第百四十四話 パレード後日譚 アドルフォス編
シール=ゼッタを結界の外へ吹き飛ばして数秒後、
アドルフォスが展開した竜巻は散り去った。
アドルフォスの三度の波状攻撃により、その場に居た騎士団員の9割が壊滅。
無傷でアドルフォスの攻撃を乗り越えたのは僅か4人。
「親衛隊だな」
地から巻き上げられた土煙より、彼らは姿を現す。
遊縛流魔術の使い手、シンファ=ラドルム。
騎士団で唯一、紅蓮の魔力を持つ男、グレン=ルーフス。
体をあらゆる生物へ変幻できる変化術師、パンズ=マルコップ。
魔術学院“ユンフェルノダーツ”きっての才女、メグル=ヒナギク。
グレンは腕を組み、
「噂の“魔喰らい”か!
素晴らしいレアリティの持ち主だと聞いている!」
マルコは髪をかきあげ、
「……やってくれたわね。
“天に仇為す者達”……」
メグルは手裏剣を手に取って、
「首に縄付けて飼ってあげましょう」
シンファは服に付いたすすを叩き落し、
「封印術師を逃した失態、お前の首を取って払拭するとしよう。
アドルフォス=イーター!」
親衛隊4人を視界に収め、アドルフォスは目を細めた。
「お前ら、随分と好き勝手やってくれたようだな……」
アドルフォスは地面を踏む。
軽く、散歩するように歩を刻む。
アドルフォスの足取りは軽やかだ。それなのに、アドルフォスが踏んだ地面は割れ広がり、アドルフォスが足を前に進める度、小さな地震が起こる。
親衛隊は全員咄嗟に構えた。
4対1、圧倒的に有利な状況のはずなのに、親衛隊の面々は目の前の男に恐怖した。
「ここからは俺が、好き勝手やらせてもらう……!」
一番早く動き出したのはグレン。
グレンはあっという間にアドルフォスとの間の距離を詰め、剛拳のラッシュをアドルフォスに突き出す。
「はははははっ!
見せてもらうぞ! お前のレアリティを!!!」
アドルフォスはグレンのラッシュを右手一本で全て受け流し、左拳をグレンの腹筋に叩きつける。
「ぬ……!」
アドルフォスの拳を受けて、グレンは笑う。
「効かんなぁ!!」
グレンの腹筋には紅蓮の魔力が込められていた。
「紅蓮の魔力、見るのは初めてだ」
「俺は無敵だ!!」
グレンはアドルフォスの服を引っ張り、投げ飛ばす。
アドルフォスは逆さまになりながら低空飛行をする。アドルフォスを追撃するため、グレンは意気揚々とダッシュする。
「紅蓮の魔力と言えど、青魔は使っているんだろう?」
アドルフォスとグレン、距離3メートル。
グレンの間合いに入る前に、アドルフォスは青魔を全身から噴出した。
「流纏ッ!!」
嵐のように乱回転する青き魔力。
グレンの全身の魔力が青魔によって剥がれる。
「なんとっ!?」
「……安い“無敵”だな」
アドルフォスは掌底をグレンの腹にめり込ませた。
グレンの口から血が溢れる。
「むぐっ!!」
攻撃は入ったものの、アドルフォスは納得のいかない顔をしていた。
アドルフォスはグレンの腹を貫く勢いで掌底を出したのだ。なのに、グレンの腹を貫通することができなかった。
理由は1つ。
グレンの魔力を散らしきれなかったためである。
「重いな……!」
上位色魔力は他の魔力に比べて“重い”。
上位色魔力を操作するには大量の青魔が必要となる。アドルフォスが行った流纏は紅蓮の魔力を散らすには僅かに青魔が足りていなかった。
魔力は黒>虹>緑>白>黄>赤の順で重い。アドルフォスは黒魔力を流纏で逸らす際に使用する青魔の2倍をグレンに使ったが、それでも紅蓮の魔力を弾ききることができなかった。上位色魔力を相手にするのはアドルフォス自身はじめてであり、完全に見誤った。
「上位色相手だと、今の出力じゃ剥がしきれないか」
アドルフォスは殺意を込めた左拳をグレンの顔面目掛けて打ち出す。
グレンは頭突きで拳を受けつつ、赤魔をギリギリのところで纏い直した。
(コイツ……思ったより手ごわいな。だが)
攻守逆転。
アドルフォスは態勢の整っていないグレンに乱打を浴びせる。
「ぐ、ぬぅっ!」
「どうした?
