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マチルダと虹色のゆらぎ  作者: 栗原 あみ
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初めての正装

王都までの旅は、貴族のマナー、教養の勉強に充てられた。


馬車に乗っている間は、カイル先生の講義、ソフィーコーチの所作の訓練。休憩のため馬車を降りれば、カイル先生のダンスレッスンに、ソフィーコーチのカーテシー1000本ノック。


2人ともニコニコしてスパルタすぎる…!でも不甲斐ない主人でいる訳にはいかないものね。頑張れわたし!!


おかげで、毎晩グースカ快眠でした。夜中にトイレに起きると、カイルとソフィーが何やら話している声が聞こえたけれど、聞き耳を立てる気も全く起こらなかった。それくらい眠かった。




さあ、今日はいよいよ王都の魔術学院へ到着する日だ。到着した後には、理事長へ挨拶をした後、ナチュアの測定、学院内の案内、自分の部屋の部屋へたどり着くのはその後になるという。


「今日はいよいよ、正装なさいましょうね!腕が鳴りますわ〜!!」


朝からソフィーが張り切ってくれている。この5日間、毎日寝る前にはパックをしてもらっていたので、お肌もプルプルだ。


「お肌の荒れが落ち着いてきたようですし、今日は少しお化粧もしてみましょう。」


お肌、荒れてたらしいです。毎日、畑仕事で土とホコリまみれだったからねぇ。お化粧や髪結をしている間、ソフィーからの指示で、私は自分の手にハンドクリームを塗り込んでいる。たった5日、されど5日で、カサカサして荒れていた手も、しっとりとしている。手を入れるで、お手入れ、とはよく言ったものだなぁ。うんうん。


さぁ、出来ました!とソフィーが完成を宣言し、私は鏡台から立ち上がった。


ドレスは、腰でキュッとくびれ、裾に向かってふんわりと広がるプリンセスライン。色は胸元が濃い青で、足元に向かってだんだんと白くなるグラデーションなっている。胸元からの青色の部分には、大小様々な真珠が散りばめられていて、まるで夜空の星の様だ。髪は今日は両サイドが編み込みされ、トップからも大きく編み込まれやや低めにまとめられている。合わせ鏡で見ながら説明されたが、どうなってるのか分からない。すごいテクニックをお持ちです。


「おんもっ…!」


「貴族の令嬢が着飾ると、下手な鎧よりも重いとされています。お気張りなさいませ。」


ソフィーが転ばないように後ろから軽く支えてくれる。


「こんなの着て、ダンスやら社交やらするのね…。ご令嬢を尊敬するわ。」


すぐに慣れますよ、とソフィーはニッコリ笑い、そのまま部屋で少し歩いてみた。畑では、背中の籠いっぱいに収穫した野菜を入れて何往復もしたものだ。重さ自体はすぐに慣れたが、貴族のご令嬢は姿勢も崩せない。


部屋の端から端まで、10往復はしただろうか。ようやくソフィーから合格をいただいた。良かったーー!


「まだ5日目ですのに、大したものですわ。」


褒められて、素直に嬉しい。


「さ!カイル様に見せに行きましょう!驚きますわよ〜!」


ソフィーがウキウキとドアを開ける。私は多少の気恥ずかしさを覚えながら、部屋を出て、階下のロビーで待つカイルの元へ歩く。


階段を降り始めると、カイルがこちらを振り向いた。驚いた表情をして、少しだけだけど口が開いたままだ。あのカイルが…とそんなことを考えていたのがいけなかった。


「わわっ!」


「危ない!」


咄嗟に走り込んで来てくれたカイルに腰を抱えられて、転ぶのだけは免れた。


「ごめんなさい。階段がもう一段あったみたい。」


「全く危なっかしいですね。貴方は…」


カイルは、ふーっと溜息をつく。床に下ろされお怪我はありませんかと問われ、大丈夫と答える。ソフィーも側までやってきた。


「マチルダ様、大丈夫ですか?そして、カイル様!他に言うことがあるでしょう?」


そうだったと、カイルが私の前で片膝をついた。私を見上げる彼と目が合う。


「マチルダ様、とても麗しゅうございます。ドレスがまるで夜明けのようで、虹色のゆらぎととてもお似合いです。」


な、な、な!なんでこと言うの〜!恥ずかしい!この体勢も!セリフも!


