アドルフォスは剛鉄の窯が炎で溶けないよう、旋風の加護を窯に付与する。
「ぐ――あああああああああああああああっっ!!?」
最後にアドルフォスは空気穴を空けた剛鉄の蓋を窯に被せ、剛鉄の鎖で窯をさらに封じる。
窯を中心に剛鉄の祭壇を作り、風の結界を祭壇に纏わせた。
「……一生死んでろ」
アドルフォスは窯に背を向け、歩き出す。
(この付近は街も村も無い無人地帯。
ここなら、万が一コイツが脱出して暴れても問題ない……コイツの魔力をギリギリまで減らした後で、監視しやすい場所に移そう)
アドルフォスはふと足を止め、月を見上げた。
――『封印術師じゃないなら、私の脅威にはなりえないわ』
泥帝の言葉を思い出し、アドルフォスは『その通りだな』と目を伏せた。
(癪だが、あの泥女の言う通りだ。俺じゃ完璧な封印はできない。
封印窯も維持すればするだけ魔力を喰う……これをあと6体分作り、全て維持するのは無理だ)
第一、アドルフォス自身が命を落とせばこの簡易的な封印は解けてしまう。永遠に対象を封じ込めるのは不可能。
アドルフォスは視線を落とし、いつかの恩人のことを思い出す。
「封印術師なしで、どうやって再生者に対抗すればいい?
教えてくれよ。バル翁……」
そう呟き、アドルフォスは飛び去った。
---
アドルフォスが飛び去った後で、ある一人の男が湿地に姿を現す。
「おいおい、女にひでぇことしやがるぜ、あの男」
腰に拳銃と呼ばれる武器を据える男。白髪の老人だ。
バルハ=ゼッタの弟であり、シーダスト島でシール=ゼッタと対峙した魔人、“銃帝”である。
「しかしアレがアドルフォスか。噂には聞いていたが、相手にしたくねぇな……」
銃帝はニタリ顔で泥帝が封じられた窯に近づき、風の結界の外から銃口を窯に向ける。
「ヒヒッ!
精々アイツの成長のきっかけになってくれや。再生者殿……」
火薬の弾ける音が夜の湿地に響いた。
バルハ&サーウルス→屍帝封印
バルハ単独→泥帝封印
バルハ&アドルフォス→残り二体封印






