第三十一話 災厄の火種
地面から金色の光が浮かび上がる。
光は集い、鎖の形となって魔人に向かって伸びた。
伸びた鎖の本数は4。
それぞれ別の軌道で魔人に迫る。
「――――ッ!?
なんだぁ!!?」
4本の鎖は背後から魔人を貫く。
魔人の体に傷はない。だが、鎖によって貫かれた魔人は、一歩たりとも動かなくなった。
「これは……」
なんだ、この金色の鎖は?
オレが倒れている地面から伸びている。
オレが出したのか?
よくわからない、よくわからないが、アイツを止められるのならなんだっていい!
オレは右ひざを立て、体を起こす。そして右手の人差し指を魔人に向ける。震えながら、振り絞りながら。
「これは『命令』だ。
テメェは指一本、動かすんじゃねぇ……!」
「オイオイ……オイオイオイオイオイオイオイッ!!!
なんだこりゃ、マジで動かねぇぞ……!」
突如降って沸いた力。奇跡だ、あと一歩遅かったらアシュは殺されていた。
だが、未知なる力を操るのは簡単なことではない。
オレの体にほんのり残っていた操作の魔力が栓を抜かれたかのように急速で放出された。
「ぐっ!?」
バキン! と鎖が崩壊する。魔人に壊された感じじゃない、自然と自ら崩壊したように見えた。青魔が底を尽きたことで形を維持できなくなったのだろう。
青魔が切れれば魔術師は能無しだ。今度こそ、全てが尽きた。
魔人、爺さんの弟は首を鳴らし、足のつま先をオレに向けた。
その顔は笑いながらも、一筋の焦りが走っていた。
汗が一滴、零れ落ちた。
「坊主、テメェ一体……」
魔人は何かを言いかけて、空を見上げる。
「“遊楽の風よ、雷楔運びて檻を成せ”」
どこかで聞いたことがある男の声が、上空から聞こえた。
「《雷柱折檻》」
風を切る音……上から何かが飛んできている。オレは首の筋肉を動かし、なんとか空を見ると――
いつか出会った吟遊詩人が、無数の雷の槍と共に落ちてきていた。
「はっはぁ!
こりゃ、まずいねぇ!!!」
魔人は黒竜に飛び乗る。黒竜は目にもとまらぬ速度で後進し、木々をなぎ倒す。
さっきまで黒竜と魔人が居た場所に、無数の雷の柱が出来上がる。
その雷の柱達の中心に、くたびれたロングコートを着た男は立っていた。
雑に生えた顎髭、清潔感のないボサボサの灰色の髪。間違いない……
「ソナタ、キャンベル……」
ソナタはオレに背中を向けながら、目線だけを送ってくる。
「やー、会長。元気かい?
助けに来たよ」
「誰が会長だ……」
「ごめんね会長。
再会リサイタルは後回しだ」
黒竜に乗った魔人と、
ソナタ=キャンベルは向き合う。
――空気が違う。
ピリピリと、張り詰めた空気。指一本の動きさえ、互いに見逃さない。そんな迫力を感じる。
「ほうほう。お前がソナタ=キャンベル……、
“Natural-Enemies”か。
テメェもアドルフォスも、とことん魔帝の邪魔するなぁ」
「君たちに嫌がらせするのが僕らの仕事だからね」
「そりゃお互い様か。
テメェとここでやり合うのは……ちと面倒だな。
退いてやるよ。目的は果たした」
魔人は竜を空へ羽ばたかせる。
「新米封印術師!
悪いが封印術師に真名は名乗れないんでな! 俺のことは“銃帝”と覚えてくれ!
次会ったら茶でも飲もう。
――あばよ!」
黒竜が空高く飛び上がる。
ソナタはジッと黒竜を見て、「会長」とオレに視線を寄越さずに話かける。
「僕はね。本気を出せばあんな大きな竜すら飲み込む雷の竜を作れるんだ」
「――本当かよ……」
「うん。信じてみて!」
まっぐな視線を、ソナタはオレに一瞬だけ向けた。
オレはソナタの目を信じる。これまでの芸当を考えれば、できても不思議じゃない。
「ま、アンタならできるだろ」
「――よしキタ!」
ソナタの舌が光り、緑色――形成の魔力がそこら中から湧き出した。
「出でよ雷竜ッ!!!」
緑の魔力は一斉に青色の雷へ変わり、竜の姿を象った。
「すっげぇ……!」
あの黒い竜――いや、屍帝の配下に居た髭巨人すら飲み込む大きさだ。
雷竜は黒き竜の後を追う。その速度はまさしく雷、あっという間に竜と銃帝を捉えた。
――バチッ!