「お顔が真っ赤ですよ。」


ソフィーが隣でクスクスと笑っている。


「だってこんなこと初めてなんだもの…。なんて答えるのが正解なの?」


「ありがとうございますでいいんですよ。ご自分がこだわった部分などに気付いていただけたら、そのことを話題にすると良いですよ。」


「こだわるって?」


「ドレスや小物の色を、エスコートしてくださる男性の目の色に合わせるとか、その方の領地の特産物をイメージするとか、ですわ。」


なるほどねぇ…。さりげなく相手の縁の品を身につけて、好意を示すのか。うーん!まともな恋愛をしてないから、勉強になることばっかりだわ!って、ライルのことを、思い出しちゃったじゃない。


そう言えば…御者に指示を出して戻ってきたカイルに聞いてみる。


「ねぇ、カイル。王都には士官学校もあるのよね?魔術学院とは離れてるのかしら?」


「士官学校ですか?魔術学院と士官学校は隣接して建てられておりますよ。」


「え!!」


「両校は、食堂を共有しています。」


「ええ!?」


「発動者は数が少ないですからね。食堂を別に作るよりも、共有した方が経費も抑えられます。それに、魔術士になれば、戦闘に参戦することもあります。士官候補生と魔術士見習いが普段から交流を持つことで、いざという時の協力体勢が、容易に築けるーそんな効果も狙ってのことでしょう。」


私があからさまに、げんなりした顔をしていたのだろう。


「士官学校に、嫌いなお知り合いでも?」


「いえ、なんでもないの。」


振られたばかりなんて、恥ずかしいし、誤魔化そうとすると、カイルが表情を厳しくした。


「マチルダ様、まだ私たちはお会いしてから5日しか経っておりません。私のことを信用できないのも無理はございません。」


「信用してないだなんて!そんなこと…」


私の言葉を遮って、カイルは続ける。


「しかし、マチルダ様をお守りするのが私たちの仕事です。お話ししていただけたら、対策を打てることもあります。私としては、1日も早く信頼していただけるように、忠義を尽くすしかないのですが…」


「待って待って!話すわ。話します。貴方を信用してないなんてことは、全くないのよ?」


私は慌てて、カイルの手を取る。するとカイルは、先程までの寂しそうな顔をコロッと変え、ニッコリと悪い顔で笑った。


「それはそれは、嬉しい言葉をいただきました。さ!お話ししていただきましょうか。」


「…騙された…!」


「人聞きが悪うございますね。全て本心ですよ?」


出発の時間になったので、私はそのままカイルとソフィーに馬車に連行され、ライルのことを洗いざらい吐かされた。


「なるほど。子ども同士の口約束とはいえ、一度は婚約していて、そして今は関係が切れている訳ですね。」



ソフィーがギュッと抱きしめてくる。


「顔を合わせたくないお気持ちはよく分かります。…お辛かったですね。」


ソフィーがあったかくて優しくて、へへっと笑みが溢れてしまう。


「ライルという、バードン領出身の士官候補生ですね。確認しておきます。」


カイルは手帳にメモしている。なんだこれだけのことだったんだ。振られたのが恥ずかしいと隠そうとしていたさっきまでの自分が、滑稽に思えた。カイルとソフィーに隠さずに言って良かった。


「ヴェルトラウムのことも、お話ししていただける日をお待ちしていますよ。」


カイルが言い、ソフィーもニッコリ笑う。


「はい…。」


と小さな声で答えるだけで精一杯だった。

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