見せてみろよ。お前のレアリティ……」
グレンを思い切り殴り飛ばす。グレンは空を見ながら体を大きく吹っ飛ばされた。
続いてアドルフォスは天を見た。
アドルフォスの真上の空中には緑魔が満ちている。
シンファが雷を形成しつつ、アドルフォスを頭上から狙っていた。
「“遊楽の風よ、雷楔運びて檻を成せ”――」
雷の柱が形成され、アドルフォスに向かって降り注ぐ。
「《雷柱折檻》!!」
アドルフォスは地面に両手の指を食い込ませ、地面十数メートル四方に赤魔を込め、腕を思い切り振り上げる。
ひっくり返った土塊が雷の柱を迎撃せんと空を舞う。
赤きオーラを纏った土塊がシンファに向けて飛び上がる。土塊は雷柱を弾き、上昇していく。
「そんな馬鹿な……!?」
シンファは土塊に弾き飛ばされた。
アドルフォスは地上に意識を戻す――
「――ッ!!」
アドルフォスの動きが止まる。
アドルフォスの体はワイヤーでガチガチに固められていた。
アドルフォスの周囲には鉄人形がずらりと並び、ワイヤーを支えている。
「つーかまえたっ!
メグルのペットとして、働いてもらいますよ……アドルフォスさん」
「ご主人様、首輪を忘れてるぞ」
ドロ、とアドルフォスの体がスライムのように溶ける。
「え」
アドルフォスの体は一度液状になり、ワイヤーから脱出した後形を戻す。
アドルフォスはスライムの性質も持っている。体を溶かし液化することも容易だ。
「今です」
メグルの手の振りを見て、息のある騎士団員たちがアドルフォスに向かって一斉に魔術を放出する。アドルフォスは最小限の流纏でこれを回避。
アドルフォスが流纏を使ったすぐ後に、親衛隊がそれぞれ飛び道具を放つ。
グレンは拾った鉄球を投げ、シンファは炎鎖千縛を使用、メグルは手裏剣を投擲、マルコは上半身を竜に変化させ雷のブレスを形成する。
親衛隊の集中砲火、これもアドルフォスは流纏で回避。
――メグルは笑った。
「終わりです、“カラクリ操術”ッ!!」
鉄人形が十数体湧きあがり、黄魔を纏ってアドルフォスに群れで迫る。
「知ってますよぉ。
流纏を2連続で使った後は次に流纏が使えるまで15秒のクールタイムが――」
「流纏ッ!!!」
魔力で形成された鉄人形は青魔の嵐によって散り去った。
「あれぇ!?」
「誰の話をしている?」
アドルフォスは流纏を解いて鉄剣を右手に形成した。
目指す標的はメグル。メグルは大技を使った後で隙だらけだ。
アドルフォスは剣を縦に振る。メグルは中途半端に作った薙刀で剣を受けるが、薙刀は両断された。
「まず一人目……」
アドルフォスが必殺の一撃を繰り出そうと両手に魔力を込めると、アドルフォスとメグルの間に影が飛び込んできた。
アドルフォスと同様に竜翼を生やしたマルコが、アドルフォスの両手を掴み止めた。
「一度退きなさいメグル!」
メグルはマルコの指示に従い、距離を取る。
「お前、変化術師だな……厄介だ。
ここで確実に潰しておく」
アドルフォスはマルコの腹を蹴り飛ばし、地面に右手を付いた。
アドルフォスの全身から緑魔が弾け飛び、緑の粒子がアドルフォスとマルコの周囲の空間を包み込んだ。
緑魔は形を作る。
マルコの足元が地面に沈む。
地面はスライムで埋め尽くされ、
天井は炎、壁は黒鉄。空間の至る所に竜巻が発生する。
空には赤、青、金、銀の光の球体が浮いている。
「“心界”ッ!?」
魔力で形成した物質で相手を閉じ込める術、緑魔の奥義“心界”。
アドルフォスは親衛隊全員を閉じ込めるつもりで“心界”を展開したが、マルコ以外は距離が離れていたせいで避けられてしまった。
けど、まぁいい。と、アドルフォスは呟く。
「こんなもの展開したところで!
