第百三十三話 激痛との戦い
「腕を……斬るだと?」
「腕を斬って手錠を外す。血をインク代わりにして、足でパンの包み紙に魔法陣(とオレの名前)を描く。同じようにしてオレに字印を付ける。
鉄格子の隙間からお前の牢屋の方に紙を投げて、オレを封印する。紙をお前に破ってもらって解封、後は同じような手順でお前も封印→解封して鉄格子と手錠をすり抜け脱出する」
「無理だ。出血多量で死ぬぞ」
「……魔力を使ってなんとかならないか?」
「臓器・血管・筋肉を魔力で強化し、筋肉で傷口を絞めれば多少はなんとかなるだろう。
だが、もって15分だ。いや……お前の作戦の場合、片腕を斬り落としてからもう片方の腕を斬り落とすまで魔力を使えず、血を垂れ流す時間がある……ここでの失血量も考えると、10分が限界だな」
駄目か。リスクがデカすぎるな……。
「かーかっか!!
イカレとるのう! おぬし!」
正面の牢屋で、布団が空を飛んだ。
布団を蹴飛ばした上裸男は愉快気に笑う。
上裸男は足を組んで地べたに座り、オレを真っすぐ見る。
威圧のこもった目だ。ビビッて体が震えてしまった。
「今の話を聞いて目が覚めた!
このベンケイが手を貸してやろう!」
ベンケイ、それがこの囚人の名前のようだ。
「……刀剣狩り、ベンケイ=ウォレスト」
ボソッと、ニーアムは口にする。
「名刀・名剣を集めるため、世界各地を周った男だ」
「収集マニアって奴か」
「奴の場合、そんな安い言葉で済ませることはできない。
刀剣を集めるためには手段を選ばず、盗みや殺しも平然とする男だ」
「かっかっか!
紹介感謝する! 怯えることはないぞ。
丸腰の相手を殺すことも傷つけることもワシはしない」
笑っているけど、目の奥には染みついた殺意が見える。
「ベンケイ。お前、副源四色はなんだ?」
「コイツの力を借りる気か!?」
「状況が状況だ。今はとにかく味方が欲しい」
コイツがもし白魔力を持っているなら、ニーアムが言っていたリスクは回避できる。
それに始末はちゃんとするつもりだ。
「ワシの副源四色は白じゃ。
よかったのう、望みの魔力じゃろう?」
「よし! これで作戦を実行できる」
「ちっ、やむを得ないか……」
渋々ニーアムも同意してくれたようだ。
「どうやって腕を斬り落とす気だ?」
「そこら中に鉄があるんだ。
手錠で削って研いで刃にする」
「魔力を持った鉄を手錠で削れると思うのか」
「壁や鉄格子には魔力が通っているけど、飯を通す管には魔力は通っていない。
コイツを削って刃物を作る」
コツン、とオレの牢屋に金属製の物体が投げ込まれた。
ベンケイが「使え」と言ってくる。
投げ込まれたそれに近づき、凝視する。10㎝から15㎝ぐらいの刃物だ。刃の反対側は平べったくなっていて、平べったい方を下にすれば床に立てることができそうだ。
「ワシは刀鍛冶もしていたからな。
こんな環境でも刃を作るのは容易い」
「……お前も、オレと同じようなこと考えてたのか?」
「白魔力を持っていたからのう。
腕を斬って手錠を外し、また腕をくっ付けることはできる。しかし、ワシ1人じゃ戦力的にも情報量的にもきつかったしのう。ゆえに諦めていた」
刃物の平らになっている部分を床に向け、立てる。
刃の縦の長さも横の長さも腕を斬るには十分だ。
「……言っておくが、白魔力はくっ付けることは簡単じゃが失ったものを再生するのは困難。
ワシの力でおぬしの腕と手をくっ付けることはできるが、短い時間で失った血液を全て再生するのは不可能じゃ。例え作戦通りいってもおぬしの体は貧血状態になる」
「失ったものを再生するのは難しい……ってことは、もし切り離した手が無くなった場合、手を再生するのは……」
「最低でも3日はかかる。
パーツがあるのとないのとでは全然違う。
人体のように複雑な構造で無ければそうとも限らんがのう」
白魔力について詳しく聞くのは初めてだな。
「腕を斬るのはもう少し待て。おぬしの体を観察しておきたい」
「それも再生に関係あるのか?」
「白魔による再生に必要なのは元の形をよく知っていること。
