第百三十四話 パレード後日譚 ソナタ編 その1
建国パレードの次の日の昼頃。
シールが牢屋で痛みと奮闘している頃、ソナタ=キャンベルは1人、1番街の外れ、空き家の中でとある騎士を問い詰めていた。
問い詰めていた――という言い方は誤りかもしれない。
ソナタは同僚であるはずの騎士を拷問していた。
両手両足を紐で縛り、手にはナイフを握っている。
捕えられた騎士の体の節々は凍り付いている。
「――ゴルマック中隊長。今の話は本当かい?」
ナイフを手元で遊ばせながらソナタは問う。
「……本当だ。シール=ゼッタは地下牢獄に居る。
聞くところによると騎士団長様に手を出したって話だ」
隻眼の太めの男、ゴルマック中隊長は口元を歪ませた。
「あのままならきっと死刑だな。
奴は悪魔の弟子、騎士団のほとんどが処刑に賛成する」
「……会長が騎士団長に手を出した?」
ソナタは赤魔を込めた拳をゴルマックの顔面に叩きつけ、昏倒させた。
空き家から出て、足早に騎士団本部へ足を向ける。
(昨日の夜、会長が騎士団本部に行ってから連絡が取れなくなったから、まさかとは思っていたけど……!)
ソナタは1番街を走りながら違和感を覚えた。
――人がほとんどいない。
ソナタは異常に気付き、冷や汗を垂らす。
「止まれ。ソナタ」
家と家の間の影に、その男は立っていた。
顔に音符の刺青を入れた男、親衛隊の1人にしてソナタと同門の魔術師――シンファ=ラドルムだ。
シンファは影から一歩一歩、ソナタに向けて歩を刻んでいく。
「聞いてくれシンファ。酷い夢を見たんだ。
僕の尊敬していた上官が僕の大嫌いな化物で、
僕の大親友が僕の大嫌いな化物に……服従している夢を」
ゴルマックの話。
シールの行方不明、シールが騎士団長に手を出したという話。
シールから聞いていた、銃帝と屍帝の話。
マルコの一件。それら全ての事柄からソナタは大体の真相を掴んでいた。
「さすがだな。ゴルマックから聞き出した情報だけで辿り着いたか。
奴には喋り過ぎたな……」
シンファは両腕の袖をまくる。
「お前には全て話そう。
騎士団長は……凰帝と言う名の再生者だ。
俺は、奴に忠誠を誓った」
ソナタは哀しそうに、責めるように、目を細めてシンファを見た。
ソナタは拳を握りしめる。拳を握りしめ、自分に痛みを与えて、夢じゃないことを理解する。
「どうしてだいシンファ!
どうして……再生者は僕らにとって、許すことのできない存在のはずだ!」
「お前の言う通りだ、ソナタ。
俺達の故郷は再生者に滅ぼされた。俺の家族も、お前の家族も……俺の妹であり、お前の想い人だったリディアもあの再生者――屍帝に殺された。
もう、13年も前の話か……」
「その忌むべき再生者に、どうして忠誠を誓った!?」
「凰帝の目的は終楽戦争を起こし、女神に会うことだ。
知ってるだろソナタ。女神ロンドは輪廻を司る神だ。ロンドに会い、嘆願すれば……望む時間、望む世界に転生できる。有名な話だ」
「まさか君は……」
「俺はもう嫌なんだ。父さんが居ない世界も、母さんが居ない世界も、リディアが居ない世界も……友人も、恩師も、失った。残ったのはこの体と、お前と、叶うことの無い復讐心だけだ」
「シール君は必ず屍帝を封印する。
シンファ! 僕と君で彼を支えて復讐を果たせばいい!」
「俺はな、自分の手で屍帝を葬りたかった。それができるならまだこの世に残る価値もあった。だけど知った。俺の手では奴を殺すことも封印することも……できないと。
こんな不条理な世界にいつまでも身を置くことはできない。
ソナタ、お前も一緒にどうだ?
共に幸せな世界に行こう。リディアの居る世界に行こうじゃないか……輪廻を越えて」
暗く、絶望に満ちた瞳。
ソナタはシンファの瞳を見て、心底悔しそうに唇を噛みしめた。
「君は……そこまで――」
後悔が脳を焼く。
どうしてもっと寄り添わなかったのかと、ソナタは自分を責める。これほどまでに、シンファが追い詰められていた事実を、今になって知った自分を、深く責めた。
噛みしめた唇からは血が滴る。
「断るよ。そんな不確かな賭けに乗る気はない。それに例え違う世界に行ったとして、リディアを守れなかった自分は残る。僕は後悔も、絶望も、抱えて生きていくと決めたんだ。
僕は不条理なこの世界で、最後まで全力で生きるとリディアに誓ったんだ!
あの誓いだけは嘘にしたくはない!!」
「そうか……残念だ」
ソナタとシンファは、遊縛流魔術最適の間合いをとって、対峙する。
「ソナタ、俺がこの世に唯一残している未練はお前だけだ。
お前さえ葬れば、俺の中の迷いはなくなる」
「シンファ……!」
「……もう決めたことだ。もう多くの犠牲を出した。止まることはできない」
ソナタとシンファ、2人の魔術師の体から立ち昇った緑の魔力は周辺一帯を包み込んだ。
「こんな所で大規模魔術を使う気かい?」
「人払いは済ませた。
それに、さっきの話を聞いて、俺がこの世界の人間の被害を考慮すると思うか?」
その言葉は、もう己の知るシンファ=ラドルムは居ないと言う――証拠だった。
「大馬鹿だ。君は」
2人は同時に唇を震わせる。
「“遊楽の風よ、雷楔運びて檻を成せ”――!」
「“遊楽の風よ、雷楔運びて檻を成せ”――!」
2人から立ち昇った緑魔は合計16本の雷の柱となり、敵に向けて発射される――
「「《雷柱折檻》ッ!!!」」
雷の柱は衝突し、無数の雷光を散らした。