34 ◆エドガールート ダンスパーティー
前さ、死屍累々のクラスメイトを見て、本当のダンスパーティーは大丈夫なのかな?って思ったことがあったけど…ちゃんとね、上手くいく運用がされてた。
エドガーと踊りたい人は入口で、踊る順番を決めるくじを引くの。そしたら「○曲の○章○節目」ってわかるから、それまで別の人と踊るんだって。
そして、他の人もみんな1小節ずつ入れ替わりながら躍るの。
すると、エドガーと踊る順番が回って来るぎりぎりまで、他の人と踊ることができる。
もちろん、パーティーが進むに従って踊れなくなる女性と踊る人がいなくなる男性が増えてくるわけだけど、会場内に小テーブルと椅子がたくさん設置されてる区画があって、そんな人達はそこに移ってエドガーを眺めながら歓談するんだって。
その時が男性にとっての最大のアプローチチャンス。女性に飲み物とか持っていったりエスコートしながらお話して、そうして結婚まで行くカップルが沢山いるみたいだよ。
私はくじを引かなかった。エドガーはとても人気があるから踊るの大変そうだし…私一人分くらい楽してもらおうって思ったの。
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私はクラスの子と壁際にいる。クラスの子達が躍り終わったら一緒にテーブル席に行こうと思ってる。
「いつもこんな風に会話しながら踊ってるの?」
「ううん、今までは踊ってる最中はただ微笑んで見つめてた。会話してるところは初めてみたよ。…引退と関係してるんじゃないかな?」
「そうなんだ…」
そんな話をクラスの子としながらエドガーを見つめる。
エドガーはね、一人一人と踊る時、優しく微笑みながら何か会話していた。そうすると女性はね、嬉しそうだったり、泣き出したり、反応は様々だったけど、でもとても温かい優しい雰囲気がする。
他の人にエドガーが優しく語りかけるのを見るにつれて、私は心に悲しい気持ちがぽたりぽたりと貯まっていくのを感じてる。でも、見たいと思ったのは私だから、今日は最後まで見ようと思うんだ。
「ふえーん、エドガー先輩素敵だったよう」
「よかったねえ、もう泣かないで?」
「だって、えーん…」
感激して泣くクラスメイトをテーブル席に連れて行って飲み物を持ってきて、よしよしする。そしたら「えーん、プリシラ~」って言って抱きついてくる。よしよし、よしよし。
その子はね「教室で踊ってから、いつも来てくれてたよね、ありがとう。ごめんね」って言われたんだって。あとはもう何話したか覚えてないけど、大勢の中で自分を知っててくれたのがすごく嬉しかったって言って泣いてた。
そして、くじを引いた人達が一通り躍り終わると、エドガーは壁際で見てるだけだった子に振り向いて、手を差し出して、踊る。
きっとこの子達は今までも見てるばかりで、くじを引く勇気がなかった子達。だってね、その子達はみんなエドガーからダンスのお誘いをされると、とてもびっくりするけど泣きながら微笑むの。
とても素敵な光景で私は自分のことのように泣けてきた。
そして、壁際にいた子達とも躍り終わると、エドガーが、私に振り向く。そして、微笑んで手を差し出してくるんだ。こっちにおいでって。だから私は席を立って、エドガーのところに向かう。
エドガーは、本当に、ひとたらし。
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「プリシラが来るなんてびっくりしたよ、今日はどうしたの?」
「エドガーを見たかったの。迷惑だった?」
「まさか。そんなわけないよ」
そう言って優しく微笑むけど、私の目を見てくれない。視線が交わらない。だから、私とは義務で踊っているんだとわかる。
ぽたり、ぽたり。止まってたはずの悲しみの滴がまた心に貯まっていく。
どうして?エドガー。他の人とはちゃんと目を見てお話してたのに。どうして、私のことは見てくれないのかな。
ぽたり、ぽたり。
私いつの間に、嫌われてたの?
エリックが「きっとプリシラの為だよ」と言ったけど、嘘だよ。普段は疲れてて無理でも…ダンスの間だけは、私だけを見て私だけに微笑んでくれると思ってた。
でも違うの。みんなのことは見るのに、私だけ見てくれない。
ぽたり、ぽたり…ちゃぽん。
あ…エドガーが私を見た。驚いた顔してる。
「…どうして、泣いてるの?」
心に貯まってた悲しみの滴が、いつの間にか目からこぼれていたんだ。心が満タンになってしまって、あとはもう、悲しみの数だけ、全部外に出てしまう。
「悲しいからだよ…。なんで私を見てくれないの?…今は一緒にいても寂しいばかりなの。待つっていつまで?待ってたらまた、前みたいに戻ってくれる…?」
もう、私、エドガーが見れない。だって、私を見てないんだもん。目で追いかけるほど、遠い距離に気づくばかりで、悲しくなるから…もう見るの止める。今日を最後にする。
そしたらきっと、この悲しさも、少しずつ乾いて消えていくと思うんだ。
そう思ってうつむいたら、エドガーは曲の途中なのに、みんなが見てるのに、足を止めて、私を強く強く抱きしめた。
「ごめん…一番大切にしないといけないのに、一番ないがしろにしてた。何よりも大切にすべきは、プリシラだったのに…」
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帰りの馬車の中で、久しぶりにエドガーと目を合わせながらお話をする。
「白状するよ。父さんとさ、約束したんだ」
「約束って?」
「栄誉ある仕事につくことと、女性問題を全て解消すること、そして、その間プリシラに必要以上に触れないこと…その3点。…仕事はさ、王宮官僚に内定してるんだ。
でも…社交関係が一番難関だった…。これまで来るもの拒まず踊っていたのを急に辞めることがどうしても難しかった。しがらみもあった。
あと、プリシラを見ると触れたくなるから、なるべく見ないようにしてた…ごめんね。」
「なんで、そんな約束をしたの?」
だってあのダンスは10歳の社交界デビューの時からずっと続いてたことだ。それがエドガーだったし、社交界の常識だった。辞めようとすると号外になるくらいの大事件だ。
「プリシラが欲しくなったからだよ。その約束を果たしたら、婚約を認めると言われたんだ。…もちろん、プリシラが良ければだけど…」
そう言って私を見つめる。私はその目から目をそらすことができない。エドガーが、そんな私の頬に触れて微笑む。
「社交界で誰も選べずに誰とでも踊っていたエドガー・ウィルソンは、唯一を手に入れたくて今必死にもがいてるんだ。」




