1 5歳。前世を思い出しました
私が前世を思い出したのは、5歳の時だった。
とはいえ、前世の私はあんまり幸せじゃなくて、うつむいて毎日をやり過ごす日々だったから、今回は幸せになりたいなと思った。
あと、今世の私はとても恵まれているということもわかったの。
だってね、幸せって比較しないとわからない。
私は今までがずっと当たり前と思っていた。
でも前世を思い出して…前世の自分の我慢してたこととか、悲しかったこととか、強がりとか、諦めたこととか、そういうの思い出して泣いた時…。
私が言ってたわがままって、なんだったんだろうなって。
だから、私、今私の周りにいてくれる人達を、大切にしようって思ったの。
いい時も悪い時も側にいて、一緒に笑って泣いて。そういう風に生きようって思ったんだ。
プリシラ・ウィルソン
ゆるふわ金髪の可愛い女の子。伯爵家の末っ子で兄が一人。
前世は容姿がコンプレックスだったし、3兄弟の長女だったから、手のかからないお姉ちゃんでいるようにしてた。
でも本当は兄弟が甘えてるのがとてもうらやましかったから、末っ子になりたいなと思ってたんだ。
だから今、こんなに甘やかされているのかな?
今世は、前世の自分がこうだったらいいなと想像してた自分にしてもらえたんだと思う。
両親もお兄様も優しいし、わがままを言っても向き合って付き合ってもらえる。そしていくつかは叶う。すごいなあ、嬉しいなあ。
今世は、色んなものに興味をもって、大切な人をたくさん作って、たくさん笑って、幸せだったなと笑顔で死ねたらいいな。
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侍女に絵本を読んでもらう。
自分の名前だけは書けるようになったけど、こっちの文字は前世と全然ちがって、そうとう練習しないと習得できなそう。
でも、絵本は文字も少ないし、挿し絵もあるし、歴史がベースになってそうなものも多くて、とにかく面白い。
「なんでぶどうが白いの?」
「西方には白いぶどうがあるのですよ」
「金色も?」
「金色は聞かないですねえ」
「ふーん」
別の絵本に出てた金色ぶどうは創作で、白ぶどうは本当にあるんだ。
絵本のデメリットはどっちかわからないことだなあ。
ファンタジーっぽい世界だからなんでもありそうだけど、区別がつかないまま大人になったら、変人と思われてしまう。今のうちにいっぱい聞こう。
ガシャーン!という音がして、怒鳴り声が聞こえた。
「今の声は、お父様?」
びくっとしてすがりついて侍女を見上げると、私の肩をさすりながら苦い顔で侍女が答える。
「はい、おそらく…エドガー様への教育が過熱していらっしゃるのでしょう…」
「わかった。マリー、またね」
絵本を3冊抱えて立ち上がる。
「プリシラ様、だめですよ」
「やだ、お兄様のところに行く。大丈夫よ、マリー」
侍女に小さく手を振って(大きく振ると絵本が落ちる)3階の勉強部屋に走った。
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コンコン
「誰だ、忙しい、後にしろ」
「お父様、お兄様…」
「ああ、プリシラか、どうしたんだい?」
見上げて目が合うお父様はいつも通り優しく微笑んでいる。
でも、後ろに見えるお兄様はうつむいて、手のひらをぎゅっと握りしめていた。前世の私みたいに。
「私も一緒にお勉強したい」
「そうか、でも今日はもう終わりだよ」
「じゃあお兄様に遊んでもらう」
「…わかった、あまりお兄様を困らせてはいけないよ」
「うん」
お父様と入れ違いに部屋に入る。
机に絵本を置いてお兄様を見上げると顔をそらされた。
めげずにいすによじ登る。そして肩によじ登る。
「お兄様、お兄様、遊ぼ」
「ごめんね、プリシラ、後にしてもらえるかな」
「後っていつ?」
「…しょうがないな、今でいいよ、何がしたい?」
そう言って振り返るお兄様は困ったような優しい顔をしている。
3歳しか離れてないのに、すごいなあ。
「じゃあね、おかあさんごっこ」
「おかあさんごっこ?」
「あっちのソファーまで抱っこして?」
「ぼくがおかあさん?」
「んーん、私がおかあさん」
そう言うと釈然としない顔をしつつも抱っこして運んでくれる。
ソファーに降ろしてもらって2人とも座ってから、にっこりと両手を広げて兄を見上げた。
「おいでエドガー、おかあさんが膝枕してあげる」
「は?や…いやだよ」
ものすごいうろたえるお兄様。嫌がるのも珍しい。
だけど押したらいけることを私は知っている。
「いいからおいで」
「お母様はこんなことしないし」
「お母様じゃなくておかあさんだからいいの」
「ああ、もう…」
ほらやっぱり。プリシラは可愛い妹なのだ。
私と同じゆるふわな髪をなでなでする。
金色同士から銀色が生まれるって不思議ね。
はう。ゆるふわ。手触りがとてもよい。
「エドガーはいい子ね。とってもいい子。」
なでなで、いいこいいこ、なでなで。
「これいつまで続くの?」
「ゆるふわ幸せ」
「プリシラもでしょ。なんか、やることなくてすごい気まずいんだけど…」
「お寝んねしてもいいのよ?」
「はいはい、おやすみプリシラ」
諦めて本当に寝ることにしたらしい。
プリシラのお腹を抱き枕のようにして顔を埋めてきた。
もう後頭部しか見えない。
「うん、おやすみなさい、エドガー」
背中をとんとんとゆっくり叩いてそんなエドガーを見つめる。
お父様は私とお兄様で扱いが全然違うようだ。
お母様も、お兄様には膝枕をしないらしい。
お母様はこんなことしない、とさっき聞いた時は内心びっくりした。
一番上ってそういうものなのかな?それとも、伯爵家の長男は強くあれ、みたいなのがこの世界の慣習なんだろうか。
まだこんなに小さいのに。家を背負って、我慢して、早く大人になろうとしてる。
きっとたぶん、前世の私よりもずっとしんどいだろう。
とんとん、とんとん。とんとん、とん…とん。
「甘えていいよ。いつでも言ってね。」
最後にもう一回髪の毛をなでて、プリシラも眠りに落ちていった。