婚約者ライルとの別れ
「俺はもうこんな田舎町にも、おまえのような田舎娘にも興味はないんだ」
1年ぶりに会った恋人のライルは、マチルダにそう言い放った。
1年前、ライルは15歳。私は14歳だった。平民学校卒業と同時に、騎士を夢見て王都の士官学校に入学することになった彼から、
「騎士になって、必ずマチルダを迎えに来る」
と告白されたことを、私は昨日のことのように思い出せる。それは、宝物のような経験だったし、この1年間は『ライルのお嫁さんになる』、それを自分の芯として暮らしてきた。
「やっぱり都会の色に染まっちゃったの?だから騎士になんてならないでって……そのままでいいって私は……」
「俺が悪いって言いたいのか!?」
大声を出されて、私は肩をビクッと震わせた。彼は眉間にしわを寄せて、斜め下を向いて俯いている。こちらを見ようともしない。これ以上話したくない、そう言う意思表示に見えた。
何も言えなかった。もちろん言いたいことはたくさんあったが、恨み言を言ったとしてもライルの心は私に戻ってこない。かと言って、心の広い女性の振りをして「仕方ないよね!」などとは、とてもじゃないが言えなかった。
私が何も言わないのを了承と取ったのか、彼は
「じゃあな」
と言って、去っていった。引き止めたい。でも声が出ない。ライルの姿が見えなくなると涙が止めどなく溢れてきた。涙が溢れたことを自覚すると、私はその場で声を上げて泣き崩れた。
どうやって家に帰ったかは覚えていない。家に帰ると父も母も、私の泣いた顔を見て驚いた。でも今日ライルに会うことは伝えてあったし、ここ半年は彼からの手紙が途絶えていることも両親は知っていた。だから、何があったのかは察してくれたようだ。何も知らない弟と妹が、いつものように遊んでと寄ってきたが、母がそれとなく弟と妹を台所へ誘導してくれたので助かった。私は先に部屋で休むことにした。
ライルと私は幼なじみだった。お互い平民で、家業は農家で、境遇も似ていたこともあり、自然と仲良くなった。
1つ年上の彼はイタズラ好きで、学校の先生や、両親からよく怒られていたが、彼自身は悪びれもせず、ひょうひょうとしていた。調子に乗ってしまうとおバカなところも、流されやすいところも可愛いと思っていた。
だから、卒業式の日にこっそり告白されたときは、恥ずかしくてたまらなかったけど、私はとても嬉しかったのだ。『騎士になって、迎えに来る』という言葉を、大事に胸に抱いていた。
流されやすい彼のことだから、都会に行ったら故郷のことも自分のことも忘れてしまうのでは?そんな不安には蓋をして気づかなかったことにした。
が、案の定だった。
(2年前の自分に、忠告したい……!)
(ライルひどいよ。なんて人なの)
(あんなやつ、こっちから願い下げ……)
(こうなる可能性があることに気付いていたはずなのに……)
(これから、どうする? ずっとライルのお嫁さんになるとばかり思っていたから、他の未来なんて…。真っ暗闇に突き落とされたようだわ)
布団に突っ伏していると、感情が大きく廻り始める。悲しさ、寂しさ、怒り、憎しみ、悔しさ、未練、不安。下向きの感情が、体の中を渦巻き出した。その時だ。
「やれやれ。全くすごい渦だな」
落ち着いた声がした。男性とも女性とも取れる不思議な声。