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第一話 人生ノート“起”


 これまでの人生をノートにまとめるなら一ページで終わるだろう。



 起承転結の“起”にすらたどり着いていない。オレの人生は寝て起きたの繰り返しで、特筆すべきことはほとんどない。


 オレの“人生ノート”は空白で埋め尽くされている。

 ただ、一つだけ書ける事件がある。半年前のことだ。


 ――半年前、オレは見知らぬ女子を暴漢から守った。


 オレはこの時、なんらかの冒険譚でも読んでいて正義感に燃えていたのだろう。路地裏に女子が連れていかれるのを見て後を追い、暴漢を背後から木の棒で殴って気絶させた。


 女子は“ありがとうございます”と頭を下げ、顔を青くして足早(あしばや)に立ち去った。もうちょいなにかあってもいいだろう……と思っていたら、オレの肩を完全装備(フルアーマー)の騎士が掴んだ。


 話を聞くと、オレが殴って気絶させたのは領主様の息子だったらしい。オレは領主様の息子を殴った罪で懲役1年を課せられた。半分冤罪のようなものだが、オレの弁護人は誰もおらず、(オレ)の弁解なんて意味を成さなかった。正義の味方なんて、権力の(もと)じゃ無力で無価値だと思い知った。


 いや、価値はあったか。

 おかげで人生ノートは数行埋まった。含蓄のある、良い話だ。

 これから先、オレの人生ノートが一冊書き切れることはないだろう。精々4ページが限度だ。大体40ページで一冊、人間一人分の人生だとすれば、オレの人生の厚みは常人の十分の一ほどか。


 悪くない。

 こんなもんだ、オレの人生なんて。


 そう思っていた。

 あの爺さんに出会うまでは……




 ---




――鉄格子から見る空は綺麗に見えた。


 外で見る空は美しく見えないのに、牢屋から見上げる空は美しく見えるのだ。影から見る光が眩しく感じるように窮屈な場所から見るからこそ、自由の象徴である空は映えて見えるのかもしれない。


「あと半年、か……」


 本棚、勉強机、トイレ、木椅子が二つ。後は敷布団と掛け布団のセットが二つ。

 変わらない、いつもの景色。


 つまらない正義感で投獄されてから半年が過ぎた。

 懲役1年のオレはあと半年で解放される。


 ここに来た時こそ三食でてくる環境に感謝したが、毎日同じ景色で生きることは思っていた以上に辛いものだった。


 同じ部屋で起きて、

 同じことをして、

 同じ時間に寝て……別にこの監獄が悪いわけじゃない。囚人を痛めつけたりしないし、労働も運動も適切だ。


 ただ()()()()()()


 退屈な日常を一変(いっぺん)させる変化が。いつもの朝食にプリンをプラスする程度でもいい、些細なことでいいから変化が欲しい。同じ一日を繰り返すのはもう飽きた。外で生きていた時も同じようなことの繰り返しだったが、いつも景色は違っていた。


