第百五十九話 総大将
それはそれは大きな亀が青い海を泳いでいた。
亀の甲羅は上に一軒家が建てられるほどの大きさだ。甲羅の上にはテントが張ってあり、テントの前には白いテーブルと白いデッキチェアがある。デッキチェアの上では水着の女性が寝そべっていた。
毛先の曲がった紫色の長髪。サングラスの奥で光る赤色の瞳。魅力的なボディライン。
異色且つ隙のない容姿は美しさを通り越し、どこか妖しげな雰囲気すら感じる。
聞こえるのは鳥の鳴き声、浴びるは温かい陽の光。
下にあるのが亀ではなく砂浜なら、海水浴に来たナンパ待ちの美女に見えるだろう。
ジュースを飲みながら、女性はテーブルの上にある青く光る水晶に耳を向ける。
『……あなたの言う通り、シール=ゼッタを選抜試験に誘導しましたよ。総大将』
水晶の先から聞こえるのは煙男の声だ。
ギルド総大将は口角を上げる。
「ありがとミッス君」
『どうしてシールを選抜試験に? もし、シールが言うことが事実なら、試験なんてやってる場合じゃないでしょう』
「ここでミー達が『いつも通りの行動』をしなくなったら、ミー達とシー君達が接触したことがバレちゃうでしょ。シー君の居場所を騎士団に知られるわけにはいかない。シー君はミー達のキングだからね。それもただのキングじゃない、前線に出さなきゃいけないキングだ。慎重に事を運びたい」
総大将はサングラスを外し、赤い瞳で水晶を見る。
「そろそろ騎士団の監視員が〈ユヴェイオン〉に来る頃だ。彼らを片付けるまで、シー君は隠す」
『やっぱり今年もアレを出すんですね。迷宮を内包したダンジョンモンスターを……」
「あの子の中なら絶対に安全でしょ」
『……安全ですか? 魔物の巣窟ですよ。下手したら死にます』
「シー君を舐めちゃダメだよ。短い期間とはいえ、あのアイ君の弟子をやってたんだから」
総大将はデッキチェアから背中を離し、立ち上がる。
『カーズ=グラシオンはどうします? 一応、アイツも一次試験通しましたけど』
「彼は……どうでもいいかな。なんにもない子だから。神呪の子かアイ君の孫娘なら全力で保護するところだけどね。ミッス君の判断に任せるよ。使えるようなら〈ヴァンハーツ〉に入れちゃって」
『了解』
水晶から輝きが消え、通信が途絶えた。
総大将はググッと背筋を伸ばし、〈ヴァンハーツ〉のある方角を見る。
「あー! 早く着かないかなぁ!」
総大将は腕輪を右腕に付け、腕輪に嵌められた宝石を指で触れる。すると一瞬で水着の上に黒いローブが羽織られた。
「……会うのは半年ぶりだなぁ。ミーのこと覚えてるかなぁ、シー君」