37 ◇エリックルート【完結】戴冠式 前編
出番前ってそわそわするよね。
もうすぐなのになかなか始まらない。
だから私達、幕間でとりとめのないお話してる。
「はあ、もうすぐ出番か…緊張するな」
「本当だ、緊張してるねー」
「え、なんでそんな嬉しそうなの」
「緊張エリック面白可愛いから。って、え、ちょっ…なになに?」
「よし、一緒に行こうプリシラ。スピーチは任せた」
「いやああ」
「とまあそれは冗談として」
「はあよかった冗談で」
「今プリシラにキスしたいんだよ」
「いやいや何を言ってるのエリック君」
「…けど、出番前に化粧が落ちるのは困るよな?」
「…うん」
「あれ?してもいい?」
「えっと。…あとでね」
「うん。じゃあハグで我慢する」
もうすぐ出番だと言うのにずいぶん余裕だね…と思いながら、エリックに抱きしめられる私。ふふ、温かい。これは確かに心が落ち着くかもしれない。
そう思いながらまったりしていたら、私の髪を持ち上げて首にキスをした。耳にも。こめかみにも。耳の裏にも。普段は聞こえないキスの音と甘い吐息の音がする。
「え…あの…エリック…」
「綺麗だよ…プリシラ。今日から一緒に住めるのが嬉しい。…じゃあ行ってくる」
私の耳元で甘く囁いて、私の髪を撫でて、エリックが表に出ていく。私はへなへなと床に崩れた。
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「今日というよき日に、お集まりいただいたことへ、心からの感謝を。私、エリック・バリー・エドマンドは、これから先の私の人生を、この国の為に…そして、あなた方と、あなた方の大切な方々の為に、捧げることを誓います。」
父王から王冠を賜ったエリックが宣誓する。
その宣誓は、身近にいる大切な人からのプロポーズのような、甘い響きがした。そして集まってくれた国民の人達の熱狂的な拍手が聞こえる。
幕間から覗いていると、エリックの素敵なスピーチに当てられて失神して運ばれてる女性が結構いる。
なんて罪作りな。
っていうか、私この後、エリックの婚約者として紹介されるはずなんだけど…大丈夫かな…恨まれたらやだな。
って、思ってたら即行、呼ばれた。
私は気持ちを切り替えて、にこやかに壇上に進むと、大勢の人々の前でよそゆきモードのお辞儀をする。
「続いて、私の婚約者プリシラを紹介します。とても心がしなやかで優しく、彼女となら私はきっと、この国の方々がより幸せを感じられる国にしていけると考えています。どうか私達と共に…」
そう話している最中に、あちこちから悲鳴が上がった。和やかな式典が一転して緊張に包まれる。
覆面をした賊達が押し寄せてくる。狙いは私達だ。
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今日のように城内が一般開放される日は珍しいからこうした事態は想定していて、護衛や傭兵を必要以上に配置していたけれど。
その多くが今交戦していてすぐには駆けつけられない。
壇上に3人の賊が近づく。
エリックが私の腰をつかんで引き寄せ、私はエリックの首に腕を回して体を委ねる。
あ、キスしたがっていたエリックに密着しちゃったから、賊達が来るまでのつかの間にキスをされちゃった。数秒間の熱くて甘くて、深い、深いキス。
国民達には、私達が死ぬ前の最後の逢瀬を重ねているように見えたみたい。
それで、これから起こるかもしれない悲劇に悲鳴を上げて見つめていたけれど…その後の私達を見ているうちに、人々の声は悲鳴から歓声に変わった。
エリックは私を連れたまま、優雅なステップで賊達の攻撃をするすると避ける。
私達が1年生の時に編み出した回避ステップだ。
回避が余裕過ぎて、合間に本当に踊るから、なんか今、ダンスパーティーにいるみたい。
先ほどまでかかっていた荘厳な音楽も、いつの間にかダンスミュージックになってる。
そういえば今日の音響、助手にライム君がいるんだった。
私はくるっと回りながら、今の状況を見る。
護衛達は応戦を終えた人達もいて、今ようやくこちらに向かい始めてる。
このまま避けるだけでもよさそうだけど…。
「ねぇ、エリック。私もやっていい?」
「うん、いいよ」
そう言ってくれたから、私はひらりとエリックから離れてステップを変えた。




