第四十一話 シール&シュラ vs 竜の門
通行人に聞くところによると、騎士団の支部所は最下層の東にあるそうだ。
オレとシュラは最下層を東に向かって周る。するとすぐに竜の勲章が描かれた石の門を発見した。左右に木の柵が広がっている。
2階建て……3階建てか。
柵の隙間から見える支部所は当然のように木造りで、敷地内に花壇を置いていて騎士団特有の圧力が薄い。
この支部所を作った人間の計らいなのだろう。足を運びやすい雰囲気だ。
しかしそんな計らいも威圧的な門とその門番のせいで台無しである。
門番は二人。片方は背に槍を携えるハチマキを付けた男。もう片方はオールバックの目つきのわるい男、細長いハンマーを背負っている。
オレは門番の騎士二人にパールに会いに来たと伝える。すると二人の騎士は目を細め、オレを見下ろした。
「ふざけるな! パール大隊長に約束も無しに会いに来るなど言語道断!」
「パール大隊長がお前らのような薄汚いガキの知り合いなわけないだろ。
さ! 帰った帰った」
コイツら、封印してやろうか。
「ぶっ飛ばす? ねぇ、ぶっ飛ばすの?」
シュラが指をコキコキと鳴らしながらオレのGOの合図を待っていた。
オレは殺気立つシュラを見て逆に冷静になった。
「ぶっ飛ばさないよ。一旦退くぞ。
また時間をおいて――」
「むぅ?
なにを揉めておるのだ?」
門の先、渋い声が響いて来た。
厚めの重装備、竜のマント。
騎士らしく、髪形を整えたオッサン。
間違いない、オレがディストールの牢屋で出会った四人の来訪者の内の一人、パールその人だ。
「それがですね大隊長」
「この少年がアナタの知り合いだと……」
パールはオレを視界に入れると、堅い騎士らしい表情を崩した。
「君は……!?」
パールの驚いたような表情。
よかった、どうやらあっちもオレのことを覚えてくれていたようだ。と、思ったのだが、
「ふむ」
パールは一息つき、なにやら顔を下げて考え込む。
「うむ!」
パールは顔を上げると、にぃっと口角を曲げた。
「ムール、マガイ」
『はい!』
門番二人が踵を合わせる。
ムールとマガイ、それがこの二人の名前のようだ。
パールはオレとシュラのちょうど中間を指さし、声高に叫ぶ。
「そこに居る二人はいまマザーパンクを騒がせる食い逃げ兄妹!
即刻捕まえるのだっ!!」
「え」
「はぁ?」
門番二人の顔つきが変わる。
ハチマキ男は槍を手にとり、オールバック男はハンマーを両手で握った。
「オイオイおっさん。
こりゃなんの冗談だ?」
「食い逃げはよくないぞぉ!
少年」
あの眼……なんとなく、奴の狙いは読めた。
野郎、オレの実力をこの二人を使って試す気だな。
「上等だこの野郎……!」
オレはバッグを地面に置き、“獅”と書き込まれた札を右手の指に挟む。
視線を左下に落とすと、シュラが目元に血筋を走らせパールを睨んでいた。
「お兄ちゃん、なにか策はあるかしら?」
「オレが槍使いをぶっ飛ばす。お前はハンマー使いをぶっ飛ばす。
これ以上の作戦がいるか? 妹よ」
「いらないわ。あの髭ジジイ……絶対ぶん殴るっ!!」
先に飛び出したのは槍使い。
槍使いのハチマキ男は突きを繰り出してオレに飛び掛かる。
オレは軽い足取りでバックステップを踏みながら槍を躱した。
「今の動き、ただの食い逃げ犯じゃなさそうだなぁ!」
槍を構え、ジッとオレを見つめる槍使い。
「獅鉄槍、解封」
オレは札から槍を取り出す。
すると槍使いはもう一歩距離を取り、焦りを走らせた瞳でオレの手元の槍を凝視した。
「召喚術か!?