雷竜は炸裂することなく四散した。
銃帝が持つ“銃”という武器、その先端から煙が出ている。
あの男が、何らかの手段で雷竜を消したのだろう。
ソナタと銃帝は最後にもう一度、互いに目を合わせる。
『次会ったら殺す』
多分、お互いにそんなことを思っていたのだろう。そういう目をしていた。
オレは敵が去ったことを確認し、全身の強張りを解いた。
「会長?」
視界が暗く沈む。
ソナタが来たことで何かが切れたみたいだ。緊張の糸ってやつか?
あぁ、ダメだ。意識が――
---黒竜の背中にて---
シーダスト島、近海“ブラオゼ海”。
その上空に飛ぶ黒き竜。その背には一人の老人が乗っている。
「おら、起きろ屍野郎」
老人――銃帝は骨の破片を握りつぶす。
すると、骨の破片から半身が白骨化している裸の男が現れた。
屍の王、屍帝である。
「ここは!?」
屍帝は周囲を見渡し、側に立つ銃帝に目を合わせる。
「銃帝ッ! 貴様が余を解放したのか!」
「まぁな。感謝しろ。
わざわざこんなとこまで来たんだからな」
「余を封印した封印術師が居たはずだ!
まさか殺してないだろうなぁ……!」
銃帝は「およ?」と眉を曲げる。
てっきり逆の言葉、『ちゃんと殺したんだろうな』と聞かれると思ったからだ。
「奴は余が殺す!
必ず、余が殺すのだ! 絶対に手を出すなよ!!!」
「はっはっはぁ!
お前のそういうとこ、嫌いじゃないぜ。
今は手を出さんさ。アイツを殺すのはもうちょい後だ。
ありゃきっと面白いことになる」
「ふん、よくわかっておるではないか。
あの封印術師、中々潜在能力は深い。
奴とは、長い付き合いになりそうだ」
「お前の“屍死操術”は生前の能力を超えることはできない。
今のアイツをお前の手駒にしたところで、勿体ないもんな」
屍帝は急造で骨の玉座を作り、裸で鎮座する。
「やはり、戦いとは緊張感があってこそ。
昂る。実に昂るぞ! 奴との戦いは退屈しない!
弱いながらも手札を存分に使い、多種多様な攻め、罠で歯を立てる!
あの足掻きは、屍にはできん。生者のみしか、足掻くことはしないからな」
「負けた癖に全然怖気づかないんだな」
「余は負けていない!
貴様が来て余を解放するところまで計算通りよ!
今回は、引き分けだ!」
「お前、本当に面白れぇなぁ!
ポジティブ思考の権化だぜ」
屍帝は表情を無に戻し、頬杖をつく。
「それで、なぜ貴様が余を助けた?
我々魔帝同士に絆など一片たりとも無かろうに」
「これからは団体行動を志してもらうぜ。
時代は変わりつつある」
「質問に答えろ」
「俺は今、世界中で有力な魔帝を集めてるんだよ。
ざっと十体ってところかな、目標は。
災厄の十体だ。お前はその内の一体として申し分ない性能をしている」
「ふん! 目的はなんだ?
つまらない望みなら余は手を組まんぞ!」
「ま、それは後のお楽しみさ。
そうそう、お前さんには死体も用意してるぜ」
「ほう?」
「そいつは魔帝じゃねぇが、災厄の一角として働いてもらうつもりだ。
五年前起きた災害、“ニシリピ崩落災”。それに巻き込まれ、死んだあの男の屍をなんとか回収できたからな……」
銃帝は「ヒヒッ!」と笑い声をこぼす。
「誰だ?」
「お前もよく知ってる金髪の男だよ。奴もまた、バルハやアドルフォス、ソナタと同じ“天に仇為す者達”に数えられていた男だ」
「――ッ!?
まさか……!」
「そのまさかさ。
世界が覆えるのもそう遠くはないぜ――ヒヒッ!」
黒竜は瞬く間に加速し、何百キロという距離を飛んでいく。
青き海を越え、赤き海の空を渡る。
災厄の火種が、集まりつつあった。






