第六十話 女神の呪い
「これも……関係なさそうだな」
花見を終え、パール宅へ帰って来たオレはディアの部屋にある本棚から本を出して、表紙を見ては戻すのを繰り返していた。
探しているのは呪い関連の本だ。
『まだアンタが寝泊まりしている部屋の本は探してないから、
夜暇なら呪いに関する本があるか調べておいてよ』
なーんて、花見の帰り道でシュラ姐さんに頼まれてしまったからな。
「〈錬魔石解剖書〉、
〈アルカナ伝説〉、
〈世界不思議錬色器88〉……」
やはりと言うか、錬金術に関連した本しかないな。
うーむ、全部気になる。できることならこの部屋にある本すべて読んでしまいたいが、そんなことしていたら三日三晩過ぎちゃうからなぁ。
ここに在る本そこら中に並べて、その中心で本を読み漁りたい。いや、ここは我慢だ。
「呪い……呪い……呪い……」
こりゃ、無さそうだな。と諦めかけたところで、
「お!」
あった。
赤い、薄めの本。
タイトルは〈七つの神呪と一人の旅人〉。
ぱっと見、呪いを解くヒントが載ってそうには見えないが、きっとこれ以外に一言でも呪いに関して載ってそうな本もあるまい。
オレは本を持って、ベッドに転がる。
仰向けになりながら本の表紙を捲った。
「えーと、なになに……」
一番初めにその本に書いてあったのは目次でも注意書きでも著者の挨拶でもなく、歴史だった。
歴史は白暦から始まっていた。白暦とはまだ年という概念が無かった時代のことだ。
簡単に言うならば『むかーしむかし』というやつだ。
白暦。まだこの世に魔物が存在していなかった時代。
人間は人間同士で醜い争いを繰り広げていた。
女神〈ロンド〉は人と人の争いを止めるため、一つだった大陸をその時争っていた五大勢力の数に合わせ、五つに分離させた。
「ありがちな話だな」
これは空想の話か。それとも実際に起きた話か。
女神……なんて存在を信じるのはバカらしいけど、この世界はオレが思っている以上に摩訶不思議だからな。
「さて、続き続き……」
大陸を分離させればそれぞれがそれぞれの大陸で静かに暮らすだろうと、同じ場所に住むから争うのだろうと、ロンドは思っていた。
しかし、人間の争いは大陸を隔てても終わらなかった。
海を越え、争う人々。人は戦争の中で技術を革新的に飛躍させ、大量殺戮兵器を次々と開発。その兵器はどれも人を殺すと共に世界中を汚染させる、危険な物だった。
女神ロンドは遂に人間に警告する。
これ以上争いを続けるのなら、人という種を滅ぼすと。
人は女神の言葉を聞き入れ、暫くの間武器を捨てた。だが警告を受けた世代が死に絶えると、再び戦争を始めた。
女神ロンドは遂にブチ切れた。
使徒と呼ばれる存在を手駒に、女神は人間に戦争を吹っ掛ける。
人類はこれに対抗。人と神の戦争が始まった。これを〈終楽戦争〉と呼ぶ。
この戦争の結果は神の圧勝だった。赤子対大人、蟻対象、そのレベルの差だったそうだ。
人類はすぐさま降伏する。だが怒りに身を染めた女神は侵略を止めなかった。
人口を百分の一まで減らした時、人類は最後の切り札を投入する。それはたった一人の旅人、五つの大陸の支配者たる五人の王が全員認める一人の男だった。
旅人は使徒の攻撃を掻い潜り、単身で神の世に足を踏み入れ、遂に女神ロンドの元に辿り着く。
旅人は言う。我々は愚かだったと、どんな罰をも受けると、だから人を滅ぼすのは待ってくれと。
女神ロンドは旅人の誠意、清らかな心を前に、わかったと頷いた。その代わり、三つの条件を旅人にのませた。
・一つ、いま人類が所持している技術を一度放棄すること。特に有害物質を使った道具は全面破棄。後世にその存在を残さないようにすること。発展した文明を一度リセットすること。
・二つ、旅人が責任をもって人類を管理すること。女神は永遠の命を旅人に与え、人類が暴走した時は旅人がなんとかするように申し付けた。
・三つ、女神の怒りを呪いという形で受けること。
旅人は一つ目、二つ目の条件は簡単に受け止めた。しかし、三つ目に関してはどういうことかと尋ねた。
女神は言う、自分の怒りはどうやっても収まらないと、人類を滅ぼさんとする自分の怒りはもはや消えることはなく、隔離するしかないと。女神は言う、この怒りを七つに分け、呪いとして世界にばら撒くと。それこそが、ここまで世界を汚染した人間への罰だと。
「呪い……」
呪いは祝福とセットだ。
女神の呪いがあるのなら、きっと――と思い、ページをめくるとオレの問いの答えが載っていた。
女神は言う、呪いを受けることは悪い事ばかりではないと。
呪いには対応する祝福がある。そう言って、女神は七つの光を旅人に送った。
赤、青、緑、黒、白、黄、虹色……色とりどりの七種の光、祝福を。
女神は言う、これからはこの祝福の力を使って豊かに暮らせと。
旅人は人界へ帰った後、この七種の祝福にこう名を付けた。
「――〈魔力〉と」
えっと? つまりオレの体に流れている四色の魔力は祝福の力だったってことか?
「この本、信憑性あんのかね……」
そこで白暦は終わり、
新たに女神の名を冠したロンド暦が始まる。
今はロンド暦1598年、つまりこの本に書かれているのは約1598年前のことか。
そこから先は旅人が魔力を使った錬金術で世界を発展させる話が延々と載っていた。ディアが興味があったのはこの辺の話だろうな。どうやらこの旅人が錬金術師の始祖……という設定らしい。
「しっかし」
肝心なことがその本には書いていなかった。
女神が放った七つの呪い……その正体については一切触れていなかった。
旅人とやらがなんとかしたのか?
「スッキリしない終わり方だ」
それにこの本、大陸を五つに分けた~とか書いてあったけど、この世界の主な大陸は四つしかない。やっぱり胡散臭いな。
オレは本を閉じ、捜索を再開させる。
結局、シュラが欲しがりそうな本は無かった。
「……寝るか」
オレは明日の出発の支度をすませ、ベッドに横になって眠った。