いや、それにしちゃタメが無さすぎるっ!」
「良い槍さばきだ。
でもな、オレはお前以上の槍使いを知ってるぜ」
強化の魔力を使えなかった分、カーズの方が威力も速度も低かったが、
槍の扱い方、この一点に限るならカーズの方が上手だった。
「ふんっ!」
槍使いが地を蹴り近づいてくる。
カーズ以下の槍さばき、シュラ以下の速度、捉えるのは簡単。
奴の槍の間合いに入る前に、潰す。
「伸びろ」
形成の魔力を込め、獅鉄槍を伸ばす。そのまま横薙ぎ一閃。
強化の魔力を込められていない獅鉄槍の伸びた柄はしなり、鞭のような軌道で槍使いの頬を柄で叩いた。パチン! と軽い打撃音が鳴る。頬を叩かれた槍使いの焦点が乱れた。
オレは獅鉄槍を一度元の長さに戻し、石突を槍使いに向ける。
今度は緑魔と赤魔、どっちも込めて槍を伸ばす。強く伸びた獅鉄槍の石突は槍使いの腹に激突、勢いのまま門の側の柵に槍使いを叩きつけた。
「ぐえっ!?」
「ゲームセットだ。
暇つぶしにもならんかったな」
時同じくして、空を舞って一人の男が門の正面に落下した。ハンマー使いの門番である。
シュラが手をパンパンと叩き、「余裕ね」と顎を上げる。
オレとシュラは並び立ち、パールに視線を向ける。
「次は……」
「アンタよ!」
余裕な面持ちのパール。
オレとシュラはオッサンの表情にムカつき、同時に地面を蹴った。
同時に動き出しても、当然の如く先にオッサンに到達するのはシュラ。
「二度と働けない体にしてやるわ!」
背景が歪むほどの赤魔。
正真正銘、本気の右拳だ。
「それは困る」
「……!」
シュラの渾身の右拳。
しかしそれは、音を立てることなくパールの左手の掌底に止められた。
「私には妻も子も居るのでな!」
パールが右拳を握る。巨大に膨れ上がった赤魔が一瞬にして小さく凝縮し、パールの拳に集まった。
「くそっ!」
シュラが影になってパールに攻撃を差し込めない。
パールの右拳、それが目にも止まらぬ速度で繰り出される。
だがシュラはそんな馬鹿みたいな速度の拳を跳ねて躱し、地面を砕いて距離を取った。
「ほう! やるなぁ!
素晴らしい反応速度だ!」
「髭ジジイ……! このっ!」
シュラが立ち止まるオレの横に着地する。
「……インファイターだな。
近づくと危険だ」
「わかってるわよ。
あと五分でアシュと変わる。コイツ相手なら間合いの外から戦えるあの子の方が有利だわ」
それまで時間稼ぎか。
シュラの機動力を活かせば、逃げ回るのは不可能じゃない。
「すまんなぁ! そう怒らんでくれ!
君たちの実力を試したかっただけなのだ」
パールは腰に二本の剣を差している。
片方は緑の錬魔石が鍔元に埋め込まれた剣、もう片方は赤の錬魔石が鍔元に埋め込まれた剣。
パールはその内、緑の錬魔石が埋め込まれた剣を抜いた。
「しかし、よいのか? そこで立ち止まってしまってなぁ。
そこ、間合いだぞ?」
「あぁ?」
パールは剣を振るった。
「斬風」
オレとシュラは剣の間合いより五、六歩離れていた。にも関わらず、
「――っ!」
「どうして……!」
オレとシュラは斬撃を浴びた。
正確には剣から放たれた透明な斬撃を浴びた。
宙を漂いながらオレは斬撃の正体に目星をつける。
「風か……!」
恐らく、形成の魔力を流し込むことで風の刃を発生させる魔成物――
「ぐっ……!」
地面に背中から飛び込むオレとシュラ。オレを見下ろしながら、パールは屈託のない笑顔を浮かべ手を差し伸べて来た。
「まさか私の部下を簡単に倒してしまうとはなぁ!
見違えたぞ! 牢で出会った時より遥かに成長している!!」
「ったく、やっぱり覚えてんじゃねぇか。
面倒な試験しやがっ――て!?」
オレがパールの手を握ると、パールはオレの手を引っ張り抱き寄せた。
「よくぞここまできたぁ!」
ゴツゴツとした鎧が肌に食い込む。
――気色わりぃ! つーか、
「いただだだだだっ!!?」
鎧……鎧が痛いっ!
「うおおおおおおおっっ!!!
また会えてうれしいぞ少年んんん!!!」
シュラが「げ」と引いた声を漏らした。
「ぐっ……!
苦しいし鎧がいてぇよ! 離れろ、オッサン……!」
オレはパールを両手で押し飛ばす。
腕を組み、がっはっは! と笑うオッサン騎士。
「さぁ我が城へ入りたまえ!
歓迎しよう! 若き封印術師とその仲間よ!」






