第百七十二話 あと30時間
ヒュメロンの両肩の傷は軽くない。
刃に骨が当たった手応えがあった。重い大鎌を振り回すほどの余力はないはず。
「マリヨのおっさんはこの試験に参加している有名どころの奴は全員調べていた。念入りにな……お前はおっさんの周到さに負けたんだよ、ヒュメロン」
「……私が、負ける?
まだだ! まだ私は負けていない!!」
ヒュメロンは左手を前に、緑魔を弾きだした。
緑魔は風となり、突風となって吹き荒れる。
最後の悪あがきか?
その程度の風、強化されたオレの服すら裂けないぞ。
――いや違う。
「狙いは灯りか」
たいまつの火が突風で吹き消され、消えていく。真っ暗闇がオレを包み込んだ。
ヒュメロンの姿どころか自分の手元すら見えない。
「ふっふっふ……この暗闇の中で、私を見つけられるかな?」
なるほど、足音も気配も完全に消している。
ヒュメロンの位置は全然わからない。
「なにも見えない闇の中で切り刻まれる恐怖を、君にプレゼントしよう……!」
ひょっとして……ひょっとしてコイツ、
馬鹿なのか?
「封印」
セイルシールドを札に封印する。
セイルシールドで遮断されていた向こう側の光が、オレの周囲を照らした。
前にヒュメロンはいない。体を反転させると、大鎌を力を振り絞って振りかざしているヒュメロンの姿があった。
「あ」
「しまいだ」
ルッタで大鎌を両断。
黄魔を込めた左拳でヒュメロンの頬を殴り飛ばす。
「烙印」
ヒュメロンの頬に、字印が浮かび上がった。
「封印」
ヒュメロンはオレの手元の札に吸い込まれていく。
「くっそがあああああああっっ!!」
ヒュメロンの姿が完全に消えさった。
「封印、完了」
ヒュメロン及びバーガスの悪党コンビ封印。
あとは……、
「カーズを助けに――」
「カーズを助けに行く必要はないぜ」
光を背に、赤髪の男は堂々と歩いてくる。
血みどろで、今にも倒れそうにふらふらしながら。
「俺様は無事だよ」
「どこがだよ! 満身創痍じゃねぇか!」
カーズは前のめりに倒れる。
「カーズ、その傷じゃもう無理だな」
こんな時、シュラが居てくれればカーズを治せるのに……。
「大丈夫だ。こんなのかすり傷……つう!?」
「無理するな。後はオレに任せろ」
「おい、待て。まさか……!」
オレはカーズを殴り字印を付ける。
カーズの返答を待たず、カーズを札に封印した。
バッグにカーズの服を詰め込み、1人動き出す。
「マリヨのおっさんには戻ってくるなと言ってある……。
ここから残り40階、1人の戦いだ……」
オレもオレで傷を負ってるんだよなぁ。
毒はないとは言え、安くはない傷だ。
疲労もある。
10階上がって来るのに25分、今の戦闘に10分、降りるのにまた25分ってところか。
リミットまで30時間……!
ヒュメロンたちが集めたアイテムはマリヨのおっさんが回収しているだろう。あれで、おっさんは100ポイント溜まったはずだ。それでいい。
オレのポイントは54。
100ポイントに到達するためにはエリアボスをどこかで倒さなきゃ駄目だ。
66階で狩るか?
いいや、もっと効率的に考えろ。
99階だ。
99階の螺旋階段を確保したあと、エリアボスもしくは志願者の誰かを狩る。それが一番、確実だ。まずはゴールを見つけておかないと駄目だ。
「まったく、楽な道なんて一切ないな……」
眠気の残る頭を振り、
オレは1つ、また1つと、迷宮を下っていった。
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