第百三十五話 パレード後日譚 ソナタ編 その2
雷の衝突は花火のように空を彩った。
完全なる相殺。互いの全力を込めた魔術は打ち消し合った。
ソナタは通りを駆け抜けていく。ソナタの背後をシンファは追う。
「いつ振りだろうね? 君との決闘は!」
「7年と3か月……3日振りだ!」
シンファは懐から短剣を取り、ソナタに投げる。
ソナタは振り返り、シンファと同じ騎士団専用の短剣を投げた。
短剣同士が衝突し、地面に落ちると共に、両者は遊縛流魔術の中で最も短文の詠唱を口にする。
「“己が罪を前に躯体を崩せ”――《枷玉》!」
「“己が罪を前に躯体を崩せ”――《枷玉》ッ!!」
両者が生み出すは『触れた物体の重さを10倍に膨らませる』黒き球体。
黒玉はぶつかり、互いにその身を重くし、抱き合いながら地面に落ちる。黒玉が落ち、黒玉に触れた地面は重みを十数倍にもして深く沈没した。
ソナタは術を放ちながら、キョロキョロと首を動かす。
「人払いは済ませたと言ったはずだ」
ソナタ=キャンベル、副源四色“虹”――“真実の魔力”。
その魔力の真価を発揮するにはソナタの嘘を誰かが信じなくてはいけない。しかし――
「俺はお前の魔力を知っている。
他者に嘘を言い、その嘘を他者が信じた時、嘘を実現する。
当然、このことを知っている俺はお前の言葉をなにひとつ信じない。
俺との一騎討ちに、お前は副源四色を使うことはできないっ!」
「本当に厄介だね……!」
ソナタは探す、自分の嘘を信じそうな人間を。
「……己を知られれば知られるほどに、
己を晒すほどに、素顔を晒すほどに、お前は弱くなる。
お前の持つ魔力はお前の人間性をよく表している……」
「自分を晒すほど弱くなるなんて、そんなの誰だって同じじゃないか」
「お前は『特に』という話だ」
視界の中に人は入らない。
ソナタは人探しを諦め、真っ向からシンファと対戦することを選択する。
「“囚人の名はアレイスト。彼を縛りしは夢幻の氷剣”――」
「“囚人の名はアレイスト。彼を縛りしは夢幻の氷剣”――」
ソナタはわかっていた。このままでは勝ち目はないと。
ソナタがシンファに無い魔力を持っているのと同様に、シンファもソナタには無い魔力を持っている。
「“自由の象徴、翼を象り顕現せよ”」
「“自由の象徴、翼を象り顕現せよ”――」
シンファ=ラドルムの詠唱はこれで終わらない。
「色装、“白”」
形成されるは無数の氷剣。ソナタが出した氷剣も、シンファが出した氷剣もまったく同じ形をしている。異なるのは色だ。
ソナタの出した氷剣の色は青、しかし、シンファの氷剣は白に染まっている。
「《氷錠剣羽》ッ!!」
「《氷錠剣羽・永束》」
放たれ、ぶつかり合う氷の剣。
ソナタの氷剣とシンファの氷剣は衝突し、弾ける。
散りゆくソナタの氷剣、一方シンファの氷剣は壊れた後から再生し、再び剣の形を作り再動する。
「“炎仙の鎖、千の頭を絞めたまえ”!
――《炎鎖千縛》ッ!!」
早口で詠唱し、ソナタは炎の鎖を形成、氷剣を溶かし尽くす。
「必死だな……」
氷が蒸発し、煙が充満する。
白煙の中から拳が突出し、シンファに迫る。シンファは拳を手の平で受け止めた。
「挙句の果てに近接戦か?」
「近接に関しては君の方が優秀だったね。
楽勝って顔だ。でもさ、なんの勝算も無しに僕がこんな真似すると思うかい?」
「自信ありというわけか」
「全力で来るといい。
僕は7年前とは違うよ」
「――ガッカリさせるなよ」
シンファの回し蹴りをソナタは右腕でガード、左手の甲でシンファの顎を狙う。シンファは首を捻って回避、素早く右拳を突き出す。ソナタは右手でシンファの右腕を掴み、肩に背負ってシンファを投げ飛ばした。
シンファは空中で姿勢を立て直して着地する。
「あらら、そう簡単には決まらないか」
「所詮はこの程度か。
確かに近接の技術は伸びたが、魔力は衰えたな。
赤魔の訓練を怠っただろう?」
「手厳しい意見だね。
でも十分。ここまで上手く運べた。準備はもう整った」
ソナタの薄く笑った瞳、シンファはソナタの目を見て危険を察知する。
シンファは詠唱しようとすぐさま口を開いた。
「“地果てに眠りし堕落者よ、天鐘の歌声が”――」
「なにをビビってるんだい? シンファ!」
ソナタは右肘をシンファの腹に入れた。
「がはっ!」
「詠唱は距離を取ってから。常識だよ?」
シンファは苛立つと共にソナタを蹴り飛ばした。
「ぬわっはっ!?」
「上等だ! 近接で沈めてやる!!」
「あっはっは! ムキになってるね~」
「なってないっ!」
「もう終わりだよ! タイムリミットさ!
