第百十四話 退屈嫌いの2人
「ここが姫様の部屋か……」
外観でなんとなくは想像していたが、1人部屋にしては広すぎる部屋だ。ディストールのオレが居た牢屋の5倍くらい広いぞ……。
踏みつけるのを躊躇われるふかふかの高そうなカーペット。高そうな絵画に高そうなシャンデリア。――シャンデリアは高くて当たり前か。
極めつけは4人ぐらい寝れそうなデカすぎるベッド。飛びつきたくなるぐらいモコモコしている。
姫様はカーテンに遮られた窓の前で立ち止まり、オレに背中を見せる。
「単刀直入に聞きます。わたくしの脱走を手伝ってくれませんか?」
「無理です」
「即答ですか……」
脱走姫というあだ名があるだけあるな。まさか脱走を提案してくるとは。
「お前……いや、貴方様は警護に新人が入る度、同じ提案をしているのですか?」
「はい……あの、すみません、敬語はやめてください。年は近いみたいですし……」
「姫様だって敬語じゃありませんか」
「わたくしは癖みたいなものです……貴方はどこか無理して使っている様子でしたので……」
敬語は苦手だ。年上相手ならまだしも、同世代に使うとなるとどうも突っかかる。あっちがそう言うならタメでいいか。
姫様はこっちを向く。
改めて本当に美形だな、思い描いていたお姫様そのものだ。心配なのは胸部以外の部分が細いところ。女性にしても細い。
「ど、どうしてもダメでしょうか?
今日か明日、どちらかでいいんです。どちらかでいいので、外に出たいのです……」
「建国パレードに参加したいってわけか。
やめとけやめとけ。祭りの日は特に血気盛んな輩が多い。お前みたいなお姫様はおとなしく部屋に居た方がいい」
扉の方へ足を向ける。
見なくても走り慣れていないとわかる、まばらな足音が背中に近づいてくる。右手を柔らかい手が掴んできた。
「……あのな」
体を反転させると、瞳に涙を溜めた少女が居た。
「――お願いします」
少女の涙に押され、少しだけ考えてみることにした。
ここで姫様に手を貸し、脱走するとしよう。そうすりゃ皇族に恩を売ることができる。姫様の権力を利用して、色々と動きやすくなるかもしれない。
いいや、ダメだな。
このお姫様にそこまでの力があるとは思えない。シンファの態度もどこか姫様を……悪い言い方をすると舐めていた。それは威厳がない証拠だ。
姫様と騎士団、どっちに恩を売るべきかは決まっている。
「悪いけど……」
「――退屈なのです!」
姫様の言葉が、オレの口を止めた。
「……わたくしの体が弱いからと言って、お父様はわたくしをお城から出してくれません。
小さい頃はそれなりに自由を与えられ、パレードにも参加することを許されていました。でも、7歳の時に熱で倒れてからは一切外出を許してはくれなくなりました。
ずっと、ずっと変わらない景色を見るのはもう、飽きたのです」
いつかの自分の姿が姫様に重なった。
「退屈は……嫌いです」
姫様が諦めたように手を放す。
そうか、コイツにとってはこの広い部屋は牢屋と変わらないのか。
何一つ、変わらない世界で過ごしている。食事と教養のみを与えられ、グルグルと日常を回る。
――退屈だろうな。
「お姫様との脱走劇か……」
定番だな。
定番だが、実際にできる奴はそう居まい。
ちょうどオレも退屈していたところだ。つーか祭りの日にずっと城に籠って警備なんてお断りだ。
離れていく姫様の右手を、今度はオレから掴んだ。
「――良い暇つぶしになりそうだな」