第百六十六話 マリヨとイージス
第9層を歩いて数分で、大穴を見つけた。
しかし、大穴には蓋がしてあった。蓋には腕一本ぐらいは通せるぐらいの覗き穴が空いており、そこから下を確認することで螺旋階段があることがわかる。
蓋のふち、その上下左右には意味深な円形の凹み。
穴の側には文字の書き込まれた石板が置いてある。
石板にはこう書かれている。
“強固なる肉体を持つ者、北に添え。
手先の器用な者、南に添え。
全てを破滅せし者、東に添え。
全てを操りし者、西に添え。
さすれば扉は開かれん”
「謎解きってやつだな。任せたぜ大将」
「簡単だ」
「もう解けたのか?」
「いや、この石板の謎はさっぱりだ。けど一つだけ確かなことがある」
オレはカーズと自分の名前が書きこまれた札を手に取る。
「この仕掛けは、封印術師を想定していないってことさ」
蓋には腕一本通せる穴がある。
その穴から札を通すのは簡単だ。肉も刻めば入るし、巾着バッグは一度空にすれば通せる。双眼鏡は……さすがにきついかな。調理本は丸めればいけるか。
「便利だな、封印術ってやつはよ」
同感だ。
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第10層は魔物が出ない階層。これまでの階層と違い、至る所に松明が設置してあり、明るい。
通路の幅も広く、至る所にキノコが生えている。
「こんなかび臭い場所を天国に感じる日が来るとはな」
カーズの言葉にオレは頷いた。
湿気が強い。水の音がする。
水の音を辿ると、壺を見つけた。
壺の中には絶え間なく壁に空いた穴から水が注ぎこまれている。透明な水だ。ためしに手の平に溜め、唇を濡らす程度に口を付け、舐めてみる。おいしい、なんの癖もない味だ。毒が混ざっている気配はない。
カーズは体中から力を抜いて、その場に尻を叩きつけた。
「俺様はその辺のキノコを毒見してくよ。大将はホーンボアの肉を食うといい」
「毒見って……毒引いたら一発アウトじゃねぇか。危険すぎる」
「大丈夫大丈夫! 舌の先で舐めれば毒があるかないか大体わかるから。それにさっきは保存食勝手に食っちまったしな、これぐらいさせてくれ」
ま、いっか。コイツなら毒食ってもなんか大丈夫そうだしな。
お言葉に甘えてホーンボアを頂こう。
「おや? シール君にカーズ君じゃないか」
マリヨ&イージスのおっさんコンビが歩いて来た。
「マリヨのおっさん、無事でなによりだ」
「この迷宮も来るのはもう5回目になるからね、さすがにこの程度の階層なら余裕さ。毎年三次試験の内容は変わるけど……このパターンは個人的に最難関だからね、対策はいっぱいしてきた」
「ん? じゃあこの迷宮について詳しいってわけだな。 迷宮について詳しい情報を教えてくれると助かるんだが――」
「構わないよ。休憩がてら、話をしようか」
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キノコと肉を炒めた料理を囲んで座り、食事をしながらマリヨのおっさんからこの迷宮についての情報を引き出した。
【エリアボスについて】
ゾロ目の階にはボスがいるらしい。11階、22階、33階などの階層だ。ボスは他の魔物より遥かに強く、ポイントが高い。11階のボスは20ポイント、22階のボスは30ポイント、99階のボスは100ポイントてな感じだ。もちろん、スルーすることも可能。変に探すと時間が食われるから、『会ったら倒す』ぐらいの気持ちでいいな。
【螺旋階段について】
下の階に繋がる螺旋階段はワンフロアにつき3か所あるそうだ。
【平均クリアタイムについて】
この迷宮のボーダーラインは大体5日らしい。5日以内にクリアしないと合格は難しいそうだ。安心したいなら4日以内にはクリアするのが安定。
「4日か……」
すでに14時間は経過している。ここから5時間眠るとして、19時間で進めたのは10層ってことになる。
100層踏破まで4日で行くとなると、24時間で25層は進まないといけない。のんびりはしてらんないな。
「君たち、砂時計は持ってるかい?」
「砂時計? 持ってないな」
カーズが答えた。
マリヨのおっさんはガラス造りの砂時計を得意げにバッグから取り出した。
なんの変哲も無さそうな砂時計だが、マリヨのおっさんの顔を見るに、なにか仕掛けがあるのだろう。
「この砂時計はね、ちょうど1日が終わると砂が全部落ちるようになっている」
「この目盛りはなんだ?」
カーズの発言でオレは気づく、薄い赤色で砂時計に目盛りが付いていることに。
「この目盛りを見ることで8時間刻みで時間を測ることができるんだ」
ん? ちょうど砂が全部下に落ちたな……。
つまり現在時刻は深夜0時ってわけだな。
「試験が始まったのが朝の9時、つまり今は試験開始から15時間経過したというわけだ」
おっさんの出した砂時計の真骨頂はここからだった。
下に落ちた砂が、今度は上のスペースに上昇をはじめたのだ。
「す、砂が飛んでる!?」
オレが動揺した声を上げると、マリヨのおっさんのパートナーであるイージスが指を立てた。
「この砂時計は向き関係なく砂が流れていくんだよ」
マリヨのおっさんが砂時計を持ってシェイクするも、砂が片側に流れる速度は変わらず、一定だった。
「僕はこれを〈いじっぱり時計〉と呼んでいるよ。どれだけ動かしても意地を張って一定のリズムで狂い無く砂を流していくからね」
「……マリヨのおっさん、これ……」
「わかってるよシール君。僕は3つ持ってる。その内の1つを君にあげよう」
あっさりと、マリヨのおっさんは砂時計をくれた。
「言っちゃなんだけどよ……ここは普通、渡さないべきなんじゃないのか?」
貰っておいて、オレは聞かずにはいられなかった。
「ライバルに手を貸すのは非効率って言いたいんだろう?」
「まぁな」
「はっはっは! これぐらいの手助けしたことで結果は変わらないさ。
昔、祖母によく言われた言葉があるんだ。『徳を払えば仁となって返ってくる』ってね。
もしかしたら、君たちが砂時計のお礼に僕を助けてくれるかもしれないだろう?」
「はっはぁ! なるほどねぇ、見返りを期待しての善行ってわけか。いいぜマリじぃ、もしアンタらがピンチになったら俺達が助けてやるよ」
「……もう貰っちまったしなぁ。仕方ないか……」
「本当に、マリヨさんはいつでもあくどい」
「おいおいイージス、パートナーである君までそんなこと言わないでくれよ」
4人の笑い声が木霊した。
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