3 10歳。お兄様の社交界デビューで聞いたこと
早いもので、前世の記憶を思い出してから5年が経ち10歳になった。
文字の読み書きとかできるようになったよ。
お兄様は12歳になってから学園に通うようになった。
なんで幼少期は自宅学習で、大きくなってから学園に通うのかな?
侍女のマリーに聞いたら、そういえばなんででしょうね?とマリーも不思議そうだった。
「物騒だからでしょうか?貴族の方の初級教育は、家庭教師をつけた自宅学習で学ぶことがほとんどですね。」
「物騒なの?」
「ええ、身分が高いと特に。なのでプリシラ様も、外出の際は護衛をつけて馬車に乗るようにしてくださいね。」
「ふーん、だからお兄様も護衛の人と馬車で通ってるのね。じゃあ平民は?」
「平民は7歳から12歳まで初級学校に通いますね。」
「安全なの?」
「うーん…安全ではないです。でも護衛は雇えないですから…。私の住んでた地域では、集団登校をしていて、自警団が日替わりで通学を見守ってくれてました。」
「なるほど」
貴族もそうしたらいいのにと一瞬思ったけど、貴族の子供たちが固まって動いてたら、小魚の群れを網でまとめ取りみたいな、悪人にとってとてもおいしいことになりそうだと思ったので言うのを止めた。
がっさーっとやられそうだ。おそろしや。
「そういえばプリシラ様ももうすぐ社交界デビューですね」
「うん…」
「あら、怖いんですか?」
ちょっと考えてこくんとうなずく。
「お兄様がね、大変そうだったから」
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末っ子は、上の子を見て自分の未来が予想できるというメリットもあるんだなあと知ったのは、兄の社交界デビューだった。
帰宅した兄に「社交界どうだった?」と駆け寄ると、よろよろぐったりしていて
「プリシラ…お願い…膝枕してほしいんだけど…」
と初めて言われた。
もちろんしてあげたよ。
「ああ、癒される…これはやばい…」
と腰に弱々しく抱きついていた。
よしよし、がんばったね、よしよし。
お兄様の身に一体なにが…。
「お兄様、どうしたの?しんどかったの?」
「うん…しんどかった…」
「どうして?」
「…ぼくとのダンス権を巡って、女の子達が争って、曲が止まった」
「ダンス権を巡って…!?」
「そう…。男子達の刺さるような冷たい視線と、女子達の誰を選ぶのというぎらついた視線。に、さらされ…。大人達もお前がどうにかしろという視線を向けて曲を止めた。踊る曲はせいぜい3~4曲…踊りたがる女子はその10倍…」
「そ、それでお兄様はどうしたの…?」
「踊ったよ、全員と」
「どうやって!?」
びっくりしながら問うと、お兄様がふふっと笑って私のほうに顔を向ける。
あ、顔色が少しよくなってる。よかった。
「"じゃあ一小節単位で順番に踊ろう。ぼくと踊りたい人は周りの邪魔にならないように壁に並んで、踊り終わったら他の人のところにいってね。一人一人にかける時間はほんのわずかだけど、その分大事に踊るからそれで許してもらえるかな?"って感じで聞いたんだ。そしたら異存は出なくて、なんとかダンスパーティーを継続できた」
「おお…」
さすがお兄様。10歳にあるまじき言動。
私なら、そんなことになったら泣いちゃう。
「予想外だったのは、手持ちぶさたの男子も何人か並んでたことかな。」
「踊ったの?」
「踊ったよ」
さすがお兄様。
「あとは手持ちぶさたの男子の何人かが、行列の整理をしてくれて、友達になった。」
「じゃあよかったこともあったんだね」
「うん、疲れたけどね」
そして、それ以来、たくさんのお茶会やパーティーのお誘いがくるようになったものの、ほぼほぼお断りしてるみたい。
たまに、どうしても断れない時だけは参加して、帰宅後に膝枕を所望してくる。やはりとても疲れるようだ。
最近は超ローテダンスに子息子女も慣れすっかり統率がとれており、あたかも一人と踊っているかのようなナチュラルな踊り手交代という噂だ。
一小節毎にドレスが変わる様が見事だと、社交界の名物になっているとかいないとか。