第百五話 三人目の来訪者
宿屋〈ビーズパーク〉。
背後に高い家が建っており、ソナタの言う通り陽があまり当たっていない。
外装は普通のレンガ調の宿だ。横に広く、窮屈そうでもない。
ドアを押して開ける。
入って右手側に受付があった。受付のお姉さんと交渉をし、ベッド二つある部屋を男女それぞれってことで二つ取った。
階段を上がって部屋に行く。男部屋は201、女部屋は隣の202だ。
オレとシュラは別れ、それぞれの部屋に入る。部屋は広く、ベッドだけでなくテーブルや椅子、クローゼットなども置いてあった。荷物を置き、ベッドに飛び込み、天井を見上げながら欠伸をする。
「……暇だし、外を見て周るか」
周辺の地理を頭に入れておこう。
部屋を出る。
隣の部屋、シュラの居る部屋の扉をノックする。
「……?」
返事が返ってこない。
「シュラ?」
扉を開けると、正面に大の字になってベッドの上で眠っている少女が居た。
「すぴー……」
寝言で『すぴー』とか言う奴はじめて見たな……。
ナイト様はお疲れのようだし、オレ一人で出るか。
シュラを宿に残し、宿を出る。
久々だな……単独行動は。
腹はさっきパン食ったから減ってないし、飯はまだいいや。
祭り前でどこの店も準備中……景色を楽しむか。
帝都の整理された道を歩く。
南通りに出て、喧騒の中を縫って歩く。
『明日のシフトだけど、メイさんが昼休憩に入るタイミングで――』
『客のために椅子用意した方がいいか?』
『椅子出すと通行人の邪魔になるので、
出しちゃダメですよ』
『パレード始まったら一旦店閉めるから、
その間に仕込みを……』
『おい! 皿が足りてないぞ!
さっき買ってこいって言っただろうが!』
『すみません! す、すぐに買ってきます!』
祭りそのものも好きだが、祭り前日のこの慌ただしい空気も嫌いじゃない。
『3~6番隊は南通りを見回りしてくれ。
残りは……』
祭りの準備をする民衆に紛れて騎士の姿もちらほら見える。大変だな、一番事故とかもめ事が発生する時期だもんな。
「ん?」
ふと、青い髪が目に入った。
巡回する警備の中に、見知った顔があった。レイピアを腰に携え、騎士団で統一された軽装鎧を身にまとう麗人。
――イグナシオ=ロッソ。
シーダスト島で共に戦った仲間だ。
誰か他の騎士と話している。
「イグナシオ!」
人ごみにもまれながら、オレはイグナシオに手を振る。
イグナシオは声に気づき、オレの方を見た。
「シール? シールではないですか!?」
――オレは自分の行動を後悔した。
イグナシオが話していた相手、その相手もこっちを見たのだ。
恐らくはイグナシオの上官。金色の髪、くすんだ青色の瞳、キツめの目つき――へそ出し鎧を付けた女性だ。
ディストールの牢を訪ねた四人の内の一人……
「イグナシオ隊士、君の知り合いか?」
ニーアムが居た。
――『よいかシール、彼女の前では絶対に封印術を使うな』
パールの言葉が頭の中でぐるりと回った。