第百十話 護衛依頼
ソナタが挙げた容疑者5名、内3名はここに居るシンファにグレンにマルコ。
残りは帝都のどっかに居るニーアムに……マザーパンクに居るであろうパールか。
全員騎士団だな。さてさて、騎士団長はどう反応するかな?
「理由を述べろ」
騎士団長の表情は変わらない。
騎士団内部に自分の妻を殺した奴が居るのかもしれない。その可能性を前にして、まったく動じないか……。
「事件の詳細を資料で確認しましたけど、信用できる記述が少なかったため、この事件に関する情報のみで容疑者を絞り込むことはできませんでした。
なので、別件から考察してみました」
ソナタはそう前置きし、
「例の“再生者流出”の件、聞いてますよね?」
爺さんが封印した4人の再生者(屍帝、泥帝、あと2体不明)が騎士団から盗まれたって話だな。
「やはり、アレが関係しているか。
“再生者流出”の主犯として、疑われたのはお前が今並べた5名だ」
「はい。ズバリ、“再生者流出事件”と“神隠し事件”の主犯は同じだと考えています。
アインさんが無実だと仮定して、“神隠し事件”の主犯の目的はなんだったと思いますか?
――はい! シンファ隊士、答えてみて!」
「なっ!? 急にお前は……!
えっと、そうだな……目的、目的は……」
「はーい、時間切れ!
ボーっとしてちゃダメだよシンファ隊士!」
「ぐっ!」
「ソナタ隊士の言う通りだ。
私を前にして、眠そうな顔をするな」
「はい。すみません騎士団長……」
シンファは頭を下げつつ、ソナタを睨んだ。
ソナタはシンファの睨みを口笛を吹いて知らんぷりする。
「マルコ隊士はわかりますよね?」
「アイン=フライハイトの排除、
あとは……そうね、封印術の解除法かしら?」
封印術の解封法?
「ピンポーン! 僕も全く同じ意見。
騎士団長がアインさんを捕まえた後、研究所を調べると封印術に関する書類のみが無くなっていた。パール隊士がアインさんにそのことを聞くと、身に覚えがないと言っていたそうです」
封印術に関する書類が研究所から盗まれた?
ニーアムはオレが封印術を使うのを見て、刃を向けてきた。あれはこの件と関係があるのか?
「封印術の書類を持ち出したのは状況から考えるに“神隠し”の主犯でしょう」
「そうだとして、“神隠し”と“再生者流出”がどうして関係する?」
「アインさんが死に、封印が弱まっていたとはいえ、棺を盗んですぐに再生者を解放するにはアインさんの知識が必須です。アインさんの研究書類を持っている神隠し事件の犯人が“再生者流出”を手引きし、解封を行ったに違いない」
“神隠しの主犯”=“再生者流出の主犯”と仮定。
後者の容疑者は=前者の容疑者になる。
ソナタは“神隠し”の方から主犯を絞り込むのは無理だと判断し、“再生者流出”の件から主犯を絞り込もうとしているわけか。
ヤバいな……段々と眠くなってきた。
大事な話だとはわかっているけど、話が小難しい。脳が理解を拒む。
集中しろ、集中……。
「う~んと?
オレは“再生者流出”についてほとんど詳細を知らないんだが、
なんで“再生者流出”の主犯がお前の言う5人に絞られたんだ?」
「再生者を封印していた棺は極秘に厳重なセキュリティの中に隠していたからね。
アレを同時期に全部盗むには警備の情報が無いと不可能だ。
4つの棺の場所、そして警備の情報、どちらも知らされていたのは大隊長、親衛隊、騎士団長だけなんだよ」
そういやフレデリカのギルドを嵌めた奴も騎士団員だって話だったな。
あれを仕組んだのも同一犯の可能性があるのか――
「どれも推測の域は出ない」
ソナタがひとしきり情報を吐き出したところで、騎士団長は座り直した。
「封印術の書類が研究所に無かったのは事実だが、もしかしたら予めアイン=フライハイトが持ち出していた可能性もある。
棺の封印も、アインの知識なしで解かれた可能性もある。
警備の情報が無くとも、盗みに特化した魔術を使える者なら盗める可能性もある。
棺の場所についても全く別の要因でバレた可能性もある」
「仰る通り」
「しかし、無論、ソナタ隊士の推測が合っている可能性もある。
親衛隊と大隊長が怪しいというのはわかった。大隊長であるお前と親衛隊の残り2人がリストから外れているのは確か……」
「僕は“神隠し”が起きている時も、再生者が流出した時も帝都に居なかったので。
親衛隊隊長殿も同様の理由です。メグルちゃ……メグル隊士は“神隠し”の時はまだ魔術学院の生徒で、親衛隊に入ったのは再生者が流出した後です。なのでまずないかと」