元の形を知らなければ再生の難度は更に上がる」
それも初耳だ。
再生に必要な条件は二つってわけか。
1、欠損したパーツが近くにあること。
2、欠損前の元の形を白魔術師が知っていること。
この条件が欠けるほど、再生には時間がかかるってことだな。
そういやシュラはバリューダの傷の手当てに時間がかかってたな。あまり深い傷じゃなかったのに。
あれは条件を二つとも満たしていなかったからか。
どっちの条件も、再生者には関係なさそうだ。
「ベンケイ。私と貴様はその男より総魔力量が多い。
魔力をある程度消費する必要があるぞ」
「かっかっか! ワシらだけリスクなしとはいかないか。
仕方あるまい。電気マッサージを存分に受けるとしよう」
呼吸を整えろ……痛みに備えろ。痛みのショックで死ぬのだけは避けないと……。
「ふっ、ふっ、ふっ!」
ヤバい。息がどんどん荒くなっていく……!
「落ち着け!
痛みに備えるな。痛みを堪えようとすると気が張り、感覚が敏感になる。海を想像しろ、静かな波の音を脳に響かせるんだ」
「へい」
「おぬし、そのままじゃ舌を噛むぞ。
上を脱いで袖を噛め!」
「へいへい」
ベンケイの指示通り服を脱いで袖を噛む。
時間をかけちゃダメだ。
瞬時に両腕を斬り落とさないと意識がもたない。
「すぅ」
落ち着け。
深呼吸。
落ち着け。
深呼吸。
波の音……波の音……。
「――」
腕を振り上げる。
頭の中を巡る、想像の痛み。
『きっとこんな感じの痛みが来るのだろう』と、反射的にイメージし、体を強張らせてしまう。
備えるな。気を張るな。
一番、心が静かになった瞬間に――振り下ろせ!
ガッ!!
「――ぐ、ぎゅう……!!?」
右腕を刃に叩きつけると、痺れと灼熱の痛みが脳に叩きこまれた。
腕は切断できず、肉を裂いて骨で止まる。
どくどく、と零れる血の感覚がひたすらに気持ち悪い。
――命が溶ける音がする……!
灼熱の痛みが去り、冷たく鋭い痛みが込み上げてきた。
「ぎいいいいいいいいいいっっ!!!」
布を噛んでいなければとんでもない奇声が出ていただろう。
痛みの信号が最高潮に到達する前に刃を食い込ませたまま腕を上げ、地面に叩きつける――!
「じいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!?」
骨は通ったけど、その先の筋肉で止まった。
右手の感覚が完全に消え、吐き気がする。右手が無い違和感が胸の中で濁る。
いつの間にか涙が零れ、歯ぐきからは血が出ている。
心臓が異様に高鳴っている。ドクンではなく、ビクンビクンと脈が鳴っている。魂の警鐘が心臓から鳴っている。
――いだい。
「いがい……!!」
いだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだいいだいだいだいだいだいだいだいだいだい――!!!!!!!!
「がああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」
右腕をもう一度刃に叩きつけ、完全に腕を切断する。手錠の重みが左腕に全て乗っかる。
血液が床に溢れる。その血液の量を頭で理解する前に、左腕を刃に向かって振り下ろす。
「□□□□□! □□、□□□□□□□□□□!」
「□□! □□□□!? □□□□□!!」
ニーアムとベンケイがなにか言っているけど、痛みのせいでなにも聞き取れなかった。
頭が真っ白――いや、真っ黒になるぐらい、痛みが脳内を埋め尽くした。
頭が真っ黒な状態で、全身で左腕を刃に叩きつけた。もう一度振りかぶったところで自分の手が地面に二つ転がっていることに気づき、赤魔で全身を強化し、筋肉で傷口を絞める。
血みどろの手錠はいつの間にか壁に叩きつけられていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
鼻水と涎と涙と血がしみ込んだ袖を口から離す。
「や、やりおった……やりおったなぁ!!
