14 閑話休題 エリック視点1
「王子、お時間です。」
「ああ、今行く」
側近の真面目眼鏡が、きっちり15分前に呼びにきた。
外は珍しくどしゃ降りだ。激しく窓を打つ大きな雨粒を見て自室を出る。
今日は月に一度の約束がある日。
歓談室に行くと髪の毛を拭いている令嬢がすでに着席していた。
彼女はすぐ俺に気づいて、おーいと手を振ってくるから、こちらも手を上げて応える。
「いやあ馬車からお城までのちょっとの移動なのに濡れちゃったよ。服貸してもらえたから助かったあ」
と笑う。
「大丈夫?寒いだろ?こんな日まで来なくていいのに」
「えー、当日にドタキャンなんて不敬でしょ?」
「…っ!?お前から不敬とか初めて聞いたぞ…そんな難しい言葉知ってたのか…!?」
「ひどい!?」
そんな軽口を叩きながら、真面目眼鏡に目配せして、膝掛けを2枚持ってこさせる。そうしたら肩と膝に使えるだろ?
この子は、ジュリー・ブロードベント。
一応俺の仮婚約者だ。
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10歳の社交界デビューを終えてから、婚約者を決める為の大量のお見合いを毎日のように受けさせられた時期があった。
これも王子の務めだと、顔に慣れない作り笑顔を張り付けながら過ごしていた日々でこの子に出会う。
「ねえ、お互いお見合いだらけでしんどいと思わない?私もうねやなんだよー」
「そうだな…俺も正直しんどい」
初対面の彼女の意見に同意した俺は、つられて作り笑いを消しうんざりと言う。
「じゃあさ、私提案があるんだけど」
そうして、俺達は、仮婚約者になった。
俺達の中でルールは3つだ。
1つ。どちらかに好きな人ができたら全力で応援すること。
1つ。どちらかが好きな人と両想いになったら婚約解消をすること。
1つ。どちらも成人した時までにいい人ができなかった時は、潔く諦めて、仲良く暮らすこと。
以来、月一で活動報告をしている。
特に学園に入学してからは話すことがとても多い。
一応、ジュリーも同じ学園に通っているけど、学園が大きいせいかすれ違うことはほとんどない。
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「いいなあエリックのクラス、めっちゃ楽しそうじゃん。私のクラスはねえ、身分とかで派閥あったりとか、いじめあったりとか、マウント合戦とかで大変だよ?」
とか言いながら、ジュリーは大変面白可笑しく自分のクラスの話をする。
ブリなんとかさんとマリなんとかさんとエリなんとかさんとかいうクラスメイトが嫌な感じで、男爵令嬢に嫌がらせをしていたのを力業で助けた話なんかは爽快だ。
…っていうか、なんとかさんてなんだよ。
そこまで覚えてるなら覚えられるだろ。
俺はつい昨日の話をした。
少し気になっている子を、傷つけてしまったかもしれない話。
普段ダンスとかで手を繋いだりすることなんてお互いにあるのに、ダンスなら他の人と手を繋いでいても何とも思わないのに。
人差し指でつんつんされたくらいでごちゃごちゃ言うのは失敗だったかもしれない。
いや、でも、つんつんでも、他の人にされるのは嫌なんだ。
そんな話をしたら、ジュリーはとても真剣な顔をした。
「エリックは、それでその子がすねた時、なんでフォローしなかったの?」
「え?してるだろ?ちゃんと俺は答えたし…」
「でも、笑ってなかったんでしょ?いつも楽しそうにしてる子なのに、元気がなくなっちゃったんでしょ?そういう時は、ちゃんとその子が笑顔になるまで、がんばらないといけないの!」
そう、いつにない気迫で言われて、ようやく俺は失敗したんだと知った。
「…もしかしたら、手遅れになっちゃうかもしれないよ?とにかく明日、ちゃんとフォローをするんだよ?」
「…わかった。」
そう、分岐点は昨日通りすぎてしまっていた。
昨日のうちにプリシラの心が大きく動く出来事があった場合、俺は昨日のやりとりをかなり長い間、後悔することになるんだ。