「そうだな。お前は確かにずっと帝都には居なかった。お前もアイツも招集命令を無視しサボっていたからな」
「あははは! おかげさまで疑われる心配が無くてよかったです! ――いだっ!?」
ソナタの右足をシンファが思い切り踏みつけた。
騎士団長は目を起こし、ソナタをジッと見て威圧する。
「――私はどうだ? 私も条件的にはありえるはずだ」
「騎士団長様は奥様が……」
「お前が私をリストから外した理由はわかっている。
私の機嫌を損ねないためだろう? 捜査を円滑に運ぶために」
「いや、しかし……」
「私はやっていない、と思っている。
しかしこの魔術がはびこる社会で絶対などない。
黄魔……支配の魔力で操られ犯行に及んだ可能性は大いにある。
――ソナタ隊士。やるなら徹底的にやれ。容疑者追加だ」
と、騎士団長は自分の名前も容疑者リストに追加した。
徹底的に……その言葉の裏に、絶対に黒幕を許さないという意思が見える。
「容疑者6名の家を漁れ。私が許可する」
なるほど、自分の家も探らせることで他5名に『嫌だ』とは言わせない魂胆か。
騎士団長が率先してプライベートをさらけ出すのに、他の奴らはNOとは言えないよな。
「ちょっと待て。パールのオッサンはさすがにあり得ないだろ。だってアイツは……」
「会長」
ソナタは首を横に振る。
ソナタも本音ではパールを怪しくないと思っているのだろう。多分、親友であるシンファのことも。だが、騎士団長の言う通り、徹底的にやらなきゃダメってことか。
「家宅捜索も含め、調査の開始は建国パレードの後、3日後から始めてもらう」
3日後か。
理由はわかる。
「騎士団が警備で動けないからだろ?」
「そうだ」
「別にオレ単独なら明日から動いてもいいだろ?」
「……それも待ってほしい」
「……?
なにか問題あるか?」
「お前には明日、我々の手伝いをしてほしい」
「手伝い?」
「お前は、脱走姫を知っているか?」
脱走姫――知らん。
「皇女様だよ会長。
平たく言うとこの国のお姫様だ」
「脱走姫……名をノヴァ=フォン=ファルバート様と言うのだが、
先日、パレード中に彼女を暗殺するといった内容の手紙が皇城に送られた」
あーらら、大変だ。
「オレになにをしろと?」
「彼女の護衛に親衛隊と共に加わってほしい。
封印術は護衛向きだ。例えば彼女が重傷を負っても、お前が封印すれば体の状態を維持できる。その間に白魔術師を揃え回復させることが可能だ。
加えて、いざという時には彼女を封印してどこかに隠すことも可能。あらゆる面で封印術は役に立つ」
ハッキリ言ってめんどくさいな……護衛することで何が利益があるわけでもない。
「会長、ここは引き受けておいて、騎士団に貸しを作っておくと後々動きやすいと思うよ。どうせ騎士団が動けないパレードの2日間はロクな調査ができないだろうからね」
うーむ、一理あるか。
「――はぁ、わかったよ。
引き受けた」
「助かる。これで私の用件は以上だ。
お前から聞きたいことはあるか?」
「護衛にオレの仲間も加えていいか?」
「ダメだ。皇城にそう多くの部外者は入れられない」
「鼻の利く奴が居る。
転移術っていう便利な術が使える奴も――」
「え? そのお仲間さんってもしかして……!」
ずっと黙っていたメグルがキラキラした目で見上げてきた。
「ダメだ」
「さすがに、ここは諦めるしかないねぇ会長」
「……了解だ」
「他に聞きたいことはあるか?」
地下室の鍵――は伏せておくか。
容疑者が4人も居るこの場所で地下室の存在を公にするのはリスクが高い。
「ないよ」
「そうか。ならば退出しろ」
こうして、騎士団長室での話し合いは終わった。
まとめると、容疑者は6人。
・ギルバート=ジュライトス(騎士団長、マッシュヘアーのオッサン)
・パール=ジェイルド(大隊長、オレの剣の師匠)
・ニーアム=ノブル(大隊長、封印術大好き女)
・シンファ=ラドルム(親衛隊、ソナタの親友)
・グレン=ルーフス(親衛隊、レア馬鹿)
・パンズ=マルコップ(親衛隊副隊長、カッコいいお姉さん)
オレから見てもソナタの話は推測に推測を重ねたものだった。つまり信憑性は微妙だ。コイツら以外が黒幕の可能性もある。
本格的に動けるのは3日後か……。
明日は脱走姫とやらの警護を親衛隊とやる羽目になった。別にいいか。親衛隊には容疑者が3人居る。隙を見て問い詰めることはできる。
しかし、なんだろうな……このなんとも言えない違和感は……。
胸の内にずっと濁りを感じる。