おぬしは間違いなく傑物じゃ!!!
はっはっは!!! こりゃあ、良いものを見た!!」
「くそ、ここからじゃ様子が見えん!
おい、大丈夫なのかドブネズミ!」
地面に目を向けようとして、咄嗟に目を瞑った。
とても直視できる物じゃないと、一瞬で判断した。
管の前に落ちているパンの包み紙に近づき、自分の血だまりに右足の親指を浸して、紙に魔法陣を描き込んだ。次に自分の左足の甲に字印を描いた。
紙を丸めて右足の指で挟み、ベンケイの牢屋に投げる。
「――ベンケイ! 手筈通り頼むぞ!」
「ああ、わかっておる!
おぬしが封印されている間に己の魔力を減らし、紙を破けばよいのだろう!?」
「そうだ。任せるぞ!!
――封印ッ!!!」
オレの体は消え、包み紙の中に吸い込まれた。
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気づくと目の前にはベンケイが居た。作戦通りだな。
ベンケイを同様に封印、解封し、手錠から解放する。一度腕の傷を再生で埋めてもらった後、封印→解封を繰り返して、鉄格子をかいくぐり牢の外へ脱出。
オレの牢屋の鉄格子の隙間から右手と左手を拾ってもらい、白魔力で接合。
脱ぎっぱなしになっていた囚人服を回収して着直す。
「よし、よしよし……!
うまくいった!!」
オレとベンケイは鉄格子の外で並び立つ。
「これで――」
「脱出成功じゃ!!」
「待て」
ボロボロの囚人服を着た、金髪ロングのお姉さんはぐったりとした様子でこっちを見上げていた。
以前、見た時のような純潔高貴な恰好をしたニーアム様はそこにはいなかった。裏通りの隅っこで酒瓶抱えて眠るオヤジのような服の乱れよう。ただ、こんな服を着せられていてもニーアムの顔はプライドの高さを忘れておらず、眉は尖り、目には獣のような野性味がある。
「私を解放しろ。ぐずぐずするな」
なんだいその態度は。
「よし、いくぞベンケイ!」
「応ッ!!」
「貴様ら……!」
冗談冗談。
ニーアムを封印し、解封して外に出す。
裸で解封されたニーアムはすぐさまオレとベンケイの目を潰し、服を着直した。
ようやく全員の準備が完了する。
「まずはどこに向かう?
ワシはぬしらの指示に従おう」
「おう。じゃあまずは」
オレはベンケイの頬を黄魔を込めた右拳で殴った。
「烙印」
「むっ!?」
「お前を封印する」
オレの右手にはベンケイの名が書き込まれた紙がある。
「――封印」
「は、謀ったなああああああああああああああっっ!!!!?」
紙にベンケイは吸い込まれ、封印される。
「悪いな。如何なる事情があろうとも、凶悪犯を逃がすのは気が引けるんだ」
「酷い奴だな。利用するだけ利用して封印か」
「よく言うぜ。その手に握ってるのはなんだよ?」
ニーアムは握った右拳を開く。
手の中にあったのは――鋭く尖った鉄の破片だった。
「……。」
「おー、よく切れそうな破片だな。
怖い怖い、その凶器でなにをしようとしてたんだか」
「如何なる理由があっても重罪人は逃さん」
「アンタよりオレの方が幾分か良心的だ……」
すぐ側の牢屋にベンケイが封印された紙を投げ入れる。
「さぁどう動く?」
「まずは私たちの装備を回収する。
目指すは押収物保管庫だ。片っ端から襲撃する」
「りょーかい」
ニーアムの背中を追い、地下牢獄から階段を上がっていく。
「ドブネズミ、これを使え」
ニーアムは鉄の棒を2本形成し、1本をオレに手渡した。
「貴様ら! そこでなにを――」
地下牢の異変を感じ取ったのか、騎士が3人降りて来た。
オレとニーアムは鉄棒を振り抜いて3人を気絶し、地上へ出る。
次回から6話連続で別視点!
シールの視点のみ追いたい方は百四十話へ!