 退屈だ。

 飽きた。


 ここであと半年……気がおかしくなりそうだ。10年、20年もここに居る連中は発狂したりしないのだろうか。

 オレは鉄格子から目を離し、掛け布団に潜りこんだ。


「起きているか? 囚人番号089」


 オレの監獄内での番号(なまえ)が呼ばれた。聞き慣れた男看守の声だ。


 牢屋の布団の上でオレは寝返りをうつ。看守が不機嫌そうに眉をひそめているのを見てオレは慌てて立ち上がり頭を下げた。


「お勤めご苦労様です。なにか御用でしょうか?」

「うむ。実はな、今日からこの部屋に新たな囚人を入れることとなった」


 新たな囚人、オレからすればやっと来たのかというところだ。

 オレの居る牢屋は広い、大人6人が大の字で寝れるぐらいに広い。

 なのにこの半年の間、オレ以外の囚人がここに来ることはなかったのだ。他の牢屋の囚人はすべて一室に二人以上住んでいると言うのに。


「こっちだ。早く来い」


 看守が手招きし、ヨタヨタと弱々しい足音が牢屋に近づいてくる。

 看守の影から現れたのは背の高い白髪の爺さんだった。


 多少のガッカリ。


 そりゃ絶世の美女が来るとは思っていなかったけど(牢屋は原則男女別だし)、せめて同世代の奴が来れば話し相手ができたのに。

 こんな爺さんじゃ“変化”にはなりえないな。


「これから世話になるよ。少年」

「……どうも」


 囚人番号118。全てを諦めたかのような虚ろな瞳をしていた。


――この爺さんとの出会いから、オレの人生ノートは何冊も書き満たされていくことになる。


 オレの人生に起承転結があるのなら、ここがきっと“起”だったのだ。



---



 囚人番号118(爺さん)は部屋にある本を片っ端から読み始めた。

 勉強机を独占し、ひたすら本を読んではブツブツとなにかを呟いている。オレは関わるまいと布団にくるまるが、数十分過ぎた頃――


「少年、名はなんと言う?」


 オレの胴体を跨いで爺さんは聞いてきた。


「……シール」

「シールか。ファミリーネームはなんと言う?」

「オレは物心つく前に親に捨てられているからファミリーネームは知らん。名前は自分で考えた」


 爺さんの目に微かな同情が見えた。


 余計なお世話だ。

 親に捨てられたことなんてどうでもいい、きっと捨てざるを得ない事情があったのだろう。考えるだけ無駄だ。両親が居ないことも特に何とも思わない、はじめから居ないのだから居なくてどうこうと言う感情は生まれなかった。

 家族が羨ましいと思ったこともない。

 だから同情するな。()()()()嫌いだ。


「そうか。ならばシールと呼ばせてもらう。私のことは気軽にバル(おう)と呼んでくれ」

「あっち行ってろ爺さん。オレは眠いんだ」

「待てシール、一つ聞きたい」


 オレは「なんだよ」と不機嫌そうに言う。

 爺さんは手元の分厚い本を掲げてオレに聞いてくる。


「新しい本は看守に言えばくれるのか?」

「まったく……爺さんは視野が狭くて嫌になる」


 オレは気だるい体を起こし、牢屋の隅にある小さな本棚を指さした。本棚には児童書から何百ページとある専門書まで計20冊が格納されている。


「あの本棚が見えないのか? あそこにまだまだ本が詰まってるだろ」

「いや、あの本棚にある本は全てもう読んだんだ」


 オレは「は?」と口にし、もう一度本棚を見た。


「配置が変わっている……」


 本棚にある本はこれまでオレしか触ってこなかった。ゆえに、本棚の配置に変化があればすぐに気付く。一番上の棚にはお気に入りの本を、二番目の棚には専門書を中心に、三番目の棚には児童書を中心に置いていた。なのに、その全ての配置が狂っている。


「あんたが来てからまだ一時間も経ってないだろ。

 それだけの時間で、ここにある本全部読んだのか?」

「そう難しい事ではない。

 コツさえ掴めば一分で一冊読むことなど容易いものだ」


 嘘をつけ。

 絵本とかならまだしも、専門書や冒険譚は何百ページもあるんだぞ。一分で一冊のペースで読めるはずがない。


 オレは無造作に本棚の本――〈勇者ソロンと悪魔竜〉という英雄譚を手に取り、その122ページ目を開いた。


「〈勇者ソロンと悪魔竜〉第三章、二段落目。

 命乞いをする小物悪魔にソロンが吐いたセリフは?」


「“穢れなき正義の使者なら悪魔の命乞いにも耳を貸すだろう。しかし、私は正義の使者でなければ穢れがない善人でもない。人を犯し、殺し、喰った悪魔に貸す耳はない。ただの戦士である私が貴様に与えることができる義理は介錯しかない”

 ――122ページ目、7行目から9行目に渡って書かれたセリフだ」


 一字一句間違いなかった。

 オレは本を棚に戻し、爺さんに期待を込めた視線をやった。


「もう一度名前を聞いていいか?」

「バルハ=ゼッタ。79歳、男性」

「どんな罪を犯してここに来た?」

「……人体実験」


 心臓が一気に冷えた。

 だが冷えた心臓はすぐさま腹の底から湧き上がる好奇心と言う熱気で燃え上がる。


――退屈が、溶けていく。


「アンタ……何者だ。外ではどんな職についていた?」

「色々やったが、()いて言えば封印術師(ふういんじゅつし)


 封印術師。聞いたことがない。


「“聞いたことがない”って顔だ。そりゃそうさ、封印術師はこの世でただ一人……私をおいて他に居ないからね。マイナーなんだ」


 メジャーだろうがマイナーだろうが関係ない。

 この爺さんは今までオレが出会った人間の中でも間違いなく異質、見たことの無いオーラを纏っている。



――良い暇つぶしになるかもな。



 オレは思わずニヤけた口元のまま、爺さんに問う。


「封印術師って、なにをするんだ?」


 爺さんはオレと目を合わせてきた。

 数秒の静寂。オレから何を感じ取ったのか、爺さんは絶望しかない瞳に一筋の希望()を灯し、笑った。


「興味があるのかね?」

「アリアリだね」


 こうして、オレは爺さん……バルハ=ゼッタの弟子になった。

 釈放まで残り半年、退屈はしなさそうだ。

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