すぐに私の仲間が外から助けに来てくれるわ!」
「『すぐ』って何秒後だ?
――色装、“漆”」
アドルフォスの右手から地面を伝い、“心界”にアドルフォスの副色が流れ込む。
景色が真っ黒に染まる。
地面、壁、天井が全て、破壊の魔力で染まった。
マルコはなにもすることができず、まずはじめに、足を黒色のスライムに溶かされた。
「はっ――――!!?」
有無を言わせず黒色の竜巻がマルコに襲い掛かる。
“心界”展開から6秒後、パンズ=マルコップの命は塵と化した。
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心界の外。
外から見ると白銀のドームに見えるアドルフォスの心界を前にして、親衛隊の面々はマルコを救おうと動く。
「待てグレン!」
グレンが白銀のドームへ飛び込もうとしたところを、シンファは制す。
次の瞬間、ドームは黒く染まった。
「黒魔力……!
この規模で色装を使ったのか!?」
シンファは目の前の光景を『信じられない』という目で見ていた。
心界への色装は複雑且つ大量の魔力を消費する。それこそ、再生者クラスの魔力が無ければ使った瞬間に魔力が枯渇するだろう。
シンファはようやく理解する。アドルフォスが再生者クラスの力の持ち主だと。
“心界”が崩れ、黒色の羽が飛び散らかる。
羽を避けて、アドルフォスは悠長に歩く。
「副隊長はどこだ?」
シンファが質問を投げかけると、アドルフォスは天を指さした。シンファは血管を額に浮かべる。
「来たか」
マルコを撃破したアドルフォスの肩に、蝙蝠の形をした召喚獣が降り立つ。
「回収は終わったか?」
蝙蝠型の召喚獣は人の言葉を口にする。
『はいは~い!
アシュちゃんとレイラちゃんは回収完了です!』
アドルフォスが話している相手は“雲竜万塔”の受付嬢、クリトナである。
「早かったな」
親衛隊の攻撃をかいくぐりながら、アドルフォスは会話を続ける。
『ソナタって人が騎士団員を間引いてくれてたらしくて、苦労せず回収できました!
ついでに金髪の騎士さんと、そのソナタさんも回収しましたけど、別にいいですよね?』
「……金髪の騎士?
よくわからないが、封印術師の味方らしき奴は回収しておけ」
『はーい!
こんなに働かせたんですから、報酬には色つけてくださいよ!』
「わかった」
蝙蝠型召喚獣と通信を終え、アドルフォスは自分が空けた結界の穴を見上げた。
結界の穴はジワジワと修復を始めていた。
アドルフォスは己の体内に残る魔力残量を計算し、次に取る行動を考える。
(もう魔力が4割しか残っていない。
初手の〈マグライ〉に、大規模魔術の連発。
封印術師を飛ばすのにも魔力を使いすぎた。ここに来るまでも無理をしたしな……。
面倒な奴は潰したし、回収は終わった。長居する必要はない。
結界が閉じる前に退くか)
アドルフォスは竜翼を生やし、天高く飛び上がる。
「逃がすな!」
シンファの声で、騎士たちはアドルフォスに魔術を放つが、アドルフォスは鮮やかに飛行して全て回避する。
(帝都〈アバランティア〉。
異様な魔力を四つ感じる。一つは騎士団長だろうが、他の三つはなんだ……?
一つはどこか、懐かしい魔力だ。
コイツらと、いま戦闘になると面倒だな)
アドルフォスに続くように、次々と翼を持った召喚獣たちが空を飛び、結界の穴へ向かった。
召喚獣の背にはアシュ、レイラ、ソナタ、ニーアム、クリトナが乗っている。アシュとレイラは眠ったままだ。
「あ! レイラせんぱぁい!!」
「ソナタ……」
「むっ! 俺の許嫁をよくも!!」
親衛隊で唯一飛行能力を持つマルコは死に、飛竜は初撃の波状攻撃で撃破。
彼らを追える者は居ない。
アドルフォスは飛び去る直前で、
「お前らの親玉に言っておけ。
『次は勝つ』とな」
と吐き捨て、結界の外へ逃走した。
アドルフォスたちが帝都から出た瞬間に結界は修復を終える。
突如巻き起こった帝都の動乱は、これで、終結した。