知ってるかいシンファ! 僕はね、もう副源四色無しに雷竜を呼び出せるようになってるんだよ!!」
「減らず口を!」
「ほーら、聞こえてこないかい? 背中の方から雷の音が……!」
シンファの耳に、ビリ……と音が飛び込んだ。
音は次第に大きくなっていき、鼓膜を破りかねない程の雷音を作り出す。
シンファは音から察する。巨大な雷の塊が背後にできていると――
「まさか本当に――!?」
シンファは振り向き確認する。
そこにあったのは――10本の雷の柱だった。
「雷柱折檻!?」
雷の柱がシンファに向かって伸びる。
シンファは体を赤魔で強化し、掠りながらも柱を躱していく。
「一体いつの間に詠唱を……いや待て」
シンファの頭に浮かぶのはソナタとの会話。
『近接に関しては君の方がゆう秀だったね。
らく勝って顔だ。でもさ、なんの勝算も無しに僕がこんな真似すると思うかい?』
『ぜん力で来るといい。
僕は10年前とは違うよ』
『あらら、そう簡単には決まらないか』
『て厳しい意見だね。
でも十分。ここまで上手くはこべた。準備はもう整った』
『なにをびビってるんだい? シンファ』
『もうおわりだよ! タイムりミットさ!
知ってるかいシンファ! 僕はね、もう副源四色無しに雷竜を呼び出せるようになってるんだよ!!』
『ほーら、聞こえてこないかい? せ中の方から雷の音が……!』
シンファは冷や汗をかき、頭の中で文章を繋げる。
“ゆうらくのかぜよ、らいていはこびておりをなせ”――
「詠唱、詠唱中断を繰り返し、会話の中で詠唱文を完成させたのか!?」
そこでシンファは詠唱術の2つ目の基本を思い出した。
“詠唱は中断することが可能である。しかし、中断している最中は他の魔力をロクに使えない”
「それで赤の魔力が抑制されて……!」
シンファは目の前の男に畏怖を抱いた。
詠唱を中断し、また再開するのはそれなりの技術が必要だ。しかもそれを、会話中に、一文字や二文字と小さな言葉を繋げるのは到底できるものではない。
ソナタの魔術のセンスに感服すると同時に、シンファは自分の失敗に気づく。
「ねぇシンファ、さっき僕、『雷竜を呼び出せる』って言ったじゃない?」
ソナタは帽子を押さえながらバックステップを踏む。
シンファの顔に動揺が走る。
あの時、シンファは雷の音を聞いて、こう思ってしまった。
――『まさか本当に』と。
一瞬だけでもソナタの言葉を信じてしまった。
半信半疑でも、“真実の魔力”は真実を捏造する。
「しまった……!」
シンファはソナタの魔術の才能を知っている。
知っているからこそ、彼の嘘を不可能では無いのかと思ってしまったのだ。
ソナタの魔術のセンスを知っているばかりに、信じてしまった。
「あの話ね……うっそぴょ~ん」
ソナタは舌を出し、輝かせる。
雷の竜がソナタの頭上に生まれた。シンファは赤と白の魔力を纏い、防御を固める。
――身じろぎ一つ許さず、雷竜はシンファに襲い掛かった。
「ぐっ……!!!」
空中に押し上げられ300mほど空を渡ったあと、地面に叩きつけられた。
シンファは全身に火傷を負うも立ち上がり、白魔力で皮膚を再生させながら交戦地帯に戻る。しかし、そこにはもうソナタの姿はなかった。
「……逃げられたか」
シンファは左胸に手を添える。
手に返ってくる鼓動の音は、静かだった。
「ホッとしているのか俺は……。
まだまだ甘いな」
深追いする必要ない、とシンファが考える。
詠唱の中断→続行には1回1回青魔を大量に消費する。ソナタは詠唱の続行を10回以上繰り返した。魔力はもうほとんど残っていない。残った魔力で、シールを救うことは不可能だとシンファは判断した。
1番街、ソナタvsシンファ。
――引き分け。
~~特にためにならない封印術師豆知識 その3 『シンファ=ラドルム編』~~
・13年前、屍帝レイズ=ロウ=アンプルールの手によって故郷を滅ぼされる。屍帝は殺した人間たちの屍で軍隊を作り上げた。ソナタとシンファは屍軍に抵抗するも、ジリ貧状態になっていた。
・10年前、バルハとサーウルスの手によって救われる。その際に2人が屍帝を封印する様を見届ける。ソナタとシンファ、片方は彼らの後ろ姿に憧れ、片方は嫉妬した。
・重度のシスコン。リディア(妹)のことを大切に思っており、誰にも嫁に渡さんと息巻いていた。しかし、内心ではソナタならばリディアを託していいと考えていた。
・13年前まではセクハラや女遊びをするたびにリディアに叱られていた。そのせいか、現在、セクハラや女遊びをする度にリディアの叱り声の幻聴が聞こえるようになっている。故郷が滅びてからもセクハラや女遊びをするのはリディアの叱り声が幻聴として聞こえて嬉しいためであり、実際にはもう色恋沙汰に興味はない。
・誰かしら寄り添ってあげれば別の道があったかもしれない。ソナタは再生者を探すために放浪していたため、基本的にシンファは1人だった。シンファ自身、自分で悩みを抱え込む悪癖があり、誰かに相談することはなかった。一度悩みを誰かに聞いてもらおうと考えたことはあるが、近しい存在である親衛隊はおかしな奴ばかりだったため断念。唯一マルコが頼れるかなーっと思ったものの、残念ながら魔人だった。
・封印術師の登場人物の中でもトップレベルに病んでいる。
・夜はいつも枕を濡らすほどに弱メンタル(境遇を考えると仕方なしとも言えなくもない)。