神の御子①
人里から遠く離れた、神が住むと言われる山。
そこで四人の男女に向けて、頭を下げるひとりの少年がいた。
「今まで育てて頂き、ありがとうございました」
柔らかそうな物腰、されど意志の強そうな瞳。
どんな優れた彫刻家でも、彼から溢れ出る厳かな雰囲気は再現できないだろう。
四人の男女のうち、後光のさしている、威厳溢れる男が口を開いた。
「フィールや」
「はい、なんですかゼラス父さん」
「これからお前は人間の世界に戻る。
人間たちは、お前が思う以上に弱く、狡猾で、理不尽。
だけど絶望してはいけないよ。
安易な力の行使は控え、理不尽に屈せず、常に道理を説きなさい。
お前には、人々を正しい道へと導く力があるのだから」
「はい、わかりました。四人の父母の名を汚さぬよう、努力致します」
そういってフィールは改めて、自分の門出を見に来た四人を見る。
武の神ジョーグン。
豊穣と生命の女神ナーテス。
知と魔術の神リーグルール。
そして全能神ゼラス。
幼い頃より、捨て子だった彼を育ててくれた父母。
「なーに、気に入らない奴はぶっ飛ばしちまえ! 俺も今までそうしてきたし、お前ならできるさ!」
ジョーグンらしい豪快な物言いに、フィールは思わずクスリとする。
「もー、ジョーグンったら! フィールは優しい子なの!
でもその優しさに付け込んでくる変な女に騙されないようにねっ!
でもいい子がいたら連れてきなさい、あたしが審査してあげる!」
少し過保護なナーテス。ハードルの高い彼女のお眼鏡に敵う女の子などいるのか、と苦笑いする。
「お前は既に多くの知識を得ている。
だが常に真理の追求を。
好奇心とそれを希求する不断の意志が、生命の原動力だ。
どんな命題にも諦めることなく取り組め、いいな?」
リーグルールは常にフィールへと課題を提示し、フィールはそれに応えてきた。
何事にも諦めを許さないその姿勢こそ、得難い経験であった。
「はい、ではいって参ります!」
フィールの旅が始まった。
___________
山を下り始めてしばらくの頃。
「フィールぅ! まっれぇ!」
フィールの背後から、舌足らずな喋り方で呼び掛ける少女が追い掛けてきた。
フィールはしばし立ち止まり、少女が追い付くのをまった。
「えっと……どちら様?」
追い付いた少女に心あたりがなかったフィール。そんな彼の様子を見て、少女は憤ったように話し始めた。
「もー! いつも戦ってあげたあらしのことわかんないなんれ、フィールはほんとにおばかさんね!」
少女の言葉に、フィールは暫し考え……
「まさか、エルドラード?」
思いついた答えを口にした。
フィールの言葉に、少女は満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
「そうよ、あんたのライバル、エンシェンロロラゴンのエルロラーロよ! ああん、もう、人間の体って慣れないわ! 名前も言いにくいし、エルって呼んれ!」
いつも戦っていたエンシェントドラゴンが牝なことを、フィールはこの時初めて知った。
そんなフィールの戸惑いが伝わったのか、エルが聞いてくる。
「ん? ろうしたの?」
「いや、まさかエルドラード……エルが、こんな可愛い女の子だったなんて」
そんなフィールの発言に、エルは顔を真っ赤にした。
「かかか、可愛いって!? もう、フィールたら何いってんの!? びっくりするじゃない!」
エルは褒められた衝撃で、普通に話せるようになった。
「いや、僕は嘘は言わない、いや言えないんだ。知ってるでしょ?」
笑顔とともに、そうやって追撃してくるフィールの言葉に、エルはさらに顔を赤くした。
「ふ、ふん! どうだか! どうせ人間の世界に行って、そうやって手当たり次第に女の子を口説く気なんでしょ! 心配だからアタシもついていってあげる!」
そんなエルの言葉に、フィールは微笑みながら
「うん、実はひとりで心細かったんだ、一緒に行ってくれると嬉しいよ、ありがとう。
エルは優しいね」
そういってエルの頭を撫でた。
ドラゴンの習性なのか、頭を撫でられて心地よくしながら、ちょっとヨダレを垂らしたエルは、しばらくしてハッと気がつき……
「あ、あ、頭撫でるの禁止!」
そういってフィールの手を振り払った。
フィールは振り払らわれた手をそのままに、少し残念そうにしながら
「禁止か……わかったよ」
そういって手を引っ込めた。
そんなフィールの様子に罪悪感を覚えたエルは、ぷいっと横を向いて。
「たまになら……良いわよ」
とボソッと言った。
フィールはエルの発言に目を輝かせて
「ほんと? わーい」
そういってまた頭を撫でる。
再び恍惚、ヨダレ、覚醒のプロセスを経たエルが
「もう! たまにって言った!」
と絶叫した。
ともあれ、神々に育てられた少年と、ドラゴンの少女の旅